上 下
2 / 2

しおりを挟む
シェスターニャが任期を終え、帰国のため帰路についていると国境の検問を越えた所で馬車が止まった。

おや?と思う間もなく扉が開かれ、眉を釣り上げた婚約者様が立っていた。


「エスターグ様。如何されたのですか?」

青銀の髪の騎士。
国王陛下の近衛騎士という重職であるエスターグが、わざわざ国の端までやって来る理由はないはずだ。

有無を言わせず馬車から降ろされると、彼の愛馬に乗せられた。
彼も馬に乗り上げて、シェスターニャの後ろに跨ると腹に腕を回した。
馬上、背後に婚約者様。逃げ場はない。

他の同僚や護衛騎士たちの生温い目が痛い。

「俺の大事な婚約者が外交先で結婚したと聞いて、どういう事かと問いただそうと馬を走らせた。可笑しいか?」

どうやら内通者が居たようだ。

ちらりと周りに視線を走らせるが、誰とも目が合わない。
面倒くさくなるから内密にと言ったのに!

「わざわざお越し頂かなくても王都に戻ってから説明しましたのに」
「ふぅん。そうか」

知られなければそんな必要なはなかった。
背中に冷たい汗が流れた。



「で、なんで結婚したんだ」

背後から殺気を感じる。
自分に向けられたものではないと分かるのだが、他人が鬼畜だの悪魔だのと評価しているエスターグに初めて恐怖を覚えた。

「…正確にはしていません」
「シェシィ」

「研究の一貫でした。すいません」

揚げ足を取っている場合ではない。
即座に謝罪した。

「研究?なんの」

「外交先のあの国での子供の魔力濃度についての研究過程で貴族家庭の環境の項目の内、他国の平均値より数値が高いものがありまして、事実確認のために検証実験を行いました」

「それは?」

「愛人又は浮気相手の保有率です」

エスターグは黙った。
彼だからわかったのだろう。
突拍子のない事をする婚約者のことを。

「つまり、偽装結婚は、…ってことか?」
「さすがエスト!」

はぁぁぁあと大きな溜め息が降ってきた。

今までも突飛な実証実験を試みた。
研究者の性というべきか。
その都度エスターグはその不可解さに振り回されてきた。

「私と本気で結婚したがる物好きはエストしかいませんよ」

興味が湧けば他人に理解されないことも平気でやる女なのだ。婚約者が居なければ平気で戸籍を汚していたかもしれない。

エスターグは答えない。
シェスターニャは後ろを振り返り、首を傾げる。
同意すると思ったのだが。

「そんなわけあるか」
「え?」
「外交先で変装魔法解いてないだろうな?」

エスターグに反対され続けていた他国への出張は、姿を変えることでようやく許可された。
自国民はシェスターニャの変人ぶりを知っているが、他国ではそうではない。
意見交換にやってきた他国の研究者達がシェスターニャと会い、恋に落ちていく様をエスターグは近くで見ていた。
色白で艷やかな黒髪の美女。
口を開かなければ、皆、彼女が優秀な学士だと気づくこともない。

『色白なのは引きこもり。頭が脂ぎっているのは数日風呂に入ってないからですよ。研究者あるあるです』
その事実に皆崩れ落ちたものだ。



「解いてませんよ、むしろ今だって解いてないつもりでしたが」

エスターグが現れるまではいつも通りだった。
しかし、魔法を打ち消すパッシブスキルを所持しているエスターグが側に居れば、幻覚も幻惑も魅了も魔法は全て無効化される。

魔法王国で魔法が使えない落ちこぼれ扱いされていたエスターグが国王陛下の護衛についたのもこのスキルのおかげだ。

その事を見出したシェスターニャにエスターグは心酔、いや依存している。

「…なら良いが。で、実験とは?」
「結婚したら、相手は浮気をするか。
面白いことに婚姻届に署名した当日に、愛人を連れ込まれました。実に興味深いです。
やはり数値データは嘘をつきませんね」

…やっぱり滅ぼすか。

エスターグの呟きは聞かなかったことにした。

検証の末、相手が浮気しようがしまいがエストの思考結果は同じなのだから。

だから、検証実験については極秘に、と周りには伝えたのに。

検証結果が出る前に対象を殺されたらせっかくの実験が台無しである。
エストが乗り込んでくる前に結果が出てよかった。
私のためにも、対象のためにも。

シェスターニャの懸念はそれに尽きた。



研究対象ルークは、すぐに愛人を作り、散財していた。
王城務めだったので、それなりの給料と退職金を当てられていたが、たった三ヶ月で殆ど消えたらしい。

実験の報酬としてひと束の紙幣を屋敷の家令に渡してきたが、実験のことは伝えなかった。
会話が面倒だったし、新しい妻を迎えると言っていたので問題ないだろう。
最初の婚姻届も離縁届の署名も錯覚魔法を敷いた。
書き損じの書類の裏を婚姻届だと誤認する魔法と、署名が時間経過で消える魔法。

婚姻の事実がないから離縁届けも必要ないのだけれど。その説明も面倒だったので相手の望むようにした。

正直、帰国の途に就くまで、偽装結婚中だったことを忘れていた。
帰国の前日に思い出して清算した。
思い出せてよかったよかった。

シェスターニャの興味はもう他に移っているので彼らの顛末など気にも留めなかった。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

どうせ嘘でしょう?

豆狸
恋愛
「うわー、可愛いなあ。妖精かな? 翼の生えた小さな兎がいるぞ!」 嘘つき皇子が叫んでいます。 どうせ嘘でしょう? なろう様でも公開中です。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

処理中です...