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「ガルク、?」
「あ…申し訳ありません」

侯爵の秘書をしている獣人ガルクは、扉の向こうの主の声を耳にして、つい口調が仕事向きの固いものになった。

「…二人きりの閨の時は砕けた物言いをするようにって、侯爵との契約の場でお願いしたはずだけど?」

「申し訳、あ…いや。悪い」
「いいけど。…何か気になることでもあるの?集中してない」

まさか、気取られるとは思わなかった。
顔に出したつもりはなかった。

扉の向こうには侯爵とあの子息がいる。
この距離なので会話も拾えた。

わざわざこんな夜半に侯爵が出向いたのは、子息アレを止められるのはこの屋敷では侯爵しかいないと護衛か使用人が動いたのだろう。
少し申し訳無さを感じる。

足音が二つ去っていく。
それとは別に扉の脇で止まる音もある。こちらはミレーユが気をやった時にシーツを取り換えさせている侍女だろう。
主たちの声が遠くなっていくので、部屋に踏み込まれる事はなくなった。

「いや、…」

ウルバノのが部屋の前まで来ていた事を伝える必要はないと判断した。

しかし、誤魔化す為の咄嗟に紡げる言葉がない。
何かを発さなければミレーユはガルクが口を割るまで追求するだろう。
焦りの中、ふと、気になっていた疑問を持ち出すことにした。

「俺との、子を産んでも…外聞的に子息の子と偽るのには無理がないかと…ずっと気になって」
「ないわよ」

ミレーユはあっさり否定する。

「獣人と人から生まれる子は、獣人の特長は持つけれど、外見は人親に似るの。
ウルバノには似てなくても、私に似た子が生まれるからなんとでも言えるわ」

ミレーユとガルクの子はミレーユに似た獣人になる。
獣人と人との子は、例外なく人親に似た子しか生まれていない。

一説には、獣人親に似た子が生まれたら、人親が子を可愛がることで、獣人親が子に嫉妬して殺す可能性があるから、人親に似る子が生まれるようになったのではないかと言われているが、実際の所明確な理由はわかっていない。

「獣の耳と尻尾を見えなくする道具もあるでしょう?屋敷の外ではそれをつけさせれば特に問題もないし」
「俺も持ってる。けど、屋敷の中ではそれを外すように言われた」
「可愛いからね」

釈然としない。
主が男にそんなものを求めるとも思えない。

ミレーユがこの耳と尻尾を気に入っていることは知っている。

自分が何かを誤魔化す時や、心無い発言をした後、彼女は決まって耳と尻尾を見ている。
見たあとで、笑うのだ。

「ミレーユ…」
「ああ、ガルク。明日からはナカにしないでね。子が出来やすい期間に入るから」

ガルクは首を傾げた。
子を作るために抱き合っているはずなのに、ミレーユは駄目だという。

「もう少しの間、ガルクを独り占めしたいの。だから子供はもうちょっと待って」
「でも」

子を作るように主には命じられている。
命令に背くことになる。

「侯爵様は私の望みは叶えろとおっしゃらなかった?」
「…言ってた」

ミレーユがガルクの腰に足を絡める。
足の先でガルクの尻尾を撫で、興奮を煽る。

「ちゃんと侯爵家に血は残すから。ね?」

ガルクも、子にミレーユを独占されるのは寂しいと思った。たとえ我が子でも。
子ができたら、もうミレーユとは抱き合えなくなるのだろうか。

主はミレーユの願いをどんな些細なものでも叶えろと命じた。

…ならもう少しだけ。
二人の時間を。

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