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一
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「まぁまぁ、ニールデルク殿下。
そんなにお怒りならずとも。貴方も我が国の伯爵令嬢をエスコートしているではありませんか。婚約者のエルシモア嬢を差し置いて」
公爵令嬢エルシモアが、たった今、婚約破棄を受けて、甘え縋った相手は隣国の王子リューゼンベルだった。
この夜会で、本来リューゼンベルがエスコートするはずの自国の伯爵令嬢を、この国の王太子ニールデルクが奪った。
婚約者とは違う、儚さを持つ可憐な隣国の伯爵令嬢に心奪われたニールデルクが、我が国滞在中の彼女を、ずっと側に置いていた。
伯爵令嬢も満更ではないようで、ニールデルクに従ってきた。
はっとしたニールデルクは、令嬢から腕を外し、「私達はそのような、関係ではない」と今更喚いた。
「そのような…とは。このような?」
リューゼンベルは、うっとりと此方を見上げるエルシモアの顎に手を添えて、ゆっくりと口付けた。
「あっ…」
「なっ!?貴様っなにを」
すぐに離れていく唇を、名残惜しそうに見つめるエルシモアに、ニールデルクは怒りを感じていた。
「エルシモア!端ないとは思わないのかっ」
ニールデルクの怒りなど意に介さず、エルシモアはリューゼンベルを熱っぽく見つめていた視線を、元婚約者に向けた。
「ニールデルク殿下。私は先程婚約破棄をされた身。
今の私には婚約者がいませんので殿方との触れ合いに問題はありませんわ。確かに、人前で端ない行為と理解しておりますが、愛しい方からの愛情表現ですので受け入れぬわけには」
「エルシモア!」
ぽっと頬を染めるエルシモアに対し、ニールデルクはイライラと足を踏み鳴らす。
急になんだ。なんなのだ。
エルシモアがあのように頬を染めるのはニールデルクに対してのみ。
しかも二人きりの時だけで、それまでは…。
隣国の王子、リューゼンベルがこの国を訪問してからおかしくなったとニールデルクはこの時になってようやく気づいていた。
数週間前まで、エルシモアがあのようにうっとりと見つめていたのはニールデルクだったはずなのだ。
ニールデルクが、リューゼンベルの連れである伯爵令嬢に目を奪われ、彼女を呼びつけ侍らすようになってから、エルシモアとの交流はなくなっていた。
予定されていた訪問も、茶会も。
伯爵令嬢に夢中になっていたから気づかなかった。
おかしい。
どうしてこんなことに?
婚約者のエルシモアと想い合っていたはずだ。
ニールデルクは、側にいる伯爵令嬢に目をやった。
たしかに儚げで可憐な令嬢だけれど、ニールデルクの好みは違った。
普段はすました顔をして、二人きりになると頬を染めて甘えてくる令嬢。
リューゼンベルを無機質に見つめるエルシモアの姿に重なっていく。
「エルシモアだ…私が愛するのはエルシモアなんだ」
ニールデルクは伯爵令嬢から一歩距離を取る。
「貴様、私を誘惑したのか!なにかの怪しい術か!」
突然の態度の変化に、伯爵令嬢は目を丸くした。
「ニールデルク殿下?私は御身を害すようなことは何もしていませんわ」
「嘘をつけ!私が愛するのはっ」
「落ち着いてください。ニールデルク殿下。魅了のような状態異常の術は尊い王族には効かないはずではないでしょうか。
この国でも、王族は特に防術の道具を装飾品として常に身につけているはずです」
「それは、そうだが。しかし、おかしいではないか!私が愛するエルシモアを差し置いて他の令嬢を侍らすなんて」
「ですが、実際初めてご挨拶した時、私を自室に呼びつけたのはニールデルク殿下からです。
私の方からお声がけをしたわけではございません。常に側にいたエルシモア様を差し置いて私を連れ出した事も、退席しようとした私を留めた事も私が望んだことはありません。
殿下に命じられたら、…それに従うしかないのです」
「それは、…」
その通りなのだ。
初対面で伯爵令嬢に一目で心を奪われた時、面会後に自室に来るようにこっそり誘ったのはニールデルクからだ。
彼女がこの国の令嬢と戯れている場から連れ出したのも、エルシモアの為の茶会に呼び出して退席を拒んだのも。
彼女とたわいない会話を少しでも長く楽しんだ。
エルシモアはもうニールデルクを見ていない。
いつから此方を見なくなったのかもわからない。
エルシモアの見上げる先にいるのはリューゼンベル王子。
彼女の肩を抱くのも。
無様な姿を晒す前に、ニールデルクはこの場を去った。
会場で放った婚約破棄を取り消したいと思っていたのに、翌日にはもう手続きを終えられていた。
あまりにも迅速に婚約の破棄は行われていた。
まるで、何処からか圧力があったかのように。
