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蛇足
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夜会のあの日。
それまでアリストの振る舞いに対し、リノナリザに同情的だった者たちは、彼女が他の男と連れ立って会場に入ってきた時には眉を寄せたものだった。
それでいて、あの騒ぎ。
リノナリザもアリスト同様に侮蔑対象になったのだが、アリスト退場後に、この国の王太子殿下が顔を見せた。
比較的気軽に参加できる類のこの夜会に、まさかの王族が現れるとは思っておらず、下位貴族を中心に浮足立った。
「リノナリザ嬢。無理を言って申し訳なかったね」
先程の騒ぎの渦中の人物に、王太子が謝罪をした。
公式の場でなくとも、他の貴族の目のある前で、伯爵令嬢如きに謝罪する王族などない。
好奇心に何事かと皆、聞き耳を立てた。
「いいえ。とんでもありません。壁の花にならずに済む夜会は久々でしたから」
「そう…なのかい?…それならよかったのだけれど」
王太子殿下はリノナリザの隣の男に目を向ける。
「おまえも楽しそうだな。珍しい顔見れた」
「はい。感謝いたします」
グルクフはテイラーと同じく子爵家の子息。
王太子のグルクフへの気安い態度には、周囲を驚かせた。
先程のリノナリザに対する侮蔑の事など頭から抜けてしまうほど周囲を驚かせた。
王太子殿下は辺りを見回し、説明をした。
「襲撃の際、盾となり私の身を守ったグルクフのパートナー役を、リノナリザ嬢には無理を言ってお願いした。
婚約者と参加しない夜会で構わないから、とね。
英雄の快気祝いの場として利用させてもらおうと思ったのだ。
祝の席で、彼に怯える令嬢では相手役には不相応。
だから彼を怖がらぬ、昔からの付き合いのリノナリザ嬢に頼んだものだ。
彼女が二心があるわけではないから誤解をしないでほしい」
なるほど、そうだったのかと周囲は理解し同調した。
「しかし、先行していた従者に聞いたが…まさかリノナリザの婚約者が他のパートナーを連れてやってくるとは、」
「いつもの事なのでお気になさらず」
「いつもの事…?」
「はい!ですからいつもされている事を逆にやりかえしてやりました!」
「いつもされていること…?」
どういう事かな、と王太子はリノナリザではなく近くにいた貴族に声をかけた。
急に声をかけられた貴族は緊張しながら、リノナリザの婚約者からの仕打ちを伝えた。
確認のために、他の貴族にも話を向けると皆、同じような事を話す。
「…とんでもない男なのだな」
王太子の冷えた反応に、グルクフも同意した。
「怒りの余りリザと婚約破棄をすると息巻いて帰っていきました」
「そうか。リノナリザ嬢は婚約が破棄されても問題はない?今回の夜会のせいなら私が彼に説明をするけど」
「いえ、破棄されても構いません。彼のテイラー様への愛情の深さを知りましたから」
「…うん?」
「テイラー様、連れの女性の…あ、実際は女性ではなかったようなのですが、私知りませんで。美しい方をいつも側に侍らせておりましたのでアリスト様にちくちくと苦言を申し上げて嫌われてしまったのです」
「女性ではない?」
王太子の指摘に「あっ」と口を塞ぐ。
「すいません。本人の同意なく迂闊なことを失礼いたしました。忘れていただけると…」
「我が国では同性婚も認められているから。男だろうが女だろうが必要以上に距離を詰めるのならば咎める権利は婚約者にはある。リノナリザ嬢が嫌われるのはお門違いも甚だしい。
だが、まぁ。リノナリザ嬢が婚約者に心を残してないならば婚約の解消に手を貸そう」
「殿下…?」
王太子殿下は悪い顔をしてにこりと笑った。
ただの笑みなのに薄寒さを感じる。
「リノナリザ嬢有責の婚約破棄などさせないよ。でも折角だから円満に解消させて、あの二人をくっつけてやろう。リノナリザ嬢がそれで良いなら」
「まぁ!本当ですか!」
性別という枷を超えて愛し合う二人が結ばれるなら喜ばしい。
リノナリザはテイラーが男性だったと知り、巷で流行りの純愛小説にそれを重ね、浮かれていた。
王太子は自分の身を守ったグルクフになにか望みはないかと聞いた。
彼は幼馴染のリノナリザと夜会に参加してみたかったと言う。
婚約者がいるリノナリザの隣に他の男が立つとなれば彼女の立場が悪くなる。
だから、それは叶わぬ望みなのだと告げた。
生命を救われておいて、何も返せぬとあっては王族の名が廃る。
王太子は、リノナリザに小さな夜会で良いから、グルクフと共に参加して貰えないかと頼み込んだ。
もちろんリノナリザに無理強いをするつもりはない。
それはグルクフも望んでいない。
リノナリザは、アリストから誘われない夜会であったら、グルクフと参加しても良いと条件付きで了承してくれたので、彼女の瑕疵とならぬよう、「リノナリザはグルクフと夜会参加するよう」王太子の権限を使い命じたのだった。
