空に願うは窓際の姫君

DANDY

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第二十八話 恋の行方

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「あの日の試合から変わったよな」
「うるせえ」

 清歌と義人は、学校近くの小さな橋の上から透き通った川を眺めていた。
 夏の暑さにやられていた二人は、川に飛び込みたい衝動を抑えるのに精一杯。
 びしょ濡れになるのはもちろんのこと、この小さな川に飛びこめば怪我をするのは自明の理。わざわざ夏休みど真ん中で怪我をするバカなどいやしない。

 お盆真っ只中にもかかわらず、妙にやる気のある我が校のサッカー部は練習を休まない。
 先週の試合に出てからというもの、なんだかなんだ練習に参加するようになった義人はあまりの暑さにぐったりとしていた。
 清歌はそんな義人の練習を眺めていたところ、同じく暑さにやられたのだ。

「そもそも練習なんて見てて楽しいか?」
「僕は僕で現実逃避がしたいんだよ」

 清歌は脳裏に綾音を思い浮べた。
 よく高嶺の花なんて言い方をしたりするが、彼女の場合は本当の意味で高嶺の花だ。
 なにせ相手は元神様なのだ。
 しかも絶賛他の神様にマークされている状態。
 清歌の恋が実る確率はかなり低いと言わざるをえない。
 もちろん諦めているわけではないのだが、現状打つ手なしといったところ。
 現実逃避でもしたくなるのは仕方がないことなのだ。

「綾音さんのことか? 実際、お祈り地蔵が言っていた条件を満たした人なんて見つかるのかよ」
「……正直言って、見つかるとは思えないし見つけたとしても誘えないよ。身の安全を保障できるわけでもないのにさ」

 お祈り地蔵が出した条件である、みずからの強い意志で運命を覆した者。そんな人間を、空白の神の座にあてがうのなら綾音を解放しようという話。
 そうそう都合よく条件に合う人間が清歌の前に現れるわけもなければ、運命を覆すほどの人間が神という立場に惹かれるとも思えない。
 しかも神の座にあてがわれた人間がどうなるのかの詳細も不明のまま。
 こんなおそろしい就職先はそうそうないだろう。

「まあそうだよな……。その点、俺は良かったと思うぜ。まだ自分の努力次第で手が届くかもしれない相手だからな」
「霧子か……いい奴なのは納得するけど、あまりそういう目で見たことはないな」

 清歌は正直な感想を述べる。
 義人と清歌、二人の違う人間がいれば一人の女の子の見方など変わるのが当然だ。

「お前は霧子と長い付き合いなんだろう? ほとんど家族とか思ってるんじゃないか?」
「そうかもな。妹でもあり姉でもあるみたいなものかも」

 清歌はぼんやりと義人の言葉を噛みしめる。
 たまに幼く見えるし、大事な場面では大人びて見える。
 うん、やっぱり霧子は家族のようなものだと思う。

「ずっと一緒にいて霧子を選ばないなんて、俺からしたら信じられない」
「ついこのあいだまで意識してなかったくせにずいぶんな変わり様じゃないか」
「いいんだよ気が付けたんだから」

 義人は笑って手にした石を川に放り投げた。
 石は水面に着水すると、すぐに水底の石にぶつかった。
 やっぱり飛びこんでいたら大惨事だった。

「応援、してくれるか?」

 義人は急に不安そうな声を出す。
 恐る恐る清歌の表情を窺うその姿は、ピッチ上であれだけ活躍した男のものとは思えなかった。
 清歌はそんな義人の顔をまじまじと見つめる。
 こんなに自信なさげな義人を見たことがなかった。
 普段の豪快な性格は鳴りを潜め、妙にしおらしく見えるのは気のせいだろうか?

「いつもの自信はどこに行ったんだよ」
「こういうのは苦手なんだよ」

 思いもよらぬ義人の言葉に、清歌は思わず笑みを浮かべる。
 可愛らしい一面もあるものだと、新たな発見に喜びが隠しきれない。
 
「……応援するさ」
「本当か!」

 気づけば声に出ていた。
 清歌の言葉を聞いて緊張が解けたのか、義人は大きくため息をついて満面の笑みを浮かべる。
 どこかホッとしたような様子の義人を見て、清歌は心の奥底で妙な胸騒ぎを覚えた。
 不思議な感覚だった。
 なんとなく霧子がとられたような気がして、だけれど別に自分は霧子のなにかではない。
 彼女の隣を独占できる立場ではないのだ。

「嘘なんかつかないよ」

 清歌は笑顔を作って義人に見せつけ、背中を向けた。
 いま自分はちゃんと笑えているだろうか?

「もう帰るのか?」
「うん。このままだと熱中症になりそうだしね」

 嘘ではない。
 八月の暑さを甘く見ていると、本当にぶっ倒れてしまうのだ。

「そうれもそうだな。じゃあな清歌。俺もお前と綾音さんのこと応援してる」
「ありがとう!」

 清歌は胸の奥の違和感を隠しながら手を振って帰路につく。
 そろそろ日も沈みそうだ。
 不思議と足早に家のある方角に向かって突き進む。
 なぜだか無性に誰かに会いたくなった。
 なぜだろう?
 寂しくなった……とは少し違った感覚だった。
 人肌が恋しい?
 いや違う。
 言い知れぬ不安感に包まれる。

「そっか、僕は霧子がとられると思って怖いのか」

 黙々と歩き続ける中で、清歌が得た答えはこれだった。
 自分の霧子に対する恋愛感情とはまた違った気持ち。
 長年一緒にいたが故の妙な気持だった。
 何かを失う時になって初めて、そのものの大切さに気付くとはよく言うけれど、まさにそれだ。
 自分にとっての霧子は大切な存在なのだと分かってしまった。
 恋心なのかと問われればなんともいえない。
 確かなのは、自分が好きなのは綾音さんただ一人なのだ。

「清歌……こんなところで何してんの?」

 ふと声がするほうを振り返ると、そこには霧子が立っていた。
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