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公爵令嬢フリージアは、突然行く手をこれまで言葉をかわしたことのない令嬢に遮られ、『婚約者を解放せよ、婚約を辞退せよ』と訴えられて眉を寄せた。
フリージアが通うこの貴族学園には、友人と呼べる人間は少ない。
それもこれも、フリージアの婚約者であるロマンセのせいだった。
『伯爵子息のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は、愛し合っている』
『ロマンセ様の婚約者フリージアは、愛し合う二人を引き裂く悪女なのだ』
それが、学園内におけるフリージアの立ち位置だった。
貴族の婚約には、家同士のつながりが深く関わってくる。
それに、当家だけでなくそれに付随する親族、派閥や寄子貴族にも影響する。
爵位が高ければ高いほど、貴族の一つの婚姻で、その周囲の環境も変わる。
本来、それらを加味した上で成した婚約を、第三者の無責任な発言で口を挟まれる理不尽に、フリージアは憤りを感じていた。
(婚約解消できるものなら、私だってしたいわよ)
フリージアも貴族令嬢である以上、意に沿わぬ政略結婚も覚悟はしていた。
だけれど、名ばかりでも婚約者としての扱いも振る舞いもできぬ相手を敬うことなどできない。
小さな社交界であるこの貴族学園で、婚約者を蔑ろにして人目憚らずに見つめ合い抱き合う彼らのことを忌み嫌っていた。
不遇な恋人達を演じ、周囲の同情を買い、悦楽に浸るような、そんな彼らに好感を持てるはずもない。
しかし、直接的な関わりのない無責任な観客達は、不憫な恋人達を支援したくて仕方がないようだった。
物語のような二人の悲恋は、令嬢達の無意味な正義感に火を付けたらしい。
ー愛しあっている二人のために、身を引け、ね。
いくら貴族学園内とはいえ、無作法にも目上のフリージアを呼び止め一方的に話しかけ、あまつさえ悪女だと罵り、婚約の破棄を求める目の前の伯爵令嬢カリーナを、見守る令嬢方が、じっとこちらを伺っている。
多くのご令嬢方はカリーナ側の人間なのだろう。
敵意がフリージアに向けられているのを感じた。
しかし、それに気づかないふりをして首を傾げてみる。
「…身を引けですって?」
「はい。愛し合う二人を引き裂くべきではないと、私はそう思います」
「…そう、愛し合う二人のために。貴女はそれで良いのね?」
フリージアとて、恋人のいる子息との婚約など望んでなどいない。
無作法に苛立ちはあるが、けれどこの声はフリージアの助けとなるかもしれない。
「もちろんです!やはり婚姻は好き合う者同士が行うべき神聖な儀式ですから!」
「そう…貴女がそこまで言うのなら…、少し考えましょう」
「…えっ」
カリーナは、目を丸くした。
フリージアがカリーナの言葉を受け入れるとは想定していなかった。
愛する者同士を引き裂く悪女は、悪女らしく傲慢に振る舞うものとカリーナは覚悟していた。
「貴女が言い出したことなのですから…よろしいですわね?」
フリージアが薄く笑い口角を上げる。
ぞわりと背筋が凍ったカリーナは、それでも間違ったことは言っていないと、震える己を抱いた。
しかし、言いようのない不安を抱え、そのままその場から動けなかった。
フリージアとロマンセの婚約が解消、白紙に戻されたと噂が流れたのは、それから一週間ほど経ってからの事だった。
フリージアが通うこの貴族学園には、友人と呼べる人間は少ない。
それもこれも、フリージアの婚約者であるロマンセのせいだった。
『伯爵子息のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は、愛し合っている』
『ロマンセ様の婚約者フリージアは、愛し合う二人を引き裂く悪女なのだ』
それが、学園内におけるフリージアの立ち位置だった。
貴族の婚約には、家同士のつながりが深く関わってくる。
それに、当家だけでなくそれに付随する親族、派閥や寄子貴族にも影響する。
爵位が高ければ高いほど、貴族の一つの婚姻で、その周囲の環境も変わる。
本来、それらを加味した上で成した婚約を、第三者の無責任な発言で口を挟まれる理不尽に、フリージアは憤りを感じていた。
(婚約解消できるものなら、私だってしたいわよ)
フリージアも貴族令嬢である以上、意に沿わぬ政略結婚も覚悟はしていた。
だけれど、名ばかりでも婚約者としての扱いも振る舞いもできぬ相手を敬うことなどできない。
小さな社交界であるこの貴族学園で、婚約者を蔑ろにして人目憚らずに見つめ合い抱き合う彼らのことを忌み嫌っていた。
不遇な恋人達を演じ、周囲の同情を買い、悦楽に浸るような、そんな彼らに好感を持てるはずもない。
しかし、直接的な関わりのない無責任な観客達は、不憫な恋人達を支援したくて仕方がないようだった。
物語のような二人の悲恋は、令嬢達の無意味な正義感に火を付けたらしい。
ー愛しあっている二人のために、身を引け、ね。
いくら貴族学園内とはいえ、無作法にも目上のフリージアを呼び止め一方的に話しかけ、あまつさえ悪女だと罵り、婚約の破棄を求める目の前の伯爵令嬢カリーナを、見守る令嬢方が、じっとこちらを伺っている。
多くのご令嬢方はカリーナ側の人間なのだろう。
敵意がフリージアに向けられているのを感じた。
しかし、それに気づかないふりをして首を傾げてみる。
「…身を引けですって?」
「はい。愛し合う二人を引き裂くべきではないと、私はそう思います」
「…そう、愛し合う二人のために。貴女はそれで良いのね?」
フリージアとて、恋人のいる子息との婚約など望んでなどいない。
無作法に苛立ちはあるが、けれどこの声はフリージアの助けとなるかもしれない。
「もちろんです!やはり婚姻は好き合う者同士が行うべき神聖な儀式ですから!」
「そう…貴女がそこまで言うのなら…、少し考えましょう」
「…えっ」
カリーナは、目を丸くした。
フリージアがカリーナの言葉を受け入れるとは想定していなかった。
愛する者同士を引き裂く悪女は、悪女らしく傲慢に振る舞うものとカリーナは覚悟していた。
「貴女が言い出したことなのですから…よろしいですわね?」
フリージアが薄く笑い口角を上げる。
ぞわりと背筋が凍ったカリーナは、それでも間違ったことは言っていないと、震える己を抱いた。
しかし、言いようのない不安を抱え、そのままその場から動けなかった。
フリージアとロマンセの婚約が解消、白紙に戻されたと噂が流れたのは、それから一週間ほど経ってからの事だった。
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