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シェスターニャが任期を終え、帰国のため帰路についていると国境の検問を越えた所で馬車が止まった。
おや?と思う間もなく扉が開かれ、眉を釣り上げた婚約者様が立っていた。
「エスターグ様。如何されたのですか?」
青銀の髪の騎士。
国王陛下の近衛騎士という重職であるエスターグが、わざわざ国の端までやって来る理由はないはずだ。
有無を言わせず馬車から降ろされると、彼の愛馬に乗せられた。
彼も馬に乗り上げて、シェスターニャの後ろに跨ると腹に腕を回した。
馬上、背後に婚約者様。逃げ場はない。
他の同僚や護衛騎士たちの生温い目が痛い。
「俺の大事な婚約者が外交先で結婚したと聞いて、どういう事かと問いただそうと馬を走らせた。可笑しいか?」
どうやら内通者が居たようだ。
ちらりと周りに視線を走らせるが、誰とも目が合わない。
面倒くさくなるから内密にと言ったのに!
「わざわざお越し頂かなくても王都に戻ってから説明しましたのに」
「ふぅん。そうか」
知られなければそんな必要なはなかった。
背中に冷たい汗が流れた。
「で、なんで結婚したんだ」
背後から殺気を感じる。
自分に向けられたものではないと分かるのだが、他人が鬼畜だの悪魔だのと評価しているエスターグに初めて恐怖を覚えた。
「…正確にはしていません」
「シェシィ」
「研究の一貫でした。すいません」
揚げ足を取っている場合ではない。
即座に謝罪した。
「研究?なんの」
「外交先のあの国での子供の魔力濃度についての研究過程で貴族家庭の環境の項目の内、他国の平均値より数値が高いものがありまして、事実確認のために検証実験を行いました」
「それは?」
「愛人又は浮気相手の保有率です」
エスターグは黙った。
彼だからわかったのだろう。
突拍子のない事をする婚約者のことを。
「つまり、偽装結婚は、実験…ってことか?」
「さすがエスト!」
はぁぁぁあと大きな溜め息が降ってきた。
今までも突飛な実証実験を試みた。
研究者の性というべきか。
その都度エスターグはその不可解さに振り回されてきた。
「私と本気で結婚したがる物好きはエストしかいませんよ」
興味が湧けば他人に理解されないことも平気でやる女なのだ。婚約者が居なければ平気で戸籍を汚していたかもしれない。
エスターグは答えない。
シェスターニャは後ろを振り返り、首を傾げる。
同意すると思ったのだが。
「そんなわけあるか」
「え?」
「外交先で変装魔法解いてないだろうな?」
エスターグに反対され続けていた他国への出張は、姿を変えることでようやく許可された。
自国民はシェスターニャの変人ぶりを知っているが、他国ではそうではない。
意見交換にやってきた他国の研究者達がシェスターニャと会い、恋に落ちていく様をエスターグは近くで見ていた。
色白で艷やかな黒髪の美女。
口を開かなければ、皆、彼女が優秀な学士だと気づくこともない。
『色白なのは引きこもり。頭が脂ぎっているのは数日風呂に入ってないからですよ。研究者あるあるです』
その事実に皆崩れ落ちたものだ。
「解いてませんよ、むしろ今だって解いてないつもりでしたが」
エスターグが現れるまではいつも通りだった。
しかし、魔法を打ち消すパッシブスキルを所持しているエスターグが側に居れば、幻覚も幻惑も魅了も魔法は全て無効化される。
魔法王国で魔法が使えない落ちこぼれ扱いされていたエスターグが国王陛下の護衛についたのもこのスキルのおかげだ。
その事を見出したシェスターニャにエスターグは心酔、いや依存している。
「…なら良いが。で、実験とは?」
「結婚したら、相手は浮気をするか。
面白いことに婚姻届に署名した当日に、愛人を連れ込まれました。実に興味深いです。
やはり数値は嘘をつきませんね」
…やっぱり滅ぼすか。
エスターグの呟きは聞かなかったことにした。
検証の末、相手が浮気しようがしまいがエストの思考結果は同じなのだから。
だから、検証実験については極秘に、と周りには伝えたのに。
検証結果が出る前に対象を殺されたらせっかくの実験が台無しである。
エストが乗り込んでくる前に結果が出てよかった。
私のためにも、対象のためにも。
シェスターニャの懸念はそれに尽きた。
研究対象は、すぐに愛人を作り、散財していた。
王城務めだったので、それなりの給料と退職金を当てられていたが、たった三ヶ月で殆ど消えたらしい。
実験の報酬としてひと束の紙幣を屋敷の家令に渡してきたが、実験のことは伝えなかった。
会話が面倒だったし、新しい妻を迎えると言っていたので問題ないだろう。
最初の婚姻届も離縁届の署名も錯覚魔法を敷いた。
書き損じの書類の裏を婚姻届だと誤認する魔法と、署名が時間経過で消える魔法。
婚姻の事実がないから離縁届けも必要ないのだけれど。その説明も面倒だったので相手の望むようにした。
正直、帰国の途に就くまで、偽装結婚中だったことを忘れていた。
帰国の前日に思い出して清算した。
思い出せてよかったよかった。
シェスターニャの興味はもう他に移っているので彼らの顛末など気にも留めなかった。
おや?と思う間もなく扉が開かれ、眉を釣り上げた婚約者様が立っていた。
「エスターグ様。如何されたのですか?」
青銀の髪の騎士。
国王陛下の近衛騎士という重職であるエスターグが、わざわざ国の端までやって来る理由はないはずだ。
有無を言わせず馬車から降ろされると、彼の愛馬に乗せられた。
彼も馬に乗り上げて、シェスターニャの後ろに跨ると腹に腕を回した。
馬上、背後に婚約者様。逃げ場はない。
他の同僚や護衛騎士たちの生温い目が痛い。
「俺の大事な婚約者が外交先で結婚したと聞いて、どういう事かと問いただそうと馬を走らせた。可笑しいか?」
どうやら内通者が居たようだ。
ちらりと周りに視線を走らせるが、誰とも目が合わない。
面倒くさくなるから内密にと言ったのに!
