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死へと誘う夢の場所(2)

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数多の人間を死へと誘った夢の場所、それがダンジョンである。
ブランは一瞬立ち止まり、どうするべきか迷った。目の前で苦しむ男を助けるべきか、それとも自分の身の安全を優先すべきか。心の中で二つの感情が激しく衝突する。

「助け……て、くれ……!」

男の弱々しい声が耳に届いた。彼の目は絶望と恐怖に染まっていた。ブランの胸の奥で何かが締めつけられるような感覚が広がる。

ブランは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。胸の奥で渦巻く葛藤は、まるで鋭い刃が心臓をえぐるかのように彼を締めつけていく。しかし、彼は理解していた。ここでは、感情に流されることが死を意味することを。死に瀕する者に手を差し伸べることで、自らも死の淵へと引き込まれる可能性があるということを。それが、このダンジョンという場所に挑む者たちに課せられた、避けようのない冷酷な掟なのだと。

――ここは……お前がいるべき場所じゃない。

自身の帰りを待つ少女が、自分にはいる。彼女の病を治し、元気な姿を見られるまでは、何としても生き抜かなければならない。
だから、この選択は決して間違っているものではない。

ブランはそう自分に言い聞かせ、震える手で男を支えつつも、心の中で固く決意をした。助けたいという思いは、完全に消え去ることはない。だが同時に、自分の生存が最優先であるという冷徹な現実もまた、揺るぎない真実として彼の心に突き刺さっていく。

「……すまない」

その一言を口にすることで、自分の心を切り捨てようとした。男を見捨てる決意を、声に出して確かめるかのように。

だが――

再び響いた、男の苦しげな声が彼の足を止める。

「お願いだ……助けてくれ、仲間を……彼女たちを」

その言葉に、ブランの胸の中で何かが揺らぐ。男の瞳と少年の瞳が重なる。男の眼には絶望と痛みの中に、どこかかすかな希望を宿していた。目の前の男は自分を助けてほしいのではない。彼が必死に願っているのは、仲間、そして彼女たちの命だった。

「……」

ブランは拳を強く握り締めた。仲間を救うために懇願する男の声が、過去の自分と重なって聞こえる。あの日、遠い場所へと去ってしまう彼女――クレアの悲しげな瞳を前に、何もできず、ただ懇願するしかなかった自分の姿が脳裏に浮かんだ。
胸の奥に残る、苦い後悔が再び呼び起こされる。助けを求める声を振り切って外へと逃げようと本能が叫ぶたびに、心の中で燻る過去の記憶が、彼の足を引き留めた。

ブランは立ち止まり、視線を落としたまま、深い溜息をつく。

「……こんなところで何をしてるんだ、俺は」

震える拳を見つめながら、ブランは自分の胸に問いかける。過去の後悔に囚われ続けるブランの頭の中で彼女の声が――クレアの声が響いた。

『いつまでも、待ってる』

彼女と最後に交わしたウィザードの誓い約束が、自身の心に重くのしかかる。

「俺は、あの時、あの瞬間でさえ……何もできなかったんだぞ!」

自分にそう言い聞かせるかのように、声を荒げた。だが、振り払おうとしても、過去の記憶は消えず、それは深く心に残り続けていた。クレアを失ったあの日、何もできなかった自分がどうしようもなくブランは嫌いだった。
そして今、この男を見捨てしまえば、またあの時の自分と同じではないかという疑念が、少年の心で反芻する。

「……また、同じ過ちを繰り返すのか……?」

その問いが少年の中で膨らんでいく。助けを求める男の声が、まるで遠くの世界から響いているかのように感じられる一方で、胸の奥では熱く激しい葛藤が燃え上がっていた。

「……くそっ!」

ブランは拳を強く握り、苛立ちと共に足を踏み出した。迷いはまだある、だが、決意は次第に固まっていく。ここで見捨てれば、また後悔することになる――その恐怖だけが、彼の体を動かした。

決意を固めた。目の前の命を見捨てることなど、自分にはできない――その根底にある叫びが、少年の心を突き動かしていた。鋭い目つきで男を見据え、拳を握り締める。胸の奥で揺れる不安を押し殺し、ブランは震える声で言った。

「…どこに行けばいい?どこに行けばお前の仲間は助けることが出来る?」

ブランのその言葉に、男の顔に希望の光が差す。
彼は息をつくと、少年へと言葉を紡ぐ。

「……フロアⅢに……この下で、仲間がまだ戦っている」

男は息を切らしながら、それでも言葉を続ける。

「……急に起きたんだ……突然、ダンジョンが揺れて、目の前に魔物が生み出されていったんだ。スタンピードだった。ダンジョンの中で、魔物の大群が一斉に湧き出して、仲間たちが今も必死に戦っている」

男は瞳に涙を浮かべ、体を震わせながらも、ブランに最後の言葉を贈る。

「フロアⅢの中央に集まっているはずだ。逃げるための道が狭く、魔物に囲まれて動けない。頼む、仲間を助けてくれ……」

男の言葉は次第に弱まり、意識が遠のいていく。ブランはその様子を見て、急いでギルドに異常と緊急を知らせるための魔道具である光玉を割った。光玉がぱっと光り、瞬時にギルドへ緊急信号が送られる。

幸い、フロアⅡではブランがほぼすべての魔物を討伐していたため、ダンジョンが魔物を再び生み出すまでには少し余裕がある。ブランは男を寝かせ、安全な場所に一時的に避難させると、急いでフロアⅢへと向かった。

奥へと足を運ぶたびに、ダンジョンの空気はますます重くなっていく。だが、ブランの心臓は激しく鼓動し、彼の足は確実に、そして早く進んでいく。

少年の足が止まる。
視界に映った、目の前の階段——それがフロアⅢへと降りるための道であることが、その雰囲気の変わりようから確信する。

階段の下から、断続的に響くうめき声と怒号が聞こえてきた。ダンジョンの奥深くから伝わってくるその音は、戦闘の激しさと危険度を物語っていた。


――まさか、こんな形でフロアⅢに行くことになるなんて、思ってもいなかった。

思わず笑みがこぼれた。この笑みが恐怖からきたものなのか、それとも緊張の中で無意識に浮かんだものなのか、ブランには分からなかった。
少年は深呼吸をし、冷静さを取り戻す。
体内に宿る魔力を集中させ、刃に白き光が漂い始めるのを感じる。

そして、ゆっくりと階段を降りる。
だが、その一歩一歩には確かな決意が込められていた。



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ゆっくりと書いていく予定です。
時々修正加えていくと思います。
白が一番好きな色。
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