それまでアリストの振る舞いに対し、リノナリザに同情的だった者たちは、彼女が他の男と連れ立って会場に入ってきた時には眉を寄せたものだった。
それでいて、あの騒ぎ。
リノナリザもアリスト同様に侮蔑対象になったのだが、アリスト退場後に、この国の王太子殿下が顔を見せた。
比較的気軽に参加できる類のこの夜会に、まさかの王族が現れるとは思っておらず、下位貴族を中心に浮足立った。
「リノナリザ嬢。無理を言って申し訳なかったね」
先程の騒ぎの渦中の人物に、王太子が謝罪をした。
公式の場でなくとも、他の貴族の目のある前で、伯爵令嬢如きに謝罪する王族などない。
好奇心に何事かと皆、聞き耳を立てた。
「いいえ。とんでもありません。壁の花にならずに済む夜会は久々でしたから」
「そう…なのかい?…それならよかったのだけれど」
王太子殿下はリノナリザの隣の男に目を向ける。
「おまえも楽しそうだな。珍しい顔見れた」
「はい。感謝いたします」
グルクフはテイラーと同じく子爵家の子息。
王太子のグルクフへの気安い態度には、周囲を驚かせた。
先程のリノナリザに対する侮蔑の事など頭から抜けてしまうほど周囲を驚かせた。
王太子殿下は辺りを見回し、説明をした。
「襲撃の際、盾となり私の身を守ったグルクフのパートナー役を、リノナリザ嬢には無理を言ってお願いした。
婚約者と参加しない夜会で構わないから、とね。
英雄の快気祝いの場として利用させてもらおうと思ったのだ。
祝の席で、彼に怯える令嬢では相手役には不相応。
だから彼を怖がらぬ、昔からの付き合いのリノナリザ嬢に頼んだものだ。
彼女が二心があるわけではないから誤解をしないでほしい」
なるほど、そうだったのかと周囲は理解し同調した。
「しかし、先行していた従者に聞いたが…まさかリノナリザの婚約者が他のパートナーを連れてやってくるとは、」
「いつもの事なのでお気になさらず」
「いつもの事…?」
「はい!ですからいつもされている事を逆にやりかえしてやりました!」
「いつもされていること…?」
どういう事かな、と王太子はリノナリザではなく近くにいた貴族に声をかけた。
急に声をかけられた貴族は緊張しながら、リノナリザの婚約者からの仕打ちを伝えた。
確認のために、他の貴族にも話を向けると皆、同じような事を話す。
「…とんでもない男なのだな」
王太子の冷えた反応に、グルクフも同意した。
「怒りの余りリザと婚約破棄をすると息巻いて帰っていきました」
「そうか。リノナリザ嬢は婚約が破棄されても問題はない?今回の夜会のせいなら私が彼に説明をするけど」
「いえ、破棄されても構いません。彼のテイラー様への愛情の深さを知りましたから」
「…うん?」
「テイラー様、連れの女性の…あ、実際は女性ではなかったようなのですが、私知りませんで。美しい方をいつも側に侍らせておりましたのでアリスト様にちくちくと苦言を申し上げて嫌われてしまったのです」
「女性ではない?」
王太子の指摘に「あっ」と口を塞ぐ。
「すいません。本人の同意なく迂闊なことを失礼いたしました。忘れていただけると…」
「我が国では同性婚も認められているから。男だろうが女だろうが必要以上に距離を詰めるのならば咎める権利は婚約者にはある。リノナリザ嬢が嫌われるのはお門違いも甚だしい。
だが、まぁ。リノナリザ嬢が婚約者に心を残してないならば婚約の解消に手を貸そう」
「殿下…?」
王太子殿下は悪い顔をしてにこりと笑った。
ただの笑みなのに薄寒さを感じる。
「リノナリザ嬢有責の婚約破棄などさせないよ。でも折角だから円満に解消させて、あの二人をくっつけてやろう。リノナリザ嬢がそれで良いなら」
「まぁ!本当ですか!」
性別という枷を超えて愛し合う二人が結ばれるなら喜ばしい。
リノナリザはテイラーが男性だったと知り、巷で流行りの純愛小説にそれを重ね、浮かれていた。
王太子は自分の身を守ったグルクフになにか望みはないかと聞いた。
彼は幼馴染のリノナリザと夜会に参加してみたかったと言う。
婚約者がいるリノナリザの隣に他の男が立つとなれば彼女の立場が悪くなる。
だから、それは叶わぬ望みなのだと告げた。
生命を救われておいて、何も返せぬとあっては王族の名が廃る。
王太子は、リノナリザに小さな夜会で良いから、グルクフと共に参加して貰えないかと頼み込んだ。
もちろんリノナリザに無理強いをするつもりはない。
それはグルクフも望んでいない。
リノナリザは、アリストから誘われない夜会であったら、グルクフと参加しても良いと条件付きで了承してくれたので、彼女の瑕疵とならぬよう、「リノナリザはグルクフと夜会参加するよう」王太子の権限を使い命じたのだった。
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