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十
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「ローラちゃん、無理しないでいいのよ?」
「していませんよ。リザさん」
ローレンシアは枯れ草を抱えて、馬小屋に運んでいる。
愛馬の兄弟たちの寝床を清潔に保つために。
「ローラ、ヴァイスと水を汲みに行ってくれ」
「はーい!」
若き馬場主ザラードの指示が飛ぶ。
ここでは公爵令嬢ローレンシアではない。
一厩務員のローラなのだ。
ローレンシアはヴァイスの鞍に瓶を引っ掛け、桶を手にして近くの水辺へ向かう。
精霊の集う山の中の湖から流れる水を、黒馬は喜んで飲むらしい。
ローレンシアは、今、帝国にいた。
自国から国境を超えた所で、緊張が解けて気を失った。
そこに、彼、帝国で黒馬を繁殖させているエクウス家の長男ザラードが助けてくれた。
ローレンシアが目を覚した時には、越境したはずの国を横断して、すでに帝国に入っていた。
どれほど気を失っていたのかと思えば、たった二時間だと聞いて目を剥いた。
「黒馬は天を駆ける。それが伝説じゃなかったら…?」
ザラードに意味深に笑われ、まさかと疑った。
すべての黒馬がそうではない。
ローレンシアの十三の誕生日にザラードから贈られた黒馬は先祖返りだという。
エクウス家の先祖、皇族から抜けて黒馬の飼育と繁殖に人生を注いだ皇子の愛馬の名前をとったヴァイスは、先祖と同等の力を持っていた。
先祖返りは己の視覚と聴覚を黒馬仲間に伝え、それを主たちに伝達できた。
ローレンシアの逃走理由とその経路は、ザラードの愛馬ルシェに視聴覚情報が伝わり、ルシェが主にそれを伝えた。
ヴァイスの母馬ルシェも先祖返りだ。
ザラードがローレンシアの居場所を把握でき、自国から逃げ切れたのはヴァイスとルシェのお陰なのだと聞いた。
「ヴァイス。貴方って本当にすごかったのね」
瓶に水を注ぎながら、ローレンシアはヴァイスを褒めた。
彼はローレンシアの言葉がわかっているようで、鼻を鳴らして得意顔をする。
「今度は、私が起きている時に空を飛んでほしいな」
天駆には技術がいるらしいので、ローレンシアの単独飛行は認められない。
ザラードの母、リザさんからは息子に乗せてもらえば?と言われた。
「ヴァイス…あのね。私、ザラードに求婚されたの。…受けようと思うのだけど」
昔、黒馬の貸与の申請の為に帝国にやってきた父、公爵と共にいた幼いローレンシアにザラードは恋をしたと。
ザラードは恋した女の子の為に黒馬を育てると決めた。
彼女が自国の王太子の婚約者候補に選ばれ、一時は諦めようとしたらしいのだけど。
「…ねぇ、ヴァイス?貴方、私の殿下への愚痴を伝えてたの?」
笑顔で鼻の頭を撫でると、愛馬は怯えて後ずさる。
「そんなに怯えないでよ。…そのお陰でザラードはエクウス家の身分証を贈ってくれたから出国できたわけだし。偽造ではない物をね」
『ローラ』と『エクウス』の家名の入った帝国の証明書は、偽名だけれど、きちんと正式に国から発行されたもの。
エクウス家がどうやったのかはわからないけど。
「…ローラを俺の嫁として、申請してた」
「え」
「…この国ではもう夫婦の扱いになってる。…無断で悪い」
ヴァイスの影からザラードが現れた。
「ザ、ザラード?なんでここへ」
「それは、ヴァイスが、視聴感覚伝達…いや、それより求婚受けてくれるって」
「っヴァイス!!ちょ!早っ、逃げ足早っ!!」
ザラードに気を取られている間に走り出した愛馬は、水瓶を背負っているのにそれを感じさせない脚力を魅せた。
