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五
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重力のまま身体は闇へと落下する。
下へ
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こうなることはわかっていた。
それでもやはり、
「じにだぐなぃぃいいい」
底なしの闇に吸い寄せられ、フランシールの身体はー…。
どすん
「いったぁああ」
扉の開く音の後に「シーリィまた落ちたの?」と呆れた声がした。
「ふぇ?」
フランシールは目を瞬かせた。
ゆっくり頭を上げて、視線を巡らせる。
物が少ないが内装は自分好みのこの部屋は、これから必要なものは買いそろえれば良いと最近フランシールに与えられた部屋だ。
「もうベッドから落ちないようにこれからは一緒に寝たほうがいいのかなぁ?」
フランシールの目の前でしゃがんで笑うのは、幼馴染のスレッド。
彼のおかげでフランシールは今もまだこの世界に存在できている。
あの日。
フランシールは渓谷に身を投じた。
意志とは反する言動も、すべて物語の強制力のせいだった。
フランシールは早い段階で、自分の未来を識った。
自分は悪役令嬢なのだと学園入学の一年前に気づいたのだ。
しかし、回避する術は見つからず、落ち込むフランシールの元にスレッドが現れた。
年に一度、侯爵家を訪れる島国の商人に付いて弟子のスレッドは今年もやってきたのだった。
年の頃が近かったせいもあり、フランシールとスレッドは出会ってすぐに意気投合した。
身分は天と地ほどの差があったけれど、互いにそれを抜きにした幼馴染だと思っていた。
学園の入学前に、両親にも話せなかった秘密をフランシールはスレッドに話した。
婚約者の王太子は、学園入学以降、他の令嬢に心を移してフランシールを断罪する。
その末に、崖から落とされるのだと、支離滅裂な話をスレッドは根気よく聞いて、彼女を慰めた。
王太子とフランシールの関係はこの時は良好であったから、両親がこの話を聞いたとしても恐らく信じなかっただろう。
実際、スレッドがフランシールに内緒で伝えた際には笑って取り合わなかったらしい。
「学園入学以降はきっと嫌な女になるから、私とは会わないで」
抗おうとはしたが、結局流れに逆らうことはできず、物語の通りにフランシールは伯爵令嬢に嫌がらせをして断罪されたのだった。
スレッドは、ベッドから落ちて絨毯に横座りするフランシールの顔を覗き込む。
「うーん。婚約者としてシーリィを抱き上げても問題無いと思う?」
「だ、だめに決まって」
フランシールは自分の格好に気づき、焦った。
実家で使っていたものよりも肌触りの良い寝間着は、フランシールの肢体を薄く浮かび上がらせている。
慌てて身を抱いて隠すのだけれど、一緒に落下したシーツで包まれて、フランシールの身体は浮いた。
ベッドに降ろされ、抗議しようと顔を上げたフランシールは、真剣なスレッドに軽口を止めた。
「まだ夢に見る?」
先程の崖から落ちる夢は、実際にあったこと。
スレッドが網目状に編んだ縄を、渓谷の中層部に蜘蛛の巣のごとく張り巡らせてフランシールを掬い上げてくれたから命は繋がっている。
スレッドの出身国、海洋都市島国ならではの網漁につかう漁具を模した力技だった。
「…あの、身体が上下に揺れる感覚は今思い出しても…うぅぅ」
「ああ…落下の反動で網の上でピョンピョン跳ねてたあれね。シーリィは三半規管弱いから気持ち悪くなってゲロ吐い」
「吐いてないから」
口の端をぐっと寄せて掴んでスレッドの発言を封じる。
乙女がゲロとか吐きませんからね?
