上 下
11 / 16

十一

しおりを挟む
「エリエル…」

父は母を抱きしめたまままっすぐエリエルを見た。

「もう当主になれとは言わない、…どうか母親のそばについていてくれないか。
虫が良いと思われるかもしれないが、エリエルのたった一人の母親なんだ」

エリエルは首を傾げた。

「それは…」
「頼む」

「使用人として雇いたいということですか?」

エリエルはもう貴族ではない。
平民が側にいるということはそれしかない、と思っていた。

「違う。そうじゃない。娘として、妻の回復を助けて欲しい…」
「娘役ですか。うーん。演技は出来ないので辞退します。
演技の才能があるなら女優になってますよ。ふふふ」

何が笑えるのか、エリエルはこの場にそぐわず楽しそうに笑った。
どんなに言葉を尽してもエリエルには他人事だった。

「あ、そうそう。訂正しますと、私には父も母も、貴方方以外におりますので、問題ありませんよ」

エリエルの就職試験の案内役をしてくれた騎士。内定後も度々出会う事で二人は恋仲になった。
エリエルにとって彼は初めての感情を向けられる相手だった。
彼の両親に紹介されて、偶然にも彼の父親が就職先の上司だった。

彼の両親はエリエルの家庭環境を聞いて、縁を切られても私達が君の両親になるよ、と言ってもらえた。

もう実家と縁が切れたエリエルには父も母も恋人の両親しかいない。

今は家族の距離感がわからず戸惑っているけれど、優しい両親と彼のお陰でエリエルは人並みの幸せをつかめた。


「伯爵様には女神と評判の愛娘がいらっしゃるし問題ないでしょう。
陛下。御前で随分勝手をいたしました。後はのようですので、部外者は退出させて頂きたいのですが」

陛下は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず「…良い」と退室の許可が出た。

「はい。失礼致します」

ぎこちない所作で頭を下げると、軽い足取りでエリエルはこの場を去っていった。

所作のぎこちなさは貴族教育をきちんと受けていない証明でもあった。


伯爵夫人のエリエルを求める声は、最後までエリエルの心に届くことはなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

皇太女の暇つぶし

Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。 「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」 *よくある婚約破棄ものです *初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

離婚します!~王妃の地位を捨てて、苦しむ人達を助けてたら……?!~

琴葉悠
恋愛
エイリーンは聖女にしてローグ王国王妃。 だったが、夫であるボーフォートが自分がいない間に女性といちゃついている事実に耐えきれず、また異世界からきた若い女ともいちゃついていると言うことを聞き、離婚を宣言、紙を書いて一人荒廃しているという国「真祖の国」へと向かう。 実際荒廃している「真祖の国」を目の当たりにして決意をする。

処理中です...