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九 侯爵家

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侯爵家次期当主、デムロックは物置部屋の鍵を解除させると、扉が内側から勢いよく開かれた。

デムロック一人だったなら、扉に打ち付けられ怪我をしただろうが、念の為にと同行させた私兵を連れていたので、彼らの身体がデムロックを守った。

「ぐっ、離せ!俺を誰だと思っているっ!」

弟の身体は私兵が床に押さえつけていた。
弟の鍛えた身体よりもかなり小振りな兵があっさりと押さえ込む。

「何故言いつけを守らなかった」

頭上から落ちてきたデムロックの声に、トルクトは抵抗を止めた。
食事を持ってきたメイドだと思っていたのだろう。

「兄上…」
「父上の言葉を聞いていたのか?」
「伯爵家に行くなとは言われましたが、アルシオーネに会うなとは言われませんでした」

デムロックは頭を押さえた。

「なんの関係もない令嬢に会いに行く理由はなんだ。余程の事なのだろうな?」
「…婚約を、申込みに、っう」

抵抗したのか、抑えていた私兵が体重を掛けるように弟を押さえつけた。

「兄上、この馬鹿な兵士達を退けて下さい、痛くて」
「馬鹿なのはお前だ」

デムロックのこれみよがしのため息にトルクトは兄を睨み上げた。

「アルシオーネ嬢はもう新たな婚約を結んでいると聞いたはずだ」
「それは違います!自暴自棄になったアルシオーネが適当に決めた相手で、あの傲慢な父親が男爵家に命じてっ嫁がせたとっ!ぐあぁいだいっいだぃっ、貴様絶対クビにしてやるっ」
「どこまで想像力が逞しいんだ、お前は。大げさに騒ぐな、見苦しい」

「ちが、コイツ、今、腕を千切るように捻って!兄上!侯爵家の人間に暴行を加えたコイツを死罪に!」

「女に押さえつけられただけでギャアギャア喚くな。お前の筋肉は紛い物か。あまり恥ずかしいことを言うな」

デムロックの言葉に頭を後ろに巡らせ、抑え込まえる前は兜に遮られてわからなかったが下から見上げる形で顔を確認し、それが女兵士だと知る。

とたんにトルクトは真っ赤になって口をつぐんだ。


---



「コレに覚えはあるか?」

デムロックは片手に持っていた書物の表紙を、トルクトに向けた。

『当主論』

トルクトは最近そのタイトルを耳にした気がした。

「騎士団機動部隊第二隊長、レオネル殿から返却して頂いた」
「レオネル…」

聞いた名前だった。
あのアルシオーネが嬉しそうに呼んだ名前がそうではなかったか?

「アルシオーネ…」
そうだ。確か彼女がー

「彼女はお前から預かったものの、放置していて埃まみれだったので返却しづらかったと…
謝罪の為、出向いた騎士団でレオネル殿の手から戻ってきた。
…お前は一度でもこの本を開いたことはあるか?」

兄の問いにトルクトは微動だにしなかった。
頭を縦か横、どちらかに振れば良いだけなのに、そうしなかった。

「読んで、ないか…」

デムロックは書物を大事に仕舞う。

「何故、この本がお前からアルシオーネ嬢の手に渡ったかはこの際置いておこう。
レオネル殿はこの書物を処分するつもりだったらしい。
元婚約者の持ち物など持っていてほしくはないし、こんな古い書物一つや二つなくなったところで問題ないだろうと」

「…」

「何の変哲もない書物だ。ただ古いだけの。
…でも、中を読んで返す気になったらしい。わかるか?」

頭を左右に振る。
トルクトならばきっと処分した。

「本の随所に書き込みがある。古いものから、ここ数年前のもの」

『俺にとってはただの古書だけど、アンタらには大事なもんじゃねぇの?』

年下のしかも下位貴族の子息は、侯爵家次期当主に対して不遜な態度でそう言った。
その態度に多少苛立ちはしたが、彼の言葉は当たっていた。

代々当主から受け継がれている唯一の物。
祖父から父へ。デムロックも繰り返し何度も読んだ。

他の価値ある調度品や宝石はとうの昔に売り払われた。
侯爵家に引き継いでいけるものはもうこの書物しかなかった。

父は婿入りする次男の為に、この書物を託した。
巻末にある古びた家紋は侯爵家の歴史を感じることが出来る。

本を一度でも開けば、気づいたはずだ。
何も知らない男爵子息レオネルすら察したのだから。
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