8 / 8
八
しおりを挟む
「ガルク、?」
「あ…申し訳ありません」
侯爵の秘書をしている獣人ガルクは、扉の向こうの主の声を耳にして、つい口調が仕事向きの固いものになった。
「…二人きりの閨の時は砕けた物言いをするようにって、侯爵との契約の場でお願いしたはずだけど?」
「申し訳、あ…いや。悪い」
「いいけど。…何か気になることでもあるの?集中してない」
まさか、気取られるとは思わなかった。
顔に出したつもりはなかった。
扉の向こうには侯爵とあの子息がいる。
この距離なので会話も拾えた。
わざわざこんな夜半に侯爵が出向いたのは、子息を止められるのはこの屋敷では侯爵しかいないと護衛か使用人が動いたのだろう。
少し申し訳無さを感じる。
足音が二つ去っていく。
それとは別に扉の脇で止まる音もある。こちらはミレーユが気をやった時にシーツを取り換えさせている侍女だろう。
主たちの声が遠くなっていくので、部屋に踏み込まれる事はなくなった。
「いや、…」
ウルバノのが部屋の前まで来ていた事を伝える必要はないと判断した。
しかし、誤魔化す為の咄嗟に紡げる言葉がない。
何かを発さなければミレーユはガルクが口を割るまで追求するだろう。
焦りの中、ふと、気になっていた疑問を持ち出すことにした。
「俺との、子を産んでも…外聞的に子息の子と偽るのには無理がないかと…ずっと気になって」
「ないわよ」
ミレーユはあっさり否定する。
「獣人と人から生まれる子は、獣人の特長は持つけれど、外見は人親に似るの。
ウルバノには似てなくても、私に似た子が生まれるからなんとでも言えるわ」
ミレーユとガルクの子はミレーユに似た獣人になる。
獣人と人との子は、例外なく人親に似た子しか生まれていない。
一説には、獣人親に似た子が生まれたら、人親が子を可愛がることで、獣人親が子に嫉妬して殺す可能性があるから、人親に似る子が生まれるようになったのではないかと言われているが、実際の所明確な理由はわかっていない。
「獣の耳と尻尾を見えなくする道具もあるでしょう?屋敷の外ではそれをつけさせれば特に問題もないし」
「俺も持ってる。けど、屋敷の中ではそれを外すように言われた」
「可愛いからね」
釈然としない。
主が男にそんなものを求めるとも思えない。
ミレーユがこの耳と尻尾を気に入っていることは知っている。
自分が何かを誤魔化す時や、心無い発言をした後、彼女は決まって耳と尻尾を見ている。
見たあとで、笑うのだ。
「ミレーユ…」
「ああ、ガルク。明日からはナカにしないでね。子が出来やすい期間に入るから」
ガルクは首を傾げた。
子を作るために抱き合っているはずなのに、ミレーユは駄目だという。
「もう少しの間、ガルクを独り占めしたいの。だから子供はもうちょっと待って」
「でも」
子を作るように主には命じられている。
命令に背くことになる。
「侯爵様は私の望みは叶えろとおっしゃらなかった?」
「…言ってた」
ミレーユがガルクの腰に足を絡める。
足の先でガルクの尻尾を撫で、興奮を煽る。
「ちゃんと侯爵家に血は残すから。ね?」
ガルクも、子にミレーユを独占されるのは寂しいと思った。たとえ我が子でも。
子ができたら、もうミレーユとは抱き合えなくなるのだろうか。
主はミレーユの願いをどんな些細なものでも叶えろと命じた。
…ならもう少しだけ。
二人の時間を。
「あ…申し訳ありません」
侯爵の秘書をしている獣人ガルクは、扉の向こうの主の声を耳にして、つい口調が仕事向きの固いものになった。
「…二人きりの閨の時は砕けた物言いをするようにって、侯爵との契約の場でお願いしたはずだけど?」
「申し訳、あ…いや。悪い」
「いいけど。…何か気になることでもあるの?集中してない」
まさか、気取られるとは思わなかった。
顔に出したつもりはなかった。
扉の向こうには侯爵とあの子息がいる。
この距離なので会話も拾えた。
わざわざこんな夜半に侯爵が出向いたのは、子息を止められるのはこの屋敷では侯爵しかいないと護衛か使用人が動いたのだろう。
少し申し訳無さを感じる。
足音が二つ去っていく。
それとは別に扉の脇で止まる音もある。こちらはミレーユが気をやった時にシーツを取り換えさせている侍女だろう。
主たちの声が遠くなっていくので、部屋に踏み込まれる事はなくなった。
「いや、…」
ウルバノのが部屋の前まで来ていた事を伝える必要はないと判断した。
しかし、誤魔化す為の咄嗟に紡げる言葉がない。
何かを発さなければミレーユはガルクが口を割るまで追求するだろう。
焦りの中、ふと、気になっていた疑問を持ち出すことにした。
「俺との、子を産んでも…外聞的に子息の子と偽るのには無理がないかと…ずっと気になって」
「ないわよ」
ミレーユはあっさり否定する。
「獣人と人から生まれる子は、獣人の特長は持つけれど、外見は人親に似るの。
ウルバノには似てなくても、私に似た子が生まれるからなんとでも言えるわ」
ミレーユとガルクの子はミレーユに似た獣人になる。
獣人と人との子は、例外なく人親に似た子しか生まれていない。
一説には、獣人親に似た子が生まれたら、人親が子を可愛がることで、獣人親が子に嫉妬して殺す可能性があるから、人親に似る子が生まれるようになったのではないかと言われているが、実際の所明確な理由はわかっていない。
「獣の耳と尻尾を見えなくする道具もあるでしょう?屋敷の外ではそれをつけさせれば特に問題もないし」
「俺も持ってる。けど、屋敷の中ではそれを外すように言われた」
「可愛いからね」
釈然としない。
主が男にそんなものを求めるとも思えない。
ミレーユがこの耳と尻尾を気に入っていることは知っている。
自分が何かを誤魔化す時や、心無い発言をした後、彼女は決まって耳と尻尾を見ている。
見たあとで、笑うのだ。
「ミレーユ…」
「ああ、ガルク。明日からはナカにしないでね。子が出来やすい期間に入るから」
ガルクは首を傾げた。
子を作るために抱き合っているはずなのに、ミレーユは駄目だという。
「もう少しの間、ガルクを独り占めしたいの。だから子供はもうちょっと待って」
「でも」
子を作るように主には命じられている。
命令に背くことになる。
「侯爵様は私の望みは叶えろとおっしゃらなかった?」
「…言ってた」
ミレーユがガルクの腰に足を絡める。
足の先でガルクの尻尾を撫で、興奮を煽る。
「ちゃんと侯爵家に血は残すから。ね?」
ガルクも、子にミレーユを独占されるのは寂しいと思った。たとえ我が子でも。
子ができたら、もうミレーユとは抱き合えなくなるのだろうか。
主はミレーユの願いをどんな些細なものでも叶えろと命じた。
…ならもう少しだけ。
二人の時間を。
114
お気に入りに追加
740
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった
あとさん♪
恋愛
学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。
王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——
だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。
誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。
この事件をきっかけに歴史は動いた。
無血革命が起こり、国名が変わった。
平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。
※R15は保険。
※設定はゆるんゆるん。
※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m
※本編はオマケ込みで全24話
※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話)
※『ジョン、という人』(全1話)
※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話)
※↑蛇足回2021,6,23加筆修正
※外伝『真か偽か』(全1話)
※小説家になろうにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる