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1章 機士の章

第2話 宝石は図像獣の始まり③

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 保管庫にたどり着いたモールクレスタ―はK宝石店の時と同じくガーネット・トパース・サファイアの原石をトンガリ帽子の中にどんどん放り込むと残った宝石を両手に鷲掴み、食べ始めた。

「図像獣め。そこまでだ!」

口の中と両手に宝石や指輪等の宝飾品を満載しながら慌てて逃げ出そうとするモールクレスタ―。

「今度は逃がさん!」

ヴィダリオンはバッと白いマントを翻し、背中の紋章からマントの動きに沿ってディバインウェイブを放出。周囲を異空間へと変化させる。

周囲の地形はたちまち丈の短い草が点在するサバンナへと変わる。

このディバインウェイブの異空間変化先は彼の想念によって決まる。この場合マスルガを運用するに最も適した地形がこれだったのだ。といっても彼を含む聖械騎士団の機士はいかなる地形や環境でも十全の力を振るえるよう訓練してきてはいるのだが。

「モ、モルル!?」

『狼狽えるなモールクレスター。どんな場所だろうとお前の戦いをすればいいのだ』

さっきまでいた場所が急に変化した事で口と両手から宝石を取りこぼしながら狼狽えるモールクレスタ―の頭脳に直接ザパトからの檄が飛ぶ。その言葉に気を取り直したモールクレスタ―はタンク形態へ変形し、地中へ潜る。

(狙いは俺ただ一人。モグラ叩きの始まりだ!)

振動と耳障りな金属音を立てて足の間からモールクレスタ―のドリルが迫る。それを後ろに躱しながらバック宙を決めてマスルガの手綱を取り、ヴィダリオンはが鞍に跨った時既にモールクレスタ―の姿は地表にはない。ヴィダリオンは剣を抜き放ち、耳と目に全神経を集中させる。

(今までの攻撃方法から考えて出てくるのは獲物の周辺。ならば場所さえ判れば・・・む!?)

そのヴィダリオンの予想をあざ笑うかのように10mほど先の右側面から姿を現したモールクレスタ―は頭部に格納された2連機銃から赤い宝石状の弾丸を連射する。慌てて手綱を引き盾をかざして躱すヴィダリオンはその射線が自分ではなく愛馬に向けられていると悟る。

「狙いはマスルガかっ!こちらの機動力を削ぐつもりだな!?」

モールクレスタ―は接近戦を嫌い、作戦を周囲の地面を潜りながらの遠距離からの機銃掃射に変更してきた。それを敵の周りからヒットアンドアウェイの要領で地面に潜っては顔を出してを繰り返して攻め立てる戦法にヴィダリオンは相手のもう一つの思惑を周辺の地形から読み取る。

(しかもそれだけではない。奴め、周囲を掘り進んでこちらの移動を阻害するおまけまでつけてきたな)

見ればヴィダリオンとマスルガの周囲はモールクレスタ―のドリルで掘削されて削りとられ彼らの立っている地面だけがまるで丸テーブル状に突き出した台地の様になっていた。こうなってくると回避の為の移動さえままならなくなってくる。

「マスルガ、ここが正念場だ!フレイムボンバー投射用意!!」

主の号令にマスルガの尻尾がクロスボウへと変形、鞍の後部が開いて爆発性のボルトが出現と同時にスライドし装填される。

「発射!」

その合図と共にひゅっという風切り音と共にボルトが打ち出されるとモールクレスタ―の開けた穴の一つへと入っていく。射出されたボルトは機動鋼馬マスルガの電子頭脳によって自在にコントロールされ、敵を追い続けるのだ。
驚いたのはモールクレスタ―である。なにせ敵の遠距離攻撃など全く想定していなかった穴の一つを掘り進んでいた彼は正面から迫ってくる火矢にも驚き、慌ててその進路を変えるが、火矢はまるで意思があるかのようにモールクレスタ―を追い回す。

「よし良いぞ。奴め、穴の中で鬼ごっこに夢中だ。マスルガ、第二射続けて用意・・・・発射!」

ヴィダリオンにとっては逆転の、モールクレスタ―にとっては無情ともいえるフレイムボンバー二射目が射出され怪物を挟み撃ちにする軌道を取って追跡する。

「モ…モルルモー!!」

追い立てられたモールクレスタ―はこの火矢を撃ってくる張本人を討つべく地表へと出る算段を立てる。前後から迫る火矢をギリギリまで引き付けた彼は急速上昇し地底内での爆発で起こった爆風を利用して地表へ躍り出た。だがモールクレスタ―は逃げるのに夢中で敵が今どこにいるのかを把握していなかった。

