上 下
5 / 11

しおりを挟む
重力のまま身体は闇へと落下する。

下へ
下へ

こうなることはわかっていた。

それでもやはり、

「じにだぐなぃぃいいい」

底なしの闇に吸い寄せられ、フランシールの身体はー…。


どすん

「いったぁああ」

扉の開く音の後に「シーリィまた落ちたの?」と呆れた声がした。


「ふぇ?」

フランシールは目を瞬かせた。
ゆっくり頭を上げて、視線を巡らせる。
物が少ないが内装は自分好みのこの部屋は、これから必要なものは買いそろえれば良いと最近フランシールに与えられた部屋だ。

「もうベッドから落ちないようにこれからは一緒に寝たほうがいいのかなぁ?」

フランシールの目の前でしゃがんで笑うのは、幼馴染のスレッド。

彼のおかげでフランシールは今もまだこの世界に存在できている。




あの日。

フランシールは渓谷に身を投じた。


意志とは反する言動も、すべての強制力のせいだった。
フランシールは早い段階で、自分の未来をった。
自分は悪役令嬢なのだと学園入学の一年前に気づいたのだ。

しかし、回避する術は見つからず、落ち込むフランシールの元にスレッドが現れた。

年に一度、侯爵家を訪れる島国の商人に付いて弟子のスレッドは今年もやってきたのだった。

年の頃が近かったせいもあり、フランシールとスレッドは出会ってすぐに意気投合した。
身分は天と地ほどの差があったけれど、互いにそれを抜きにした幼馴染だと思っていた。

学園の入学前に、両親にも話せなかった秘密をフランシールはスレッドに話した。

婚約者の王太子は、学園入学以降、他の令嬢に心を移してフランシールを断罪する。
その末に、崖から落とされるのだと、支離滅裂な話をスレッドは根気よく聞いて、彼女を慰めた。

王太子とフランシールの関係はこの時は良好であったから、両親がこの話を聞いたとしても恐らく信じなかっただろう。
実際、スレッドがフランシールに内緒で伝えた際には笑って取り合わなかったらしい。

「学園入学以降はきっと嫌な女になるから、私とは会わないで」

抗おうとはしたが、結局流れに逆らうことはできず、物語の通りにフランシールは伯爵令嬢に嫌がらせをして断罪されたのだった。



スレッドは、ベッドから落ちて絨毯に横座りするフランシールの顔を覗き込む。

「うーん。婚約者としてシーリィを抱き上げても問題無いと思う?」

「だ、だめに決まって」

フランシールは自分の格好に気づき、焦った。
実家で使っていたものよりも肌触りの良い寝間着は、フランシールの肢体を薄く浮かび上がらせている。
慌てて身を抱いて隠すのだけれど、一緒に落下したシーツで包まれて、フランシールの身体は浮いた。

ベッドに降ろされ、抗議しようと顔を上げたフランシールは、真剣なスレッドに軽口を止めた。

「まだ夢に見る?」

先程の崖から落ちる夢は、実際にあったこと。
スレッドが網目状に編んだ縄を、渓谷の中層部に蜘蛛の巣のごとく張り巡らせてフランシールを掬い上げてくれたから命は繋がっている。

スレッドの出身国、海洋都市島国ならではの網漁につかう漁具を模した力技だった。

「…あの、身体が上下に揺れる感覚は今思い出しても…うぅぅ」

「ああ…落下の反動で網の上でピョンピョン跳ねてたあれね。シーリィは三半規管弱いから気持ち悪くなってゲロ吐い」
「吐いてないから」

口の端をぐっと寄せて掴んでスレッドの発言を封じる。

乙女がゲロとか吐きませんからね?

眼力でスレッドを黙らせると、フランシールはスレッドの顔から手を離した。

「シーリィ。着替えたら下におりてきて。養父母さんたちと朝ごはんにしよう」

スレッドはフランシールの髪を一房取り、口付けたあと部屋から出ていった。

「っ…ぐぬっ。ただの幼馴染だと思っていたのに」

色恋に免疫のないフランシールはベッドにゴロゴロと転がって、婚約者の対応をする幼馴染に悶えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

浮気された伯爵令嬢は死んだ振りをします。

豆狸
恋愛
お莫迦な婚約者様から逃げるには、どうしたら良いのでしょう? なろう様でも公開中です。

皇太女の暇つぶし

Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。 「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」 *よくある婚約破棄ものです *初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

迅速な婚約破棄、迅速な復讐、迅速な…

小砂青
恋愛
婚約者と親友が浮気していた。 そう知ったあとの私たちの行動は実に迅速だった。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

処理中です...