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六
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夢から覚めた王太子は動けないままじっと天井を見つめていた。
「私はメリアンテをちゃんと見ていなかったのだな」
メリアンテのすべてを愛しく思っていた。
彼女のすべてを知っていると思っていた。
しかし、最後に見た彼女の笑顔は初めて見るものだった。
「お目覚めになられましたか」
侍従にまぎれて入室していた魔導医に声をかけられる。
寝台から起きようともしない王太子にじれて顔をのぞき込んできた。
「最近根を詰め過ぎでは?顔色も良くないようですし」
目の前の仕事に集中していなければ、余計な考えをせずに済む。魔導医を鬱陶しいと手で払った。
「なぁ」
「なんですか」
「メリアンテとあの平民。どちらが先に死んだんだ」
魔導医は片眉を上げた。
急に如何したと言いたげだ。
「メリアンテ様ですよ」
ああ、と頭を抱えた。
なにが、連れて行く、だ。
メリアンテについていくと決めたのは平民の方だ。
男は彼女の側にいるという誓いを守ったのだ。
「あの夢は…ただの夢ではないかもしれない」
王太子の知らない二人を見た。
王太子の知らなかった事を夢に投影できるはずもない。
夢で見たように、王太子が彼女に会いたくて屋敷に押しかけた次の日は、体調不良で面会を断られていた。
決められた面会時間を毎回守らず屋敷に居座り続けたから、彼女は平民からの魔力補給を行えなかった。
その都度症状は蓄積して悪くなっていったのだ。
当時はなぜ、昨日会えた婚約者に面会できないのかと憤るだけだった。
理由を深く考えようともしなかった。
愛娘を嫁がせたくない公爵の嫌がらせに違いないと思っていた自分を今になって恥じる。
もう少し彼女を気遣っていれば、隠し通そうとしたメリアンテの体調の悪さに気づいたかもしれない。
現に、夢の中で平民に抱かれていたメリアンテの顔は白かった。病人のように。
自分の話を彼女にしたい気持ちが強くて、当時は気づかなかった。
「私は、自分しか見ていなかった」
誰も王太子を責めなかったから罪の意識も持てなかった。
王太子の心にあったのは、泉に彼女を連れていかなければ、彼女の身体が弱くなることもなかったのに失敗したと思う程度だ。
平民を側に置かねばならぬほど重篤だと知らされていれば。
いや、きっとそんな話は信じなかった。
今だって、メリアンテが亡くなったことでようやく王太子は気づいたのだ。公爵の言葉は戯言などではなかった。
こんな、嫉妬で真実を見ようとしない男が、メリアンテに思われ続ける訳がない。
自分の命を懸命に繋ごうとする男に心を移されても仕方がないなと自嘲した。
「…メリアンテ様の墓前に花を供えに行ってあげてもいいですよ」
「やけに上から物を言うな。お前は」
「殿下は公爵領には招かれませんからね」
それもそうだ。
「メリアンテの好きな花は、…なんだったかな」
「知りませんよ。何でそんなことも知らないんですか」
乾いた笑いが沸いてくる。
本当に、なんでそんなことも知らないのだろうか。
愛していた婚約者のはずだったのに。
「私はメリアンテをちゃんと見ていなかったのだな」
メリアンテのすべてを愛しく思っていた。
彼女のすべてを知っていると思っていた。
しかし、最後に見た彼女の笑顔は初めて見るものだった。
「お目覚めになられましたか」
侍従にまぎれて入室していた魔導医に声をかけられる。
寝台から起きようともしない王太子にじれて顔をのぞき込んできた。
「最近根を詰め過ぎでは?顔色も良くないようですし」
目の前の仕事に集中していなければ、余計な考えをせずに済む。魔導医を鬱陶しいと手で払った。
「なぁ」
「なんですか」
「メリアンテとあの平民。どちらが先に死んだんだ」
魔導医は片眉を上げた。
急に如何したと言いたげだ。
「メリアンテ様ですよ」
ああ、と頭を抱えた。
なにが、連れて行く、だ。
メリアンテについていくと決めたのは平民の方だ。
男は彼女の側にいるという誓いを守ったのだ。
「あの夢は…ただの夢ではないかもしれない」
王太子の知らない二人を見た。
王太子の知らなかった事を夢に投影できるはずもない。
夢で見たように、王太子が彼女に会いたくて屋敷に押しかけた次の日は、体調不良で面会を断られていた。
決められた面会時間を毎回守らず屋敷に居座り続けたから、彼女は平民からの魔力補給を行えなかった。
その都度症状は蓄積して悪くなっていったのだ。
当時はなぜ、昨日会えた婚約者に面会できないのかと憤るだけだった。
理由を深く考えようともしなかった。
愛娘を嫁がせたくない公爵の嫌がらせに違いないと思っていた自分を今になって恥じる。
もう少し彼女を気遣っていれば、隠し通そうとしたメリアンテの体調の悪さに気づいたかもしれない。
現に、夢の中で平民に抱かれていたメリアンテの顔は白かった。病人のように。
自分の話を彼女にしたい気持ちが強くて、当時は気づかなかった。
「私は、自分しか見ていなかった」
誰も王太子を責めなかったから罪の意識も持てなかった。
王太子の心にあったのは、泉に彼女を連れていかなければ、彼女の身体が弱くなることもなかったのに失敗したと思う程度だ。
平民を側に置かねばならぬほど重篤だと知らされていれば。
いや、きっとそんな話は信じなかった。
今だって、メリアンテが亡くなったことでようやく王太子は気づいたのだ。公爵の言葉は戯言などではなかった。
こんな、嫉妬で真実を見ようとしない男が、メリアンテに思われ続ける訳がない。
自分の命を懸命に繋ごうとする男に心を移されても仕方がないなと自嘲した。
「…メリアンテ様の墓前に花を供えに行ってあげてもいいですよ」
「やけに上から物を言うな。お前は」
「殿下は公爵領には招かれませんからね」
それもそうだ。
「メリアンテの好きな花は、…なんだったかな」
「知りませんよ。何でそんなことも知らないんですか」
乾いた笑いが沸いてくる。
本当に、なんでそんなことも知らないのだろうか。
愛していた婚約者のはずだったのに。
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