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第一章 「魔物使いとアナグラム遊び」

#6 自警団団長とブラコンと その1

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 その声の方向に振り向くと、コバルトブルー色の綺麗な長髪を持った女がこちらを指差していた。
 凛とした大人の雰囲気を感じさせるその女性は、黒を基調とした軍服のような服装をしており、そのスレンダーな体つきにその黒の軍服は良く映えた。

 その女性は後ろにはまた、同じような服装をした男たちが並んでおり、石像のようにぴしゃりとした隊列を保っている。

 何かの集団だろうか?
 こほんと、軽く咳ばらいをした後、青髪の女はそのサファイヤのような瞳を見開いた。

「私はエルバッツ城下町自警団の団長リンディルと――って待てといっているだろう! そこのモンスターに乗った女!」

 俺は止まって話を聞いていたのだが、美弥とトラッキーは気にも留めていないらしく、遠くへいってしまっていた。俺は慌てて美弥を呼び戻す。

「す、すいません。おーい美弥戻ってこい!」
「へ、なんや。どないしたん彰?」

 俺のその声は聞こえたらしく、美弥はトラッキーをムーンウォークさせて戻ってきた。

「なんや彰? ええ飯屋でも見つかったか?」
「……いや、自警団の団長さんが話あるっぽいから」

 そう俺が告げるが、美弥はほーんというどうでもよさそうな表情を浮かべた。
 ごほんという、咳払いが再び聞こえる。
 リンディルと名乗った女性は、表情には出さないが明らかにイライラしているようだった。

「……まあいいだろう。そこの女、名を何と申す」
「へ、うちは美弥っていうんやけど」
「ミヤか。おいサキル、その名は登録名鑑にあるか」

 リンディルにそう命じられた後ろの男は、持っていた本をペラペラと捲った。
 数秒後、「ありません!」という声を聞くと、リンディルは小さく頷いた。

「我らがエルバッツ領地内にはお前のような魔物使いはいない。そもそもそのユニコーンタイガーはAランクモンスターだ。そんな強力なモンスターを使える魔物使いなんて聞いたことがない」

 訝しげな視線が、美弥へと送られる。

「――お前、何者だ? 魔王の手先か?」

 つららのように冷たく鋭いその声が、耳へと届いた。

 ……何かややこしいことになった。
 これは対応を間違えると色々ヤバいことになる。

 俺はそう確信し、弁明の言葉を述べようとするが美弥の言葉が先をいった。

「うちはうちや! タイガース好きでちょっぴりチャーミングなただの女子高生やで!」

 無言の冷たい静寂に辺りは包まれた。俺は頭を抱えた。
 それを自分でいうか自分で。

 しかも質問に対しての返答にしては全く意図を掴めてないし。
 そんな俺の苦悩もいざ知らず、状況はおかしな方向へ向かう。

「タダノジョシコウセイ――新手の人型モンスターか」

 リンディルはその腰元にある、鋭利な武器に手をかけた。
 
 ああもう。めちゃくちゃだよ。
 俺は事態の収束を図るために、声を上げた。

「リンディルさん、俺たちは怪しい者ではないです! で、こいつはただの馬鹿なんです。信じてください」
「怪しい者が自ら自分を怪しいとは言うまい。どうせお前も……」

 そのトゲがあるような言葉は突然止まり、リンディルは俺の顔を凝視すると固まった。
 ポカンとした表情を浮かべ、まるで珍しいものを見るかのようにその大きなサファイヤの瞳が見開かれた。
 
