4 / 12
四
しおりを挟む
エンフィアは差し出された帝国軍の紋章入りの外套をストールの様に肩から掛けた。
これから向かう場所には不釣り合いの白い花嫁衣装を、少しでも隠したいという配慮なのだろう。
領主の屋敷には石造りの塔がある。
螺旋階段を降りると、鉄格子の並ぶ場所にたどり着いた。
ここから出せ!と言うような怒号と、泣き声。
エンフィアは震える身を叱咤して、気丈に見せた。
「ちょうど良い。貴方に通訳をお願いしてもかまいませんか?王国語は理解できますが、辺境の此処は訛りが強いようで、彼らの言葉を正確に把握できないのです」
「…わかりました」
歩を進めるウェルズの後を、エンフィアはついて行く。
格子の向こうから捕らえられた男たちがエンフィアに向かって手を伸ばす。
卑猥な言葉を投げかけられ、エンフィアは俯いた。
ウェルズが一つの牢屋の前で止まる。
年端の行かぬ子供が膝を抱えてそこにいた。
「!どういうことですか!民間人には手出しはないと!」
突然エンフィアが声を高くしてウェルズに怒りを向けた。
その声に驚いた子供はビクリと身体を揺らす。
「民間人ではないので」
「やはり貴方方は野蛮な帝国人なのですね!このような子供に非道な扱いをして心も痛まないなんて!どうみてもこの子は民間人ではないですか!」
ウェルズは冷めた目でエンフィアを見下ろした。
「…貴方も話を聞かぬ愚鈍な王国人ですか」
カッとなったエンフィアは思わず手を上げるが、簡単に手首を掴まれた。
「ここに来た理由を思い出してください。この子供から、話を聞いてください」
掴まれた手首に痛みが走る。
彼は怒りを抑えているようだった。
「何を聞けと!」
「盗みを働いた後、この箱を現場に置いて行ったのか、と」
ウェルズはエンフィアから手を離し、懐から手の中に収まる小箱を出した。
箱には魔法陣が描かれている。
一般には知られることはない。
エンフィアは、王国の武器庫で似た陣を見たことがある。
「子供がそんなこと」
「聞け」
ウェルズの気迫に圧され、エンフィアは屈んで目線を揃えると、格子の中の子供に尋ねた。
「置いてきたよ。大人達が仕事を終えた場所に忍び込んで。そうしたらお頭に褒められるし、病の妹の薬も貰えるんだ」
訛りの強い王国の言葉で答えがあった。
エンフィアはショックを受けた。
この子も盗賊団の一員だったのだ。
「この箱が、何かわかる?」
子供は頭を左右に振った。
箱を指定の場所に置いてくる、それがこの子の仕事だと言う。
「死傷者三百人です」
ウェルズがぽつりと呟いた。
エンフィアにはその数が何かをすぐ理解した。
それ程、大きな事件になっているとは想像できなかった。
「その中には赤子もいた。お前の妹よりも小さい子供を、お前が殺したんだ、と言ってやってください」
エンフィアは首を振る。そんな事、こんな子供に言えるはずがない。
「この子は、騙されていたんです!知らずに犯罪の片棒を」
「知らなければ、どれだけ人を傷つけても構わないのですか?王国法では」
エンフィアは口を噤んだ。
すでに王太子妃となったエンフィアは、安易な発言はできない事に思い当たった。
「この箱はこの子の妹に贈って上げましょう。きっときれいな花火が見れますよ」
「止めて、下さい」
「知らなければ許されるなんて思わないでください」
それは、子供への言葉ではない。
エンフィアに向けられた言葉だ。
これから向かう場所には不釣り合いの白い花嫁衣装を、少しでも隠したいという配慮なのだろう。
領主の屋敷には石造りの塔がある。
螺旋階段を降りると、鉄格子の並ぶ場所にたどり着いた。
ここから出せ!と言うような怒号と、泣き声。
エンフィアは震える身を叱咤して、気丈に見せた。
「ちょうど良い。貴方に通訳をお願いしてもかまいませんか?王国語は理解できますが、辺境の此処は訛りが強いようで、彼らの言葉を正確に把握できないのです」
「…わかりました」
歩を進めるウェルズの後を、エンフィアはついて行く。
格子の向こうから捕らえられた男たちがエンフィアに向かって手を伸ばす。
卑猥な言葉を投げかけられ、エンフィアは俯いた。
ウェルズが一つの牢屋の前で止まる。
年端の行かぬ子供が膝を抱えてそこにいた。
「!どういうことですか!民間人には手出しはないと!」
突然エンフィアが声を高くしてウェルズに怒りを向けた。
その声に驚いた子供はビクリと身体を揺らす。
「民間人ではないので」
「やはり貴方方は野蛮な帝国人なのですね!このような子供に非道な扱いをして心も痛まないなんて!どうみてもこの子は民間人ではないですか!」
ウェルズは冷めた目でエンフィアを見下ろした。
「…貴方も話を聞かぬ愚鈍な王国人ですか」
カッとなったエンフィアは思わず手を上げるが、簡単に手首を掴まれた。
「ここに来た理由を思い出してください。この子供から、話を聞いてください」
掴まれた手首に痛みが走る。
彼は怒りを抑えているようだった。
「何を聞けと!」
「盗みを働いた後、この箱を現場に置いて行ったのか、と」
ウェルズはエンフィアから手を離し、懐から手の中に収まる小箱を出した。
箱には魔法陣が描かれている。
一般には知られることはない。
エンフィアは、王国の武器庫で似た陣を見たことがある。
「子供がそんなこと」
「聞け」
ウェルズの気迫に圧され、エンフィアは屈んで目線を揃えると、格子の中の子供に尋ねた。
「置いてきたよ。大人達が仕事を終えた場所に忍び込んで。そうしたらお頭に褒められるし、病の妹の薬も貰えるんだ」
訛りの強い王国の言葉で答えがあった。
エンフィアはショックを受けた。
この子も盗賊団の一員だったのだ。
「この箱が、何かわかる?」
子供は頭を左右に振った。
箱を指定の場所に置いてくる、それがこの子の仕事だと言う。
「死傷者三百人です」
ウェルズがぽつりと呟いた。
エンフィアにはその数が何かをすぐ理解した。
それ程、大きな事件になっているとは想像できなかった。
「その中には赤子もいた。お前の妹よりも小さい子供を、お前が殺したんだ、と言ってやってください」
エンフィアは首を振る。そんな事、こんな子供に言えるはずがない。
「この子は、騙されていたんです!知らずに犯罪の片棒を」
「知らなければ、どれだけ人を傷つけても構わないのですか?王国法では」
エンフィアは口を噤んだ。
すでに王太子妃となったエンフィアは、安易な発言はできない事に思い当たった。
「この箱はこの子の妹に贈って上げましょう。きっときれいな花火が見れますよ」
「止めて、下さい」
「知らなければ許されるなんて思わないでください」
それは、子供への言葉ではない。
エンフィアに向けられた言葉だ。
55
お気に入りに追加
984
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
【本編完結】記憶をなくしたあなたへ
ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。
私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。
あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。
私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。
もう一度信じることができるのか、愛せるのか。
2人の愛を紡いでいく。
本編は6話完結です。
それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる