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十一
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「エリエル…」
父は母を抱きしめたまままっすぐエリエルを見た。
「もう当主になれとは言わない、…どうか母親のそばについていてくれないか。
虫が良いと思われるかもしれないが、エリエルのたった一人の母親なんだ」
エリエルは首を傾げた。
「それは…」
「頼む」
「使用人として雇いたいということですか?」
エリエルはもう貴族ではない。
平民が側にいるということはそれしかない、と思っていた。
「違う。そうじゃない。娘として、妻の回復を助けて欲しい…」
「娘役ですか。うーん。演技は出来ないので辞退します。
演技の才能があるなら女優になってますよ。ふふふ」
何が笑えるのか、エリエルはこの場にそぐわず楽しそうに笑った。
どんなに言葉を尽してもエリエルには他人事だった。
「あ、そうそう。訂正しますと、私には父も母も、貴方方以外におりますので、問題ありませんよ」
エリエルの就職試験の案内役をしてくれた騎士。内定後も度々出会う事で二人は恋仲になった。
エリエルにとって彼は初めての感情を向けられる相手だった。
彼の両親に紹介されて、偶然にも彼の父親が就職先の上司だった。
彼の両親はエリエルの家庭環境を聞いて、縁を切られても私達が君の両親になるよ、と言ってもらえた。
もう実家と縁が切れたエリエルには父も母も恋人の両親しかいない。
今は家族の距離感がわからず戸惑っているけれど、優しい両親と彼のお陰でエリエルは人並みの幸せをつかめた。
「伯爵様には女神と評判の愛娘がいらっしゃるし問題ないでしょう。
陛下。御前で随分勝手をいたしました。後は伯爵家の問題のようですので、部外者は退出させて頂きたいのですが」
陛下は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず「…良い」と退室の許可が出た。
「はい。失礼致します」
ぎこちない所作で頭を下げると、軽い足取りでエリエルはこの場を去っていった。
所作のぎこちなさは貴族教育をきちんと受けていない証明でもあった。
伯爵夫人のエリエルを求める声は、最後までエリエルの心に届くことはなかった。
父は母を抱きしめたまままっすぐエリエルを見た。
「もう当主になれとは言わない、…どうか母親のそばについていてくれないか。
虫が良いと思われるかもしれないが、エリエルのたった一人の母親なんだ」
エリエルは首を傾げた。
「それは…」
「頼む」
「使用人として雇いたいということですか?」
エリエルはもう貴族ではない。
平民が側にいるということはそれしかない、と思っていた。
「違う。そうじゃない。娘として、妻の回復を助けて欲しい…」
「娘役ですか。うーん。演技は出来ないので辞退します。
演技の才能があるなら女優になってますよ。ふふふ」
何が笑えるのか、エリエルはこの場にそぐわず楽しそうに笑った。
どんなに言葉を尽してもエリエルには他人事だった。
「あ、そうそう。訂正しますと、私には父も母も、貴方方以外におりますので、問題ありませんよ」
エリエルの就職試験の案内役をしてくれた騎士。内定後も度々出会う事で二人は恋仲になった。
エリエルにとって彼は初めての感情を向けられる相手だった。
彼の両親に紹介されて、偶然にも彼の父親が就職先の上司だった。
彼の両親はエリエルの家庭環境を聞いて、縁を切られても私達が君の両親になるよ、と言ってもらえた。
もう実家と縁が切れたエリエルには父も母も恋人の両親しかいない。
今は家族の距離感がわからず戸惑っているけれど、優しい両親と彼のお陰でエリエルは人並みの幸せをつかめた。
「伯爵様には女神と評判の愛娘がいらっしゃるし問題ないでしょう。
陛下。御前で随分勝手をいたしました。後は伯爵家の問題のようですので、部外者は退出させて頂きたいのですが」
陛下は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず「…良い」と退室の許可が出た。
「はい。失礼致します」
ぎこちない所作で頭を下げると、軽い足取りでエリエルはこの場を去っていった。
所作のぎこちなさは貴族教育をきちんと受けていない証明でもあった。
伯爵夫人のエリエルを求める声は、最後までエリエルの心に届くことはなかった。
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