元婚約者を抱くのは

基本二度寝

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聖女はかつての婚約者と再会する

番外

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「あら。リュエンド王太子殿下。お久しぶりです」

祖国の王太子であり婚約者でもあった、リュエンド王太子。

彼は声をかけてきた美しい令嬢が誰かわからないようで、見惚れた後、すぐに言葉が出てこなかった。

「えっと…黒国の聖女様。お目にかかったことがありました…か?」

王太子の側近が耳打ちし、此方を黒国の聖女だと認識したようだった。
しかし、面識はなかったはずだと笑顔を見せた。
上っ面の笑顔。
以前と全く変わらない。

「ええ。三年ほど前に。あの頃は今と違い骨と皮だけの棒切れのような体型でしたから」

聖女の言葉に王太子とその側近はじっと彼女を見つめる。

「…っ!まさか」

先に気づいたのは側近の方だった。
リュエンドは眉を寄せただけだった。

「平民の聖女…ユミル、様」

側近の言葉で王太子殿下ははっとした顔をする。

「白い骸骨っ!?」

…そう呼ばれていたなぁと当時を思い出した。



三年前のその日、祖国に聖国から神官がやってきた。
神官は、「この国に聖女が覚醒した」と告げ、王都は湧いた。
ここ数十年この国に聖女は誕生しなかった。
ようやくこの国は聖女の力で安定するのだと期待された。

王太子は過去の文献を読み聖女について調べた後、婚約者と婚約の解消し、聖女を婚約者にしたいと国王に進言した。
国王は喜んでその提案を採用した。

神官に発見されたユミルは、骨と皮だけの身体で道端に転がっていた。
孤児院での虐待から逃げ出し、行き倒れていたのだ。

神官は不憫だと心を痛め、王宮に連れて行ったのだが、周りの反応は鈍かった。

皮膚は黒ずみ、目の周りの肉が削げて窪み、ぼさぼさの白髪は汚れて臭く、虫が集る。

そのようなヒトモドキを聖国の神官は聖女だと宣言しても貴族たちは懐疑的であった。
他国の聖女とはあまりに違いすぎた。

「そうですか。貴方が聖女様」

しかし王太子は笑顔で出迎えた。
周囲は流石次期王と褒めそやしたが、その笑顔は表面上のものだとユミルは知っていた。
ユミルに暴力を振るっていた孤児院の先生が外部の人間の前で見せていた笑顔と同じだった。

だから、周囲に人が居なくなれば王太子は蔑んだ目を見せる。
王太子は歴代の聖女は美女であったので、期待して婚約者に望んだのにあてが外れた、と側近に漏らした。

ユミルを助けた神官が治療を行い、痣や火傷で黒ずんだ肌を元に戻してくれた。

「黒い骸骨が白い骸骨になっただけじゃないか。あんなものどう着飾っても骸骨は骸骨だろう」

神官の前ではそれなりの対応だが、居ない所では罵倒された。
暴行は加えられないものの王宮の居心地は悪かった。

そして神官が聖国に帰国した次の日にユミルは捨てられた。

他国の領土である黒の森。
魔獣が闊歩するその森へ入れば生きては戻れない。

「聖女だなんだと期待した私が馬鹿だった。婚約者だった令嬢に再度婚約してもらうためにはお前に生きていられると困るのだ。骸骨は骸骨らしく土に帰ると良い」

王太子は自身の側近と護衛を連れて、その黒の森にユミルを置き去りにしたのだ。




「っ!あの時の骸骨なのか…?そんな、」

上から下を舐めるように目線を上下する。
確かに見た目は変わった。
あの頃からすれば体重は大きく増えた。
特に、胸と腿の肉付きが良くなった。
黒の森に捨てられたユミルを拾った恩人は「俺が」と毎回言う。

髪の艶も良くなり、白髪ではなく本来の銀の髪に戻った。

「ああ…そうなのか。その姿ならば、私の隣に立つに相応しい」

リュエンド殿下が意味不明に呟いた。

「我が国の聖女、私の婚約者よ。ぜひ我が国に戻ってその力を発揮して欲しい」

笑顔を振りまくリュエンドに白けた目を向けた。

「貴方の婚約者は以前婚約していたご令嬢でしょう?」

彼女と再婚約したいが為に捨てられたのだ。今更何を言い出すのだ。

「それは」

「聖女と結婚したいからと一方的に婚約を解消しておいて、聖女がいなくなったからまた婚約してほしいなんて、随分勝手だとは思いますけど」

式典に王太子のパートナーは居なかった。
やはりそれが答えだったのだろう。

「祖国が心配ではないのか?出身国なのだぞ」

「私はもう黒国の聖女ですから」

「黒国に聖女など必要ないだろう!」

魔獣の住む黒の森を有する黒国は魔族の国だ。
人と対立していたのは数十年前で今はもう多くの国と国交を結んでいる。
各国に外交の名目で派遣されている魔族は、人よりも大柄で力も魔力もあり、肉体労働者として重宝されている。
もちろん魔族に対し根強い差別意識がある者も居るが、それは人間間でもある致し方ない部分でもある。
概ね外交員達は地元の人間と上手くやっているようで黒国の印象は昔のように悪くはない。

神のもとに皆平等を謳う聖国が黒国を式典に招待したのだ。
黒国を一国として認めた事を対外的に公表したも同然だった。

そんな国を貶める発言に、ユミルは初めて怒りを覚えた。


「うちの妻がなにか粗相を?」

ユミルは腰を引き寄せられ、隣に男が現れる。
黒髪に黒い装束。
色黒で瞳は金の色を持つ男は聖女と並べば対比色のようだった。

「ま、魔王っ」

リュエンドにそう呼ばれた男は片眉を上げた。

「リュエンド殿下、それは無礼ですっ」

側近は慌てて、頭を下げ殿下の前に出た。

「これはこれは。うちに聖女を寄こしてくださった王太子殿下ではないですか」

にこやかにみせて笑っていない瞳。
黒の国王陛下は、国を貶す言葉よりも妻に言い寄る雄に腹を立てているようだった。
妻に関して旦那様は随分と狭量だ。

「し、失礼しました。黒国王、ヴァルバド陛下。うちの聖女がご迷惑をお掛けしました。すぐに此方で引取りますので」

「うちの?何故」

「何故と、言われても…」

本来ならば、聖女は生まれた国の所有となる。
国が聖女を追放しない限りは出身国に囲われる。
ユミルはリュエンドの一存で捨てられただけで、国王からの追放刑は受けていない。
国が返還を求めれば、返すしかないのだが、例外はある。
他国の者と婚姻した場合、所属を聖女の希望で変えられる。
ユミルは当然夫の国、黒国を選択した。

「そんなわけでもう妻はうちの聖女だ」

「そんな勝手、許していない!」

リュエンドは己の所業を忘れ騒ぎ立てた。

消息不明になった聖女を、婚約者を守れなかった者として、自国では閑職に追いやられた。
第二王子が成人すれば王太子の肩書も奪われる。
元婚約者はリュエンドとの婚約解消後に早々と王弟殿下である叔父と婚約していた。
だから聖女がどうなろうと再婚約を取り付けることはできなかった。

年頃の貴族令嬢には皆、婚約者がいる。
二十半ばで臣籍降下が内定し王族から外されるリュエンドに、まだ婚約者の決まっていない十歳未満の娘を差し出すような貴族当主は居なかった。

「勝手、と言われても。…捨てられていたものを拾って何が悪い」
「捨ててなどいない」

食い下がるリュエンドに、ヴァルバドは笑っていない笑顔を向けた。

「困ったことに、うちの森にを捨てていく人間が多いんだ」

人を食う魔獣がいる黒の森は危険なので近づかないようにと各国に注意喚起を出している。
にもかかわらず、都合が良いとばかりに罪人をわざわざ捨てに来る国もある。

「だから、森の各所に設置してあるんだ。監視魔具を」

手のひらに収まる水晶を取り出し、リュエンドに手渡した。

水晶に映し出される映像は、王家の紋章入りの馬車から女を放り出す男たちの顔がしっかり映っていた。
リュエンドとその側近と護衛たち。

水晶の中では笑顔を向けて聖女を捨てて帰るリュエンドは映し出された映像に顔色を失っている。

「貴殿の国との国交はなかったので、周辺諸国に確認してもらった。このような非道なことをする人間がいる国は何処かわからないか…?と」

ごとりと水晶を落とした。
ころころとユミルの足先まで転がってきたそれを拾い上げる。
リュエンド殿下も側近も顔色は尋常ではなかった。

旦那様は人が悪い。(人じゃないけど)
ユミルはため息を吐いた。

走り去る馬車に使い魔を放ち、リュエンドの身元はとうに割れていた。
だが、夫はあえて他国にこの映像を見せて回ったのだ。

知らぬは当人ばかり。

聖国の神官、ユミルを見つけてくれたおじいちゃんもそれを知り、にこやかに怒っていた。

神のもとに皆平等。
悪行には罰が下るよ。



式典に呼ばれた各国の代表はリュエンド達と距離をとる。
四面楚歌のこの状況になって、リュエンドは初めて自分が名指しで招待された意味を悟った。

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