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三
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「侯爵っ」
呼ばれ振り返れば、合わせたくない顔がそこにあった。
登城すれば鉢合わせる可能性もあるだろうと考えたが、待ち伏せされるとは思ってもいなかった。
幼い娘を取り上げた男を、侯爵は許してはいない。
「…これは王太子殿下。ご機嫌麗しく、新たなご婚約おめでとうございます」
「挨拶も祝辞も要らない。エルセンシアはどうなのだ。見舞いに行きたいのだ」
「殿下。お静かに。このような場所で話す内容ではありません」
侯爵が返事をする前に、王太子の後ろにいた公爵令嬢マグノリエが止めに入った。
城の廊下で何を言い出すのかと思えば。
「…なんのお話ですか」
侯爵はなんのことがわからぬという振る舞いで、冷めた目をして王太子を見下ろす。
その視線に何かを感じ取ったのか、王太子は謝罪を口にした。
「すまない。やはり、私が憎いか。私が婚約解消などしなければ、エルセンシアが怪我をすることもなかったのに、と」
「殿下!」
「…なんの話か、わかりかねますが」
これ以上この王太子と話をしたくはない。
先を急ぐ、とこの場を去ろうとするのだが、それを阻まれる。
「彼女は療養するのだろう?王都を離れ領地に戻るのか?ならば、私の持つ王領にある屋敷を使ってくれて構わない。あの場所なら静かに過ごせるし、悪党が忍び込む事もできないし、煩わしい事もない」
王太子の一方的な言葉に、侯爵は不快を顔に表した。
何故、ようやく戻ってきた娘をまたこの男の手の届く場所に戻さねばならんのだ。
本当はこの婚約はこんなに長く続くものではなかった。
女児を続けて産み、体調を心配された王妃がようやく産んだ待望の男児だったこともあってか、王女らと違い甘やかされて育った王子。
その王子が十歳の時、まだ五つだったエルセンシアに興味を持って国王に強請った。
『王子が飽きるまで一年も持たぬだろう。それまででいいから婚約者でいてやってくれ』
と頼まれ、渋々受けたものだった。
まだ子供。移り気な子供ならすぐに興味を失うだろうと思われていた。
しかし、王子の我儘は続いた。
屋敷から通っていたエルセンシアを、城に住まわせようと言い始めたのだ。
王子が帝王教育をしているのだから、エルセンシアも早くから妃教育をしなければと国王に進言したのだ。
王は王子に甘かった。
王子には婚約者に内定していた公爵令嬢マグノリエがいたにもかかわらず、王は強請られるままエルセンシアを婚約者にして城に住まわせることを決めた。
王妃もそれを止めなかった。
甘えがすぎると両親を止めようとした王女らは、さっさと他国に嫁がされた。
優しい王女達がまだ自国に居れば、エルセンシアも孤独に過ごすことはなかったかもしれない。
「侯爵。どうだろうか。必要なら馬車で迎えにいかせるが」
過去の記憶から戻り、目の前の男の言葉が咄嗟に理解できずにいた。
「殿下。勝手な事はなさいませぬよう」
「勝手とはなんだ、私は彼女の為に」
「不必要です」
どうやら、娘の療養がどうのという話だったようだ。
王太子は物事を自分本位で進めていく傾向にあるらしい。
会話の流れから事情を理解して、はっきり断りを入れる。
「我が侯爵家の事は、我が家で解決いたします。どうぞ殿下は殿下の進むべき道をお進みください」
「侯爵っ!」
追いかけようとする王太子を、彼の護衛が押しとどめている。
公爵令嬢の指示なのだろう。
邪魔をするなと喚く声が響く。
もう二度は関わらぬ。
エルセンシアを王家に渡したりはしない。
王太子がまた妙な事を言い出す前に、侯爵は家路を急いだ。
呼ばれ振り返れば、合わせたくない顔がそこにあった。
登城すれば鉢合わせる可能性もあるだろうと考えたが、待ち伏せされるとは思ってもいなかった。
幼い娘を取り上げた男を、侯爵は許してはいない。
「…これは王太子殿下。ご機嫌麗しく、新たなご婚約おめでとうございます」
「挨拶も祝辞も要らない。エルセンシアはどうなのだ。見舞いに行きたいのだ」
「殿下。お静かに。このような場所で話す内容ではありません」
侯爵が返事をする前に、王太子の後ろにいた公爵令嬢マグノリエが止めに入った。
城の廊下で何を言い出すのかと思えば。
「…なんのお話ですか」
侯爵はなんのことがわからぬという振る舞いで、冷めた目をして王太子を見下ろす。
その視線に何かを感じ取ったのか、王太子は謝罪を口にした。
「すまない。やはり、私が憎いか。私が婚約解消などしなければ、エルセンシアが怪我をすることもなかったのに、と」
「殿下!」
「…なんの話か、わかりかねますが」
これ以上この王太子と話をしたくはない。
先を急ぐ、とこの場を去ろうとするのだが、それを阻まれる。
「彼女は療養するのだろう?王都を離れ領地に戻るのか?ならば、私の持つ王領にある屋敷を使ってくれて構わない。あの場所なら静かに過ごせるし、悪党が忍び込む事もできないし、煩わしい事もない」
王太子の一方的な言葉に、侯爵は不快を顔に表した。
何故、ようやく戻ってきた娘をまたこの男の手の届く場所に戻さねばならんのだ。
本当はこの婚約はこんなに長く続くものではなかった。
女児を続けて産み、体調を心配された王妃がようやく産んだ待望の男児だったこともあってか、王女らと違い甘やかされて育った王子。
その王子が十歳の時、まだ五つだったエルセンシアに興味を持って国王に強請った。
『王子が飽きるまで一年も持たぬだろう。それまででいいから婚約者でいてやってくれ』
と頼まれ、渋々受けたものだった。
まだ子供。移り気な子供ならすぐに興味を失うだろうと思われていた。
しかし、王子の我儘は続いた。
屋敷から通っていたエルセンシアを、城に住まわせようと言い始めたのだ。
王子が帝王教育をしているのだから、エルセンシアも早くから妃教育をしなければと国王に進言したのだ。
王は王子に甘かった。
王子には婚約者に内定していた公爵令嬢マグノリエがいたにもかかわらず、王は強請られるままエルセンシアを婚約者にして城に住まわせることを決めた。
王妃もそれを止めなかった。
甘えがすぎると両親を止めようとした王女らは、さっさと他国に嫁がされた。
優しい王女達がまだ自国に居れば、エルセンシアも孤独に過ごすことはなかったかもしれない。
「侯爵。どうだろうか。必要なら馬車で迎えにいかせるが」
過去の記憶から戻り、目の前の男の言葉が咄嗟に理解できずにいた。
「殿下。勝手な事はなさいませぬよう」
「勝手とはなんだ、私は彼女の為に」
「不必要です」
どうやら、娘の療養がどうのという話だったようだ。
王太子は物事を自分本位で進めていく傾向にあるらしい。
会話の流れから事情を理解して、はっきり断りを入れる。
「我が侯爵家の事は、我が家で解決いたします。どうぞ殿下は殿下の進むべき道をお進みください」
「侯爵っ!」
追いかけようとする王太子を、彼の護衛が押しとどめている。
公爵令嬢の指示なのだろう。
邪魔をするなと喚く声が響く。
もう二度は関わらぬ。
エルセンシアを王家に渡したりはしない。
王太子がまた妙な事を言い出す前に、侯爵は家路を急いだ。
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