 「よく見れば」「似ている」「いやそんな馬鹿な」と、小さな呟きが聞こえる。
 そしてまた数秒固まったかと思うと、最後にリンディルは小さく言葉を呟いた。

「……ウィル?」

 ウィル?
 聞き慣れない単語に俺もまた、ポカンとしていると、リンディルは正気に戻ったかのようにぶんぶんと首を振った。

「――っ! と、とにかくお前たちが怪しい者ではないなら、それ相応の証拠を見せてみろ」

 リンディルの奇行もあり、先ほどの緊張した雰囲気はいくらか弛緩したものの、まだ予断は許されない状況。
 俺は証拠という言葉を反芻した。

「証拠になるか分かりませんが……」

 とりあえず、俺はステータス画面を表示させ、美弥にもステータスを見せるようにいった。
 リンディルは俺と美弥のステータス画面を一瞥するが、小さく首を傾げた。
 
 そしてなぜか、美弥ではなく、俺を凝視する。
 これだけでは弱いということなのだろうか。
 
 俺は信じてもらえるか分からなかったが、ありのままに説明した。

「えっと俺たち今日、他の世界からきまして。いわゆる異世界転移というやつなんですけども……」

 この言葉で意味が通じるか分からなかったが、俺は熱心に弁明を図った。
 今日異世界に来たこと。異世界に来たら美弥はこの能力を持っていたこと。森の中でユニコーンタイガーとあったこと。

 俺の説明をリンディルはしばし腕組みをしながら聞いていた。
 時通り、ちらちらと俺へと謎の視線を送りながら。
 俺の説明が一通り終わると、リンディルは小さく頷いた。

「他の世界からきたという人たちの噂はよく聞く。そしてまた、その者たちの中に稀に凄い能力を持つこともいるということも有名だ」

 すぅとリンディルは小さく息を吐き、俺と美弥のステータス画面を指差した。

「またステータス画面を見せてくれたが、これは神でもない限り改ざんできるようなものではない。それにお前たちの服装は明らかに私たちの世界の物ではないとも分かる。登録名鑑に載っていないのも、今日来たということであれば、辻褄は合うな」

 先ほどとは違い、幾分か柔らかい表情でリンディルは言葉を紡ぐ。

「それになにより……い、いや何でもない」

 俺をちらりと一瞥し、何か言いかけたリンディルだったが言葉を飲み込み、最後にこう告げた。

「いいだろう、お前たちを信じてやろう」

 言葉を終えると、俺へと視線を戻すリンディル。
 というか先ほどから何故か美弥よりも俺の方に視線を向けてくる。
 
 元々美弥に対しての話のようだったのに、何故かもう美弥を見ていないんだが。
 俺の方が話が通じると踏んだのだろうか?
 
 それはそれで好都合といえば、好都合だが。
 何はともあれ、めんどくさいことにはならなかったので俺はほっと胸をなでおろし、礼を述べた。

「ありがとうございます」
「う、うむ、そうだな」

 俺の言葉を受け取ると、一瞬ビクッとしたリンディルだったが、何事もなかったかのように居直って言葉を続ける。

「だが基本的に身分登録されていない魔物使いが、城下町にモンスター連れ歩くことは許されていない。冒険者ギルドで登録するといいだろう」
「分かりました。美弥そういうことみたいだぞ」

 話し合いの間、おそらくほとんど話を聞いていない美弥は空返事で「はへーそうなんか」と答える。
 話に茶々いれなかっただけましかと思い、俺はこれからのことを思考する。
 
 とりあえず飯より先に冒険者ギルドに登録した方が面倒ごとが無さそうだな。
 それにもともと登録するつもりだったし。

「あの冒険者ギルドってどこにあるでしょう」
「……あ、ああ、そうかここは初めてだったな。よし、私が案内しよう」

 リンディルはそう言うと、後ろの自警団面々に「下がってよし」「後は私が片づける」と二言かけた。そうすると蜘蛛の子を散らすように団員は消えていった。
 
 凄い統率力だな、と俺は感心しながらその様子を見ていた。

「行こう。着いてきてくれ」

 そう言うとリンディルはピンと背筋を張り、姿勢よく歩き出す。
 俺もそれに続き、美弥とトラッキーも少し遅れてその歩みに従った。
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