いとも簡単に、ニールデルクはエルシモアを失った。
そんなにお怒りならずとも。貴方も我が国の伯爵令嬢をエスコートしているではありませんか。婚約者のエルシモア嬢を差し置いて」
公爵令嬢エルシモアが、たった今、婚約破棄を受けて、甘え縋った相手は隣国の王子リューゼンベルだった。
この夜会で、本来リューゼンベルがエスコートするはずの自国の伯爵令嬢を、この国の王太子ニールデルクが奪った。
婚約者とは違う、儚さを持つ可憐な隣国の伯爵令嬢に心奪われたニールデルクが、我が国滞在中の彼女を、ずっと側に置いていた。
伯爵令嬢も満更ではないようで、ニールデルクに従ってきた。
はっとしたニールデルクは、令嬢から腕を外し、「私達はそのような、関係ではない」と今更喚いた。
「そのような…とは。このような?」
リューゼンベルは、うっとりと此方を見上げるエルシモアの顎に手を添えて、ゆっくりと口付けた。
「あっ…」
「なっ!?貴様っなにを」
すぐに離れていく唇を、名残惜しそうに見つめるエルシモアに、ニールデルクは怒りを感じていた。
「エルシモア!端ないとは思わないのかっ」
ニールデルクの怒りなど意に介さず、エルシモアはリューゼンベルを熱っぽく見つめていた視線を、元婚約者に向けた。
「ニールデルク殿下。私は先程婚約破棄をされた身。
今の私には婚約者がいませんので殿方との触れ合いに問題はありませんわ。確かに、人前で端ない行為と理解しておりますが、愛しい方からの愛情表現ですので受け入れぬわけには」
「エルシモア!」
ぽっと頬を染めるエルシモアに対し、ニールデルクはイライラと足を踏み鳴らす。
急になんだ。なんなのだ。
エルシモアがあのように頬を染めるのはニールデルクに対してのみ。
しかも二人きりの時だけで、それまでは…。
隣国の王子、リューゼンベルがこの国を訪問してからおかしくなったとニールデルクはこの時になってようやく気づいていた。
数週間前まで、エルシモアがあのようにうっとりと見つめていたのはニールデルクだったはずなのだ。
ニールデルクが、リューゼンベルの連れである伯爵令嬢に目を奪われ、彼女を呼びつけ侍らすようになってから、エルシモアとの交流はなくなっていた。
予定されていた訪問も、茶会も。
伯爵令嬢に夢中になっていたから気づかなかった。
おかしい。
どうしてこんなことに?
婚約者のエルシモアと想い合っていたはずだ。
ニールデルクは、側にいる伯爵令嬢に目をやった。
たしかに儚げで可憐な令嬢だけれど、ニールデルクの好みは違った。
普段はすました顔をして、二人きりになると頬を染めて甘えてくる令嬢。
リューゼンベルを無機質に見つめるエルシモアの姿に重なっていく。
「エルシモアだ…私が愛するのはエルシモアなんだ」
ニールデルクは伯爵令嬢から一歩距離を取る。
「貴様、私を誘惑したのか!なにかの怪しい術か!」
突然の態度の変化に、伯爵令嬢は目を丸くした。
「ニールデルク殿下?私は御身を害すようなことは何もしていませんわ」
「嘘をつけ!私が愛するのはっ」
「落ち着いてください。ニールデルク殿下。魅了のような状態異常の術は尊い王族には効かないはずではないでしょうか。
この国でも、王族は特に防術の道具を装飾品として常に身につけているはずです」
「それは、そうだが。しかし、おかしいではないか!私が愛するエルシモアを差し置いて他の令嬢を侍らすなんて」
「ですが、実際初めてご挨拶した時、私を自室に呼びつけたのはニールデルク殿下からです。
私の方からお声がけをしたわけではございません。常に側にいたエルシモア様を差し置いて私を連れ出した事も、退席しようとした私を留めた事も私が望んだことはありません。
殿下に命じられたら、…それに従うしかないのです」
「それは、…」
その通りなのだ。
初対面で伯爵令嬢に一目で心を奪われた時、面会後に自室に来るようにこっそり誘ったのはニールデルクからだ。
彼女がこの国の令嬢と戯れている場から連れ出したのも、エルシモアの為の茶会に呼び出して退席を拒んだのも。
彼女とたわいない会話を少しでも長く楽しんだ。
エルシモアはもうニールデルクを見ていない。
いつから此方を見なくなったのかもわからない。
エルシモアの見上げる先にいるのはリューゼンベル王子。
彼女の肩を抱くのも。
無様な姿を晒す前に、ニールデルクはこの場を去った。
会場で放った婚約破棄を取り消したいと思っていたのに、翌日にはもう手続きを終えられていた。
あまりにも迅速に婚約の破棄は行われていた。
まるで、何処からか圧力があったかのように。
いとも簡単に、ニールデルクはエルシモアを失った。
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