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ヴァレンティアは眉を下げて困り果てた。
侯爵子息が今更それを嘘だといったところで、ヴァレンティアにはどうする事もできない。

人目がある場所を選んで婚約破棄を宣言したのは彼自身だ。
彼の後ろでくすくすと笑う男爵令嬢がいたのも知っている。
彼らはただ、嘘を吐くというイベントを楽しんだだけかもしれなかった。

しかし、息子に甘い彼の父はいち早く報告を受け、すぐに子爵家に出向いて婚約破棄の手続きを行った。

破棄は侯爵家からということで、慰謝料も規定の額を頂き、ありがた迷惑というべきだが、婚約破棄で傷物になったヴァレンティアに新たな婚約者を用意して来たのだ。

断っても良いと言われたけれど、新たに選ばれた相手は家同士つながりを持てるなら互いに利のあるものだったので、ヴァレンティアは受けることにした。

…知らない相手でもなかったから。

「ティア」
「ゼロ」

ヴァレンティアの隣にゼローグがすっと立つと、肩に置かれた侯爵子息の手を掴んで離した。

彼は新たに結ばれた婚約相手だった。
侯爵家の分家にあたる子爵家の子息。
領地が隣合っていたので、公表していないが幼馴染だった。

「私の婚約者がなにか粗相でも…?」

ゼローグはヴァレンティアを庇うように一歩前に出て侯爵子息と対峙した。

「…ティア?もう愛称で呼び合っているのか…?」
「婚約者の許可を取りましたので。なにか問題が?」
「私には、一度も」

畏れ多いと一度も呼んでもらえなかった。
ヴァレンティアに対しても、呼んでもらえない意趣返しで呼んだことはなかった。

「…ティア、ヴァレンティアは私の婚約者だ。すぐに君との婚約の撤回を求める」

「侯爵子息様。私は昨日侯爵当主様に連れられてティアの屋敷を訪れました。侯爵当主が結んだ婚約を貴方が撤回する事はできません」

侯爵子息相手でもゼローグは引かなかった。
子息の言い分はあまりに理不尽なのだから、引く方が資質を問われる。
自分にはない強さを持つゼローグをヴァレンティアは彼の背後から見上げた。

「嘘だったんだ!婚約破棄など望んでいなかったのに!」

「…喜んでいらっしゃったではないですか。婚約破棄だと言って、男爵令嬢とご一緒に」

二人が楽しげだったのをヴァレンティアは目撃している。
きっと他にもそれを見ていた者がいた。だから、侯爵当主は…。

「侯爵子息様も婚約おめでとうございます」
「っ!」

彼もまた婚約破棄後、新たな婚約を結んだ。
当主が気を利かせて、ヴァレンティアとゼローグの婚約をさせたあと男爵家に向かい、笑い合っていた男爵令嬢との婚約を成立させた。

子息が知ったのはすべてが終わったあと、今朝食事の席で聞いたのだった。

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