飛び出してきた彼の正面にいたヴィダリオンは既に愛馬マスルガの機動力を十二分に生かせる場所に陣取っており敵がその姿を現すのを手ぐすね引いて待っていたのだ。

「ジョスト・セット!」

その掛け声と共に愛馬を全速力で疾駆させる。マスルガは後ろ脚のブースターを点火させ地を蹴り、文字通り飛んだ。その風圧をものともせずヴィダリオンは鐙を踏んまえて立ち上がり盾の紋章から剣を実体化させると大上段に構える。両者の位置は爆風を利用したモールクレスタ―が上を取っており、横から見るとちょうど飛び掛かる形となっていた。

「紋章剣奥義・全身全霊一つの太刀!!」

高速回転するドリルと渾身の力と気合で振り下ろされた剣が火花を散らして激突する。
だが爆発の勢いに乗ったとはいえ足場のないモールクレスタ―と鐙という足場で踏ん張るヴィダリオン、両者の間の力の均衡は徐々に崩れていく。

「オォォ!ヴォ―セアン!!」
火花を散らしながら裂帛の気合と共に遂にモールクレスタ―は両断される。
空中のつばぜり合いを制したヴィダリオンは地面に降り立ったマスルガの背の上で大爆発の照り返しを鎧に受けながら刃こぼれ一つない剣を紋章へと戻す。その周囲にモールクレスタ―が食ってきた宝石や装飾品がバラバラと零れ落ちる。同時に周囲の景色が元に戻り気が付くとヴィダリオンとマスルガは島田宝石店の屋上にいた。

周囲の歓声と両手を振って自身の主と自分の名を呼ぶ勇騎と杏樹に応えるようにマスルガは天に向かっていなないた。


「本当にここにあんのかな?爆発で溶けちゃったんじゃないのか?」

「それでも探してあげましょうよ。結婚指輪ってその二人にとって一生に一度の記念だもの」

「主の神社のお賽銭の為に、ですか?」

「そうじゃないわ。あの2人の為よ」

普段やる気の見えないヴィダリオンをその気にさせるためとはいえ本人からは計算高いがめつい女と思われているかもしれないと思うと杏樹は内心失敗したと感じる。

「いや、例えなくとも3人の熱意は伝わるよ。人間真っ当に生きてりゃそれくらいは分かるものさ」

勇騎の隣で指輪を探す島田支店長が慰める様に言う。3人は戦いの後この店に来たカップルの無くなった結婚指輪を探す手伝いを申し出たのだ。それは恐らくモールクレスタ―に食べられたのだろうと3人は結論付け掃除も兼ねて島田支店長に捜索を申し出たのだった。しばらくして人手の追加として杏樹が拝み倒してヴィダリオンも渋々参加させられていたのだった。

「島田殿、これではないですか?」

「どれどれ・・・・うわっ!?」

「ちょっとヴィダリオン!それはないわよ!大丈夫ですか島田さん!?」

ヴィダリオンが1つのダイヤモンドを付けた金の指輪を剣先に引っかけたままそれを島田の鼻先へよこしたのを見て彼は仰天し、杏樹はヴィダリオンを叱り島田に謝罪する。

「しかし主、私達機士はある1つを除き金銀財宝を手に触ってはならぬと騎士団の戒律で定められておりますので。島田殿、申し訳ない」

ヴィダリオンもその巨躯を2つ折りにして謝罪する。

「い、いや私は何ともないから。ただびっくりしただけだよ。それよりもヴィダリオンさんお手柄だ。これが探していた指輪だよ」

「それはよかった」

「いやあここにいる皆のおかげさ。人間やっぱり信用信頼が第一だからね。あの2人も喜ぶだろう」

(信頼か。あいつらはどうしているかな)

笑顔で笑いあう異世界の友人と主人、3人を見ながらヴィダリオンはふと故郷に残してきた同輩の従機士達の顔を思い浮かべるのだった。



剣王町・旧市街・邪神官達のアジト

「モールクレスタ―よう、いたかったろう、くやしいだろう。俺がカタキをとってやるからな」

1階でモールクレスタ―の死を嘆くガルウの鳴き声をBGMに2階ではいくつもの原石に囲まれたプレハが満足げな表情を浮かべていた。

「ザパト、あなたのおかげで必要な物は全て揃った。必ず期待通り、いやそれ以上の成果を出して見せよう」

「頼むぞ、プレハ。我らが主も中々に気の短い御方だからな」

オンオン泣く仲間と違い直接の作り主であるザパトはモールクレスタ―の死を必要な犠牲と切り捨てる非情さを持っている。彼にしてみれば図像獣とは自分達の僕であり道具に過ぎない。それはプレハも同じだった。

「2週間だ。それでこの地に最適なクレストが出来る」

「そうか。その時が楽しみだな」

2人分の笑い声と1人の泣き声。幽霊屋敷と名高いこの廃屋の不名誉な逸話がまた一つ誕生した瞬間だった。それは同時に新たな脅威の前触れでもあった。
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