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第一章 「魔物使いとアナグラム遊び」

#16 変わらないもの

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 トラッキーが態勢を立て直し、ミヤをなんとか背中に乗せる。
 しかし、その後も俊敏なトラッキーの動きは見られない。

 湿原に足を取られ、動きは遅い。またパールドたちを庇いながらの戦いだから、自由に動けないらしい。
 トラッキーは劣勢を覆すためにホーリーフレイムを吐くが、湿地帯だからかいつもより威力が弱いように見える。

「これはもう……」

 中年冒険者の言葉通り、明らかに今度はトラッキーが防戦一方だった。
 そして、ぬかるむ地面にトラッキーが足を取られ、動きが止まった。

 その隙を大王河童ロブスターは逃さない。

 ハサミが降ってくる。鈍い音が辺りを響く。

 それはトラッキーの肉体が悲鳴を挙げた音。
 トラッキーは身を挺してミヤを守ったらしいが、もうボロボロでふらふらだった。

「おしまいだ。あれじゃもう――ってお前どこにいく!?」

 その言葉を背中越しに聞きながら、俺は湿原を駆けた。

『いつか後悔するぞ』

 そうミヤに言ったことがある。

『うちは馬鹿やからなぁ~難しいことは考えんことにしてんねん』

 ミヤは笑った。

『でももし……』

 そして恥ずかしそうに、

『うちが間違ったことをしようしてたら止めてな』

 そう付け加えた。

「……普通の問題は解けないくせに、こういう時だけは」

 間違ったことがないな、俺は笑いながらそう悪態をついた。

 大きなハサミの手があがる。
 それがミヤへと振ってくる。

 ギロチンのように。それは振り落とされる。
 トラッキーが最後の力を振り絞り逃げようとするが、弱弱しく態勢を崩し、ミヤと共に崩れ落ちる。

 その一瞬の間で、そのハサミが迫る。
 もう、それから、逃げきれない。

 ――だったら、逃げなくてもいいようにするだけ。

 ゴガッ!!

 という鈍い音の後。
 水飛沫が上がり、その腕の軌跡は変わる。

「キャエェエエエエエエ!!!!」

 そして、大王河童ロブスターの悲鳴。
 ハサミの腕を上げながら、そいつは悶える。

 腕に刺さった、こん棒。
 俺が投げたそれは、大王河童ロブスターの攻撃の軌跡を変えた。

「――遅れて悪かったな」

 その言葉に、ミヤは泣きそうな顔をしながら、おかしそうに噴出した。

「ふはは……遅すぎやわぁ」

 その会話を邪魔する、パールドの声。

「バカ! まだ攻撃が」

 そして、大王河童ロブスターの攻撃。
 上から振ってくるのは、大きなハサミの拳。

 大木以上の大きさのその拳を見ても俺は恐怖を感じない。

「トラッキーとは互角の勝負をしてたみたいだけど」

 俺は、地面に落ちたこんぼうを拾い上げ、一振り。

「――だったら、負けるわけないわ」


【 名 前 】 アキラ
【 職 種 】 魔法使い
【 レベル 】 4
【 経験値 】  0(次のレベルまで1)
【 H P 】 921/921
【 M P 】 10/10
【 攻撃力 】 2510
【 防御力 】 614
【 俊敏性 】 100
【  運  】 100
【 スキル 】 なし
【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】


 水飛沫が上がるほどの衝撃と共に、その腕が吹っ飛ぶ。
 間髪入れず、俺は大王河童ロブスターの頭へこん棒をぶん投げた。

 爆風のような衝撃で、大王河童ロブスターの頭は破裂した。

 絶命した大王河童ロブスターの身体が、地面に叩きつけられる。
 辺り一面の水を飛ばす勢いのその衝撃で、水しぶきの雨が降ってくる。

「――お前一体何者なんだ?」

 俺を見ながら目をぱちくりさせるパールドのその疑問に、

「強いて言うならば、こいつの保護者だな」

 俺はそう一言を返した。

 何を言っているか分からないという表情を浮かべるパールド。
 疲れて気を失ったらしいミヤをおぶりながら、俺は思い出したように声を上げる。

「あ、後これ返すわ」

 俺はパールドにペンダントを投げた。

「……何でこれを?」

 パールドは、安堵したようなそれでいて不思議そうな顔を浮かべながら、こちらを見た。

「拾った。大切なもんならちゃんと持っとけ」

 俺はそう言い残すと、ミヤを背負いながら踵を返した。
 トラッキーもボロボロな足取りで、それに続く。

「"妹"さん、元気になるといいな」

 去り際の一言。それに伴い、聞こえる嗚咽の声。

 水しぶきの雨に包まれた湿原。
 その雨がやみ、太陽の光が届くと、そこには綺麗な虹が出来た。


 * * * 


 冒険者ギルドで、ミリアさんは不思議そうにそれを見ていた。

「大王河童ロブスターのドロップ品ですか……? いくら私によいところを見せたいと思ってもさすがにそれは……」
「いや、これはほんまにアキラが倒したものやで」

 意識を取り戻したミヤは口々に弁明するが、俺はそれを制した。

「これはミヤが手に入れたものです」
「はへ?」

 そう不思議そうな顔がおかしく、俺は笑い声をあげた。
 納得いかないミヤだったが、俺は無理やりその言葉を押し通した。

 確かに大王河童ロブスターを倒したのは俺かもしれないが、だがそれ以上のことをミヤはしたと俺は思っていた。

 宿への帰り道。 

「アキラなんであんなことしたん?」

 まだ納得していないミヤに対し、

「なんとなく」

 そう俺は答えた。

「意味分からへん」

 そう口々に不満を言う美弥だったが、

「腹減ったし、飯いこうぜ」

 その一言で、すぐに機嫌がよくなった。

「ええな! うちぺこぺこやねん!」

 人懐っこい猫のような笑みをこぼすミヤに、俺もまたつられて笑顔になる。

 俺たちは、昨日と同じ飯屋へと向かう。
 "変わらない"一日がまた終わろうとしていた。

* * * * *


『うちは馬鹿やからなぁ~難しいことは考えんことにしてんねん』

『でももし……』

『うちが間違ったことをしようしてたら止めてな』

 いつか聞いたその言葉に、俺はこう答える。
 今のところは大丈夫だ、と。

 そして、こうも思う。

 願わくば、
 異世界ここでも、
 こいつが変わらないでほしい、と。



第一章「魔物使いとアナグラム遊び(ミヤ編)」
         完
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