書類上では若夫婦の二人を残して。
「していませんよ。リザさん」
ローレンシアは枯れ草を抱えて、馬小屋に運んでいる。
愛馬の兄弟たちの寝床を清潔に保つために。
「ローラ、ヴァイスと水を汲みに行ってくれ」
「はーい!」
若き馬場主ザラードの指示が飛ぶ。
ここでは公爵令嬢ローレンシアではない。
一厩務員のローラなのだ。
ローレンシアはヴァイスの鞍に瓶を引っ掛け、桶を手にして近くの水辺へ向かう。
精霊の集う山の中の湖から流れる水を、黒馬は喜んで飲むらしい。
ローレンシアは、今、帝国にいた。
自国から国境を超えた所で、緊張が解けて気を失った。
そこに、彼、帝国で黒馬を繁殖させているエクウス家の長男ザラードが助けてくれた。
ローレンシアが目を覚した時には、越境したはずの国を横断して、すでに帝国に入っていた。
どれほど気を失っていたのかと思えば、たった二時間だと聞いて目を剥いた。
「黒馬は天を駆ける。それが伝説じゃなかったら…?」
ザラードに意味深に笑われ、まさかと疑った。
すべての黒馬がそうではない。
ローレンシアの十三の誕生日にザラードから贈られた黒馬は先祖返りだという。
エクウス家の先祖、皇族から抜けて黒馬の飼育と繁殖に人生を注いだ皇子の愛馬の名前をとったヴァイスは、先祖と同等の力を持っていた。
先祖返りは己の視覚と聴覚を黒馬仲間に伝え、それを主たちに伝達できた。
ローレンシアの逃走理由とその経路は、ザラードの愛馬ルシェに視聴覚情報が伝わり、ルシェが主にそれを伝えた。
ヴァイスの母馬ルシェも先祖返りだ。
ザラードがローレンシアの居場所を把握でき、自国から逃げ切れたのはヴァイスとルシェのお陰なのだと聞いた。
「ヴァイス。貴方って本当にすごかったのね」
瓶に水を注ぎながら、ローレンシアはヴァイスを褒めた。
彼はローレンシアの言葉がわかっているようで、鼻を鳴らして得意顔をする。
「今度は、私が起きている時に空を飛んでほしいな」
天駆には技術がいるらしいので、ローレンシアの単独飛行は認められない。
ザラードの母、リザさんからは息子に乗せてもらえば?と言われた。
「ヴァイス…あのね。私、ザラードに求婚されたの。…受けようと思うのだけど」
昔、黒馬の貸与の申請の為に帝国にやってきた父、公爵と共にいた幼いローレンシアにザラードは恋をしたと。
ザラードは恋した女の子の為に黒馬を育てると決めた。
彼女が自国の王太子の婚約者候補に選ばれ、一時は諦めようとしたらしいのだけど。
「…ねぇ、ヴァイス?貴方、私の殿下への愚痴を伝えてたの?」
笑顔で鼻の頭を撫でると、愛馬は怯えて後ずさる。
「そんなに怯えないでよ。…そのお陰でザラードはエクウス家の身分証を贈ってくれたから出国できたわけだし。偽造ではない物をね」
『ローラ』と『エクウス』の家名の入った帝国の証明書は、偽名だけれど、きちんと正式に国から発行されたもの。
エクウス家がどうやったのかはわからないけど。
「…ローラを俺の嫁として、申請してた」
「え」
「…この国ではもう夫婦の扱いになってる。…無断で悪い」
ヴァイスの影からザラードが現れた。
「ザ、ザラード?なんでここへ」
「それは、ヴァイスが、視聴感覚伝達…いや、それより求婚受けてくれるって」
「っヴァイス!!ちょ!早っ、逃げ足早っ!!」
ザラードに気を取られている間に走り出した愛馬は、水瓶を背負っているのにそれを感じさせない脚力を魅せた。
書類上では若夫婦の二人を残して。
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