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夜、ウルバノは本館にある夫婦の部屋の前にいた。

その場で立ちすくんだ。

ウルバノは、妻の不貞をその時知った。



侯爵家の仕事から逃げに逃げ続けて、離れに篭っていたウルバノが、ようやく屋敷に戻ったのには理由があった。

離れからもよく見える中庭で、書類上の妻ミレーユが散歩をしていたのを見かけた。
うつ伏せた恋人を後ろから愛していたので、妻を見つめていた事を恋人に気づかれることはなかった。

結婚式からたった数カ月。
ミレーユはウルバノが見ないうちに随分色気のある女になっていた。
隣に侍る男は父の秘書。
上背のある男が妻をエスコートして導く。

男の大きな手がミレーユの腰に添えられている。
不埒な動きではないが、何故か艶かしく感じた。

(あれなら、抱いてやるのもいいな)

愛する恋人はたった一人だけど。
侯爵家の為には、あの女を孕ませてやらねばならないな。

孕まねば、あの女は侯爵家には居づらくなる。
ミレーユのためでもあるのだ。

都合の良い考えが浮かんで、ニヤけた。

組み敷き、「ウルっ、そんなに激しくしないで」と叫ぶ恋人の抗議は聞こえなかった。
恋人の身体に飽きて始めていたウルバノの頭には、ミレーユを抱く妄想が巡っていた。


日が落ちるまで恋人を疲れさせて寝かしつけた後、ウルバノはこっそり離れを出た。

屋敷の窓を見上げ、ミレーユの私室には灯りがない事を確認した。
薄い明かりが灯っていたのは、夫婦の寝室だった。
あの女は訪れもない夫を待ち続けているのかと思い、苦笑した。

(待ち焦がれた夫の訪れだから喜んでくれるかな)

不寝番の護衛が訝しみながらも扉を開き、屋敷にウルバノを入れた。

「こんな夜分に何か御用が?」
「自分の家に入るのに用事も何もないだろう。不愉快だよ」

不寝番の一人がもう一人と顔を見合わせ、頷いて持ち場を離れていく。

夫婦の部屋に向かう道中に、物言いたげな数人の使用人とすれ違った。

(…こんな時間にまだ働いているのか)

何故、使用人が真夜中にリネンを抱いていたのか、それに気がつくようだったなら、先の展開を想像できたはずだった。


女の悲鳴が聞こえた気がした。ミレーユの声のようだと思った。
自分の想像力が聞かせた幻聴だと自嘲した。
しかし、部屋に近づくにつれて、ウルバノは焦燥感を覚え始めていた。

女の嬌声が、漏れて聞こえる。
女のものだけでなく、肌を打つ音と男の声も混じっている。
夫婦の寝室から聴こえているのだ。

(裏切りじゃないか)

ウルバノは呆然と立ちすくんだ。


相手は誰だ。ウルバノの妻を抱くのは。
扉を開こうとノブに手をかけた所で、別の手がウルバノの手首を掴んだ。

「…父上」

舌打ちが父から聞こえた。

「こんな時間に此処に何の用だ」
「不貞です!父上が大嫌いな裏切り行為です!ミレーユが、他の男と!直ぐに現場を抑えて離縁を…」

父は鼻を鳴らす。

「離縁など認めない。嫌ならお前が去れ」
「…父上?」

ウルバノの腕を掴んで、父親が引っ張っていく。

先ほどすれ違った使用人は、折りたたんだ清潔なリネンを持って戻って来ていた。

ウルバノ達に一礼を見せ、夫婦の寝室の扉の横でリネンを持って立っている。
その姿を確認して、ウルバノは父に問う。

「…不貞は…父上が認めている…事なのですか?」
「違う」
「ならっ!あれは」

侯爵家当主の私室まで連れて来られると、父親が乱暴に掴んでいたウルバノの腕を払った。

「アレは不貞ではない。私がそうしてくれと頼み込んだ。不貞というのはお前の母だ。お前はあの女と庭師の子だ」

ウルバノは父の言葉を理解できなかった。

「知らなかったはずなのに、お前たち母子はよほど仲が良いのだな。あの離れであの女と庭師はお前を拵えた。そんなお前もあの離れを望み、愛人とあの場所で愛し合っているのだからな」

「…俺が、父の子ではない?」
「ああ、お前の母曰く『種無し』だそうだ」

種が無い…。
だから、父は後妻を迎えずにいたのか。

「…ミレーユを妻に推したのは、それに関係するのですか?」

父が一番拘っていたのは、ミレーユとの婚姻だった。
条件の良い家ならほかにもあった。

「ああ。ミレーユは侯爵家の遠縁になる」

そういうことか。
だから、侯爵家として、ミレーユを娶らねばならなかった。

「…言ってくれたら、ミレーユを孕ませるくらい協力したのに」

不満げに口をとがらせてみせる。
愛するものは恋人だけ。
でも、理由を聞けば協力した。家のためなら義務は果たす。

「必要ない」
「必要ないってことはないでしょう?俺の我儘でミレーユを抱かなかったから代わりを用意したってことなのでしょう?」
「違う。王命だ。ミレーユを侯爵家に迎え入れることと、お前の血は侯爵家に残さぬようにしろと言われている」

ウルバノは目を丸くした。

「王命、…って、どういうこと」

「お前が不義の子だと王には話している。侯爵家の血筋でない者が当主は継げない。簒奪を疑われる前に王には告白した」

「っ、言わなきゃばれなかったのに…!余計なことを」

数年に一度抜き打ちの血統調査が入る。

そこで発覚した際、爵位も領地も取り上げられる可能性があることを、ウルバノは知らなかった。
息子が不義の子だと発覚次第直ぐに国王に告白した、前侯爵も現侯爵も、血統調査の対象から外された。
侯爵家の国王への忠誠心で、見逃された。

しかし、次はない。
国王から、侯爵家の血を戻すことを命じられていたのだ。

「…俺は、どうなるの」

「貴族として死ぬか、人生を終えるか。選んでいい」

笑いがこみ上げてきた。
どちらを選んでも、結末は同じだ。

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