「わざわざお越し頂かなくても王都に戻ってから説明しましたのに」
「ふぅん。そうか」
知られなければそんな必要なはなかった。
背中に冷たい汗が流れた。
「で、なんで結婚したんだ」
背後から殺気を感じる。
自分に向けられたものではないと分かるのだが、他人が鬼畜だの悪魔だのと評価しているエスターグに初めて恐怖を覚えた。
「…正確にはしていません」
「シェシィ」
「研究の一貫でした。すいません」
揚げ足を取っている場合ではない。
即座に謝罪した。
「研究?なんの」
「外交先のあの国での子供の魔力濃度についての研究過程で貴族家庭の環境の項目の内、他国の平均値より数値が高いものがありまして、事実確認のために検証実験を行いました」
「それは?」
「愛人又は浮気相手の保有率です」
エスターグは黙った。
彼だからわかったのだろう。
突拍子のない事をする婚約者のことを。
「つまり、偽装結婚は、実験…ってことか?」
「さすがエスト!」
はぁぁぁあと大きな溜め息が降ってきた。
今までも突飛な実証実験を試みた。
研究者の性というべきか。
その都度エスターグはその不可解さに振り回されてきた。
「私と本気で結婚したがる物好きはエストしかいませんよ」
興味が湧けば他人に理解されないことも平気でやる女なのだ。婚約者が居なければ平気で戸籍を汚していたかもしれない。
エスターグは答えない。
シェスターニャは後ろを振り返り、首を傾げる。
同意すると思ったのだが。
「そんなわけあるか」
「え?」
「外交先で変装魔法解いてないだろうな?」
エスターグに反対され続けていた他国への出張は、姿を変えることでようやく許可された。
自国民はシェスターニャの変人ぶりを知っているが、他国ではそうではない。
意見交換にやってきた他国の研究者達がシェスターニャと会い、恋に落ちていく様をエスターグは近くで見ていた。
色白で艷やかな黒髪の美女。
口を開かなければ、皆、彼女が優秀な学士だと気づくこともない。
『色白なのは引きこもり。頭が脂ぎっているのは数日風呂に入ってないからですよ。研究者あるあるです』
その事実に皆崩れ落ちたものだ。
「解いてませんよ、むしろ今だって解いてないつもりでしたが」
エスターグが現れるまではいつも通りだった。
しかし、魔法を打ち消すパッシブスキルを所持しているエスターグが側に居れば、幻覚も幻惑も魅了も魔法は全て無効化される。
魔法王国で魔法が使えない落ちこぼれ扱いされていたエスターグが国王陛下の護衛についたのもこのスキルのおかげだ。
その事を見出したシェスターニャにエスターグは心酔、いや依存している。
「…なら良いが。で、実験とは?」
「結婚したら、相手は浮気をするか。
面白いことに婚姻届に署名した当日に、愛人を連れ込まれました。実に興味深いです。
やはり数値は嘘をつきませんね」
…やっぱり滅ぼすか。
エスターグの呟きは聞かなかったことにした。
検証の末、相手が浮気しようがしまいがエストの思考結果は同じなのだから。
だから、検証実験については極秘に、と周りには伝えたのに。
検証結果が出る前に対象を殺されたらせっかくの実験が台無しである。
エストが乗り込んでくる前に結果が出てよかった。
私のためにも、対象のためにも。
シェスターニャの懸念はそれに尽きた。
研究対象は、すぐに愛人を作り、散財していた。
王城務めだったので、それなりの給料と退職金を当てられていたが、たった三ヶ月で殆ど消えたらしい。
実験の報酬としてひと束の紙幣を屋敷の家令に渡してきたが、実験のことは伝えなかった。
会話が面倒だったし、新しい妻を迎えると言っていたので問題ないだろう。
最初の婚姻届も離縁届の署名も錯覚魔法を敷いた。
書き損じの書類の裏を婚姻届だと誤認する魔法と、署名が時間経過で消える魔法。
婚姻の事実がないから離縁届けも必要ないのだけれど。その説明も面倒だったので相手の望むようにした。
正直、帰国の途に就くまで、偽装結婚中だったことを忘れていた。
帰国の前日に思い出して清算した。
思い出せてよかったよかった。
シェスターニャの興味はもう他に移っているので彼らの顛末など気にも留めなかった。
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