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第二十四話 練習試合
しおりを挟むついに真夏の合同練習試合の日がやってきた。
清歌と霧子は試合会場で義人と一緒になり、柊部長が用意した特等席で試合の開始を待っていた。
「しっかし暑いな」
義人が額の汗を拭う。
真夏の練習試合など正気ではないと思えたが、目の前でウォーミングアップしている部員たちを見ているとそんな気持ちも消え失せた。
彼らの中に暑さに対して文句を言っている者はいなかった。
全員が、レギュラーやサブ関係なく真面目に声をあげて試合に向けて調整をしていた。
「すごいな……」
清歌は素直な感想を漏らした。
今まで運動部に所属したことがなかった清歌は、自分と同世代の人たちの本気の目を見たことがあまりなかったのだ。
もちろん怪我をする前の義人は真剣そのものだったが、当時の清歌からすればそれは真剣さよりも才能が勝っているように映った。
いま考えれば失礼な話だ。
観測する側の気持ちひとつで見方は歪んでいくのだから。
「もうちょっとで始まるわね」
霧子はそう言って立ち上がる。
霧子はこういう練習試合の時はマネージャーをしたりしている。
手で顔を扇ぎながら、監督のもとに向かっていった。
気づけば義人がそんな彼女のうしろすがたを目で追っていた。
「どういう心境の変化なんだい?」
二人だけになったタイミングで清歌はたずねてみた。
ここ最近ずっと思っていたこと。
怪我で満足にプレーできなくなった義人は、意図的にサッカーから離れた生活を送っていたはずだ。
それなのに公園で一人、練習をしてみたり今日のような練習試合に参加こそしないものの、こうして誘われれば足を運ぶようになっている。
少し前なら考えられないことだった。
この夏の、脳内を占有したランキングの上位に入る事柄だ。
「うーん。やっぱり言わなきゃダメか?」
めずらしく義人が言い淀む。
あの豪快でまっすぐな義人はどこにいった?
「ダメだね。こんな灼熱のグラウンドに巻き込んだんだ。せめて理由ぐらい聞いたってバチはあたらないだろ?」
そうだよね神様?
清歌は頭の中でお祈り地蔵の姿を思い出す。
お祈り地蔵が喋るところを見てからというもの、神様を思い描くときには必ずお祈り地蔵が浮かぶようになってしまった。
「巻き込んだって……巻き込んだのは霧子だろう?」
「でも義人は違うよね? 前だったら断ってたじゃないか。そこのところの理由を聞きたいんだよ」
「なんでそこまで……」
「いいじゃないか。義人が変化したように、僕だっていろいろ心境の変化ってものがあるんだよ」
実際ここ数週間でもっとも変化が大きいのは清歌だろう。
まさかの想い人が元神様で、鎖に縛られてて動けず、おまけにその犯人がお祈り地蔵(神様)という事態だ。
心境の変化が起きないほうがどうかしている。
「俺はお前の心境の変化が気になるけどな」
「じゃあ義人が話してくれたら僕も話すよ」
「ずるいなー」
「等価交換さ」
清歌たちは同時に笑い出した。
腹の探り合いなんて、似合わない二人。
それもまったく別の理由で似合わない二人だ。
「分かったまいった。俺から話す。笑うなよ」
「笑わないよ」
なんで笑うと思うのだろうか?
そんな面白い理由でサッカーに向き合う気になったのか?
「俺さ、霧子が好きなんだよね」
「……マジ?」
清歌は衝撃を受けた。
不思議な感覚だった。
霧子はずっと一緒にいた幼馴染みで、恋心なんて一切抱いたことはなかった。
しかしいざこうして友人に恋愛対象だと聞かされると、言い知れない気持ちに襲われる。
なんだろうこの違和感。
「そっか……でもそれとサッカーになんの関係があるのさ? 霧子が試合の時だけマネージャーをするから?」
「いや違う。原因はお前だよ清歌。霧子がいつも一緒にいるのは清歌、お前だ。お前にあって俺にないものを考えたのさ」
「僕にあって義人にないもの? 謙虚さとか?」
「ぶっ飛ばすぞ?」
「冗談だって。それで?」
清歌は笑って否定する。
義人も当然本気じゃない。
清歌にあって義人にないものなど中々思いつかない。
おそらくクラスメイトに聞いても同じ答えが返ってくるだろう。
それぐらい世間的には義人のほうが優れているように思えたし、清歌も実際そう思っていた。
「人間性的な部分はどうしようもないとして、考えた結果分かったのはたった一つだった。それは何か一つに向かって一生懸命であるかどうかだった。夢中でいられるかどうかだった」
義人の回答は清歌を混乱させた。
あまり予想外な答えだった。
しかも清歌が何に一生懸命なのか分からない。
自分で自分が何に夢中なのか分からないのだ。
「僕の夢中なものってなに?」
「窓際のお姉さん」
「女の尻を追っかけてるってこと!?」
「それだってバカにしちゃいけない感情だろ? ちゃんと真っすぐ彼女しか見ていないじゃないか。その熱意が俺にはなかったんだよ」
清歌は自分が周りからどう思われているかあまり気にしないタイプだ。
だからこそ気づけなかった。
考えてみれば異常なことだ。
言葉も交わしたことがない相手を三年以上ずっと一途に思い続けた。
クラスの女子に目移りすることもない。
思春期の男子あるまじき状態だった。
こうして指摘されれば分かる。
確かにこれは”夢中”だ。
「それでサッカー?」
「そうだ。お前に負けないために、俺は俺が夢中になれるものを探してた。でもダメだった。やっぱり俺を夢中にできるのはサッカーだけだった」
半分は女のため。
一瞬そんな言葉が頭をよぎったが、清歌はすぐに心の中で首を横に振った。
義人の霧子を思う気持ちと、サッカーに打ち込みたい気持ちは両立する。
最初の気持ちが霧子への思いだっただけで、そこからのサッカーへの情熱は本物だった。
「今度はお前の番だぞ清歌。ここまできて隠し事はなしだ」
義人はすっきりした顔をしていた。
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