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王太子は夢を見た。
夢だと気づいたのは、目の前に自分が間違いなく生命を奪った平民とメリアンテがいたからだ。

王太子が何度も通ったメリアンテの屋敷の応接間のソファで、平民の男の腕に抱かれていたメリアンテは苦しそうな顔で眠っていた。

『危なかったですね』

平民が近くにいたメリアンテの侍女に話しかけた。

『なかなか殿下がお帰りになられないから、補給が間に合わないかと思いました』

平民の言葉に怒りを覚えた王太子だったが、声は出せなかった。
平民に触れることもできない。
メリアンテに触れようとしてその指が通り抜ける。

『裸で抱き合えばもっと補給量を増やせるんですけど。駄目なんですよね?殿下の婚約者だから。
早く婚約を解消されたら良いのに』

しれっととんでもないことを平民は宣う。
男が貴族だったなら、どんな処罰を受けていたかわからない。

『このままでは…メリアンテ様は二度と目を覚まさないかもしれません』

平民の男は不吉な言葉を口にして、侍女に不安を煽った。

『早く、婚約の解消を。…出来なければ』

平民が言葉を切った。
メリアンテが目覚めたからだ。

『ギル…?私、また?』

メリアンテが、平民を愛称で呼ぶ。
平民に抱かれていることに驚きは見えない。これは初めてではないのだ。
王太子は酷く傷ついた。

平民が何かを口にするが、視界が歪んで声も聞こえなくなった。


暗転した後、場面が切り替わった。
薄暗いその場所には覚えがある。

格子の向こうには、自分がいた。
その足元には、先程メリアンテを抱いていた平民が蹲っている。

甚振った後なのか、平民の顔は腫れて歪み、足も折られている。

平民の男が、目の前の王太子ではなく、格子の外から様子を見ている此方に目線を寄こした。

『メリアンテ様…』

平民の口は動いていない。
しかし、はっきり聞き取れた。

『ごめんなさい。もう待てなかったの』

すぐ近くに愛しい婚約者の声がした。
自分の身体を通り抜け、存在が薄くなっているメリアンテが、格子をすり抜けて平民の側にしゃがむ。

『…間に合わなかったんですね』
『私のせいでごめんなさい。…痛いわよね』

赤黒くなった平民の顔をメリアンテは撫でる。
そんなことしなくていい。
メリアンテが汚れる。

『メリアンテ様』
『貴女の人生を縛り付けてしまった上に、こんな事になって…』


平民はメリアンテを見つめながら、王太子を挑発した。

【僕を殺すなら、メリアを連れて行く】

メリアンテは驚き、そして、微笑んだ。
剣を抜く男から守るように平民に被さる。
顔を近づけ、メリアンテと平民の頭が重なる。


過去の自分にはメリアンテの姿など見えていない。
ただ、平民の胸を突いたのだ。

格子の外からそれを眺めていた王太子は声が出ないのに絶叫した。

「メ、リア…」
『ギル…わざと殿下を挑発したの?…メリアなんて初めて呼ばれたわ』

王太子の刺した剣は、メリアンテ越しに男を貫く。
メリアンテと平民を一緒に刃で串いたようにしか見えない。

『…貴方が選んだ結末がこれなら、一緒に逝きましょう』

メリアンテは愛おしそうに男の頭を撫でて、生気の消える瞳を見つめ続けている。


不意に格子の外の此方を振り返り、様子を見ていた自分と目が合った。

『ありがとうございます』

それはとても穏やかなメリアンテの笑顔だった。



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