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大事にしたい

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自室の天井を、こんなにじっくり眺めたのはいつぶりだろうか。

藤江くんからの告白を受けた後、私はベッドに横たわってボーッとしていた。

「僕にしときなよ」

そう言われて思わず固まった私。彼はそんな私を見て、「返事は今度でいいから」と笑った。そうして降り出した雨から私を守るように、折りたたみ傘を差しかけてくれた。

今になって思う。なぜ、その場ですぐに断れなかったのだろうか。

私は先生のことが好きで、先生も私を好いてくれている。年齢のせいで付き合うことはできていないけれど、それでも充分幸せだ。

それなのになぜ?
心の底では不満なんだろうか。私は先生を、本気で愛せているのか。確固たる自信があったのに、今は揺らぎ始めている。

こんな時、私に残された選択肢はひとつだ。

先生に相談しよう。

『そうですか……』

先生は頭を抱えて呟いた。電話越しだから、実際の姿は見えないが。

「先生、私は先生のことが好きです。それは間違いないです。でも本気で愛せているのか、それがわかりません……」

我ながら酷い相談だと思う。それでも先生は真剣に答えてくれた。

『なるほど。煌時くんのことですから、とても悩んだうえで相談してくれたんでしょう。君を苦しませたくはないのですが、正直に言うと、とても嬉しいです』

「えっ! 嬉しいんですか」

『はい。なぜなら、君が私のためを思って悩んでくれた。それ自体が愛だと、私は思うからです』

「悩んだことが愛……」

『君はとても優しい人間です。自分の気持ちだけでなく、私の気持ちも、彼の気持ちも大事にしたい。だからこそ即答できなかったし、こうして悩んでしまったのではないですか?』

たしかに。言われて初めて気がついた。私は誰も傷つけたくないのだ。

『そこで、私のお願いを聞いてください』

「お願い?」

『以前にも、君に辛い思いをさせたことがありましたね。あの時は君の意思を尊重しようなどという建前で、君にすべての選択を押し付け、余計に苦しませてしまいました。無責任だったし、後悔しています』

先生、そんなふうに思ってくれていたのか。

『その反省を踏まえて、ひとつ我儘を言わせてください。明日中に、彼の告白を断ること。それが私の望みです』

「……はい!」

これほど頼れる人がそばにいてくれる。なんと心強いことだろう。


翌朝、どんな顔をして登校すればいいのか迷った。しかしいざ顔を合わせると、藤江くんは普段通りに接してくれた。まるで昨日の告白が幻だったかのようだ。

このまま何もなかったように過ごせたら、なんて甘い考えが脳裏を掠める。だが私は頭を振って、その考えを追いやった。

私は先生と約束した。先生の我儘を聞く。望みを叶えるんだ。

そのために私は、藤江くんを2人になれる場所へ呼び出した。

「さて」

先に口を開いたのは藤江くん。

「昨日の返事かな?」

「うん。えっと、その、私は君とは付き合えない。好きな人のこと、本気だから」

「ふふ、君ならそう言うと思ったよ」

意外にも平気そうな反応。ホッとしかけた時だった。

「でも僕だって、簡単には君を諦められないよ」

「それは、気持ちは嬉しいけど……」

彼の気持ちもわかる。私だって、先生を諦めきれなかった。

「チャンスが欲しいな」

「チャンス?」

「そう。僕が君を落とすチャンス。君ほどの人が片想いしてるってことは、よっぽどの高嶺の花か、重大な障壁があるんでしょ?」

否定はできない。

「それなら僕にも可能性はあるはずだ。人の気持ちは変わるからね。付き合っていない以上、僕が君にアプローチすることはできる。その権利がほしい」

「えっと……」

私が何と答えたものか迷っていると、藤江くんがさらに畳みかけてくる。

「もしかしたら君は、すでに僕に傾きかけているのかもよ? 告白の返事を1日保留にするくらいだからね」

「それは、君を傷つけたくなくて……と言っても、君を友達として好きだからで」

「じゃあ聞くけど、僕がアプローチすることの何が困るの? 気にせず本命だけを見ていれば済む話でしょ。僕に近づかれて困るってことは、心のどこかで僕に靡いちゃうかもしれないと思ってるからじゃないか?」

「そんなことはないよ! 私にはあの人しかいない」

「よし、なら問題ないね。これからはずっと一緒に行動しよう」

なんやかんや強引に話をまとめられてしまった。

私や先生はお互いを大事にしている。それは同時に、自分の気持ちを大事にしているということ。彼もまた同じように、自身の気持ちを大事にしたいのかもしれない。

私はその強い意志を拒絶できなかった。


テーマ「大事にしたい」
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