眼力でスレッドを黙らせると、フランシールはスレッドの顔から手を離した。
「シーリィ。着替えたら下におりてきて。養父母さんたちと朝ごはんにしよう」
スレッドはフランシールの髪を一房取り、口付けたあと部屋から出ていった。
「っ…ぐぬっ。ただの幼馴染だと思っていたのに」
色恋に免疫のないフランシールはベッドにゴロゴロと転がって、婚約者の対応をする幼馴染に悶えた。
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こうなることはわかっていた。
それでもやはり、
「じにだぐなぃぃいいい」
底なしの闇に吸い寄せられ、フランシールの身体はー…。
どすん
「いったぁああ」
扉の開く音の後に「シーリィまた落ちたの?」と呆れた声がした。
「ふぇ?」
フランシールは目を瞬かせた。
ゆっくり頭を上げて、視線を巡らせる。
物が少ないが内装は自分好みのこの部屋は、これから必要なものは買いそろえれば良いと最近フランシールに与えられた部屋だ。
「もうベッドから落ちないようにこれからは一緒に寝たほうがいいのかなぁ?」
フランシールの目の前でしゃがんで笑うのは、幼馴染のスレッド。
彼のおかげでフランシールは今もまだこの世界に存在できている。
あの日。
フランシールは渓谷に身を投じた。
意志とは反する言動も、すべて物語の強制力のせいだった。
フランシールは早い段階で、自分の未来を識った。
自分は悪役令嬢なのだと学園入学の一年前に気づいたのだ。
しかし、回避する術は見つからず、落ち込むフランシールの元にスレッドが現れた。
年に一度、侯爵家を訪れる島国の商人に付いて弟子のスレッドは今年もやってきたのだった。
年の頃が近かったせいもあり、フランシールとスレッドは出会ってすぐに意気投合した。
身分は天と地ほどの差があったけれど、互いにそれを抜きにした幼馴染だと思っていた。
学園の入学前に、両親にも話せなかった秘密をフランシールはスレッドに話した。
婚約者の王太子は、学園入学以降、他の令嬢に心を移してフランシールを断罪する。
その末に、崖から落とされるのだと、支離滅裂な話をスレッドは根気よく聞いて、彼女を慰めた。
王太子とフランシールの関係はこの時は良好であったから、両親がこの話を聞いたとしても恐らく信じなかっただろう。
実際、スレッドがフランシールに内緒で伝えた際には笑って取り合わなかったらしい。
「学園入学以降はきっと嫌な女になるから、私とは会わないで」
抗おうとはしたが、結局流れに逆らうことはできず、物語の通りにフランシールは伯爵令嬢に嫌がらせをして断罪されたのだった。
スレッドは、ベッドから落ちて絨毯に横座りするフランシールの顔を覗き込む。
「うーん。婚約者としてシーリィを抱き上げても問題無いと思う?」
「だ、だめに決まって」
フランシールは自分の格好に気づき、焦った。
実家で使っていたものよりも肌触りの良い寝間着は、フランシールの肢体を薄く浮かび上がらせている。
慌てて身を抱いて隠すのだけれど、一緒に落下したシーツで包まれて、フランシールの身体は浮いた。
ベッドに降ろされ、抗議しようと顔を上げたフランシールは、真剣なスレッドに軽口を止めた。
「まだ夢に見る?」
先程の崖から落ちる夢は、実際にあったこと。
スレッドが網目状に編んだ縄を、渓谷の中層部に蜘蛛の巣のごとく張り巡らせてフランシールを掬い上げてくれたから命は繋がっている。
スレッドの出身国、海洋都市島国ならではの網漁につかう漁具を模した力技だった。
「…あの、身体が上下に揺れる感覚は今思い出しても…うぅぅ」
「ああ…落下の反動で網の上でピョンピョン跳ねてたあれね。シーリィは三半規管弱いから気持ち悪くなってゲロ吐い」
「吐いてないから」
口の端をぐっと寄せて掴んでスレッドの発言を封じる。
乙女がゲロとか吐きませんからね?
眼力でスレッドを黙らせると、フランシールはスレッドの顔から手を離した。
「シーリィ。着替えたら下におりてきて。養父母さんたちと朝ごはんにしよう」
スレッドはフランシールの髪を一房取り、口付けたあと部屋から出ていった。
「っ…ぐぬっ。ただの幼馴染だと思っていたのに」
色恋に免疫のないフランシールはベッドにゴロゴロと転がって、婚約者の対応をする幼馴染に悶えた。
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