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第十四章 告白
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俺と天音はお互いの手をしっかりと握りしめながら歩き出す。
向かうは俺の家の俺の部屋。
あの演奏会で音楽を無くしたのが三か月前の四月。
あの頃はまだ桜が舞っていたのに、今では見る影もない。
舞い散る桜の花弁の代わりに、初夏の容赦ない日差しが照りつける。
夕方になってもその勢いは止まらない。
そんな中俺たち二人は帰路につく。
何もかもから解放されたような気持ちだ。
暑い日差しもスポットライトだと思えば苦じゃない。
生憎とスポットライトには慣れているんだ。
「あんまり走るなって!」
「良いじゃない」
俺の制止は意味をなさず、いまの彼女を抑えることができる者はこの世に一人としていやしない。
この三ヶ月間、俺もだけれど天音がここまで無邪気に笑っていたことなんてなかったな……。
いつもどこか張り詰めたような顔で笑っていた気がする。
俺を気遣ったような、そんな笑い方。
どこかぎこちない笑顔だった。
「ただいま!」
俺と天音は一斉にドアを開けて俺の家に入る。
中から返事はない。
たぶん母さんは俺たちの退院のため、書類やら支払いやらで病院にいるのだろう。
「誰もいないね」
「そうだな」
天音はそう言って靴を脱ぐ。
靴を脱いで俺を急かし、部屋に連れ込む。
階段をドタバタと響かせながら登り切り、俺の部屋に躊躇なく突入した。
「遠慮なしだな」
「いまさら遠慮することなんてある?」
振り返った天音は心から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべたまま俺に近づいてくる。
その雰囲気に、天音の綺麗な表情に見惚れて、俺はその場で硬直するしかなかった。
徐々に伸ばされた天音の両腕は、俺の体を優しく包み込む。
彼女の両手は俺の背後で結ばれ、ギュッと俺を締め付けた。
どこにも逃がす気はないと言わんばかりに、顔を俺の胸に押しつける。
部屋に充満する初夏の匂いに、まだ枯れない桜の香りが入り込む。
「天音?」
「……やっとだ。やっとだよ真希人」
天音はただそう言った。
意味のほどは俺でもわかる。
彼女はずっと望んでいたのだ。
俺がクラスに溶け込むことを。
俺が周囲の人間の輪に入ろうとすることを。
そして周囲の俺への評価が覆ることを。
鼻持ちならない天才ピアニストとしてではなく、ちゃんと周りからその努力を認められた天才ピアニスト、菅原真希人として存在して欲しい。
それが早坂天音の願い。
物心ついた時からの願いだったのだ。
「やっとだな……やっと俺は人間っぽく生きていけるんだ」
俺の独り言に、天音は無言で首を縦に振り肯定する。
全ては天音をはじめとした周囲の人間のおかげ。
周りの援助がなければ、俺はただのピアノを弾き続けるマシーンと化していたに違いない。
そりゃ世界も死神をけしかけてくるわけだ。
人間の在り方とはほど遠いから。
だけどもう違う。
俺のちょっとの努力と周りの理解。
それだけで俺は人間として生きていける。
「天音、本当にありがとう。心から感謝してる」
俺も天音の背中に腕を回す。
彼女の香りと夏の匂いが、同時に押し寄せる。
幸せとはこの時間のことを言うのだろうと、柄にもなくそんな感想を抱いた。
「俺は君が好き。いつも俺を気にかけてくれる君が好き。いつも俺を支えてくれた君が好き。いつも笑ってくれる君が好き。だから俺は死なない。天音も死なす気はない。死神にも世界にも渡さない」
俺は力強く彼女を抱きしめたまま宣言する。
彼女の体がピクリとして、俺の背中に指を這わす。
体を震わせた彼女は、俺の胸に押しつけていた顔を離すと、今度は俺の耳元に近づける。
「それってプロポーズのつもりかな?」
横目で彼女の顔をちらりと見ると、赤く色を変えた頬が目に入る。
囁かれた声は冗談っぽくもありつつ、本気の雰囲気もまじっていた。
「どうかな? 受け止め方次第じゃないかな?」
俺は照れ隠しではぐらかす。
「ええ~なんかズルいな~」
天音は甘えた声を発する。
押しつけられた彼女の体温が心地いい……。
「そうかな? でも”愛してる”という気持ちは本物だから」
俺は万感の思いを込めて、告白する。
好きだなんて生ぬるいことは言わない。
好きなのは当たり前。
わざわざ口に出して言うことではない。
そんなことは彼女にだって伝わっている。
「私も同じ。ずっと真希人を見てきた。そしてこれからも一番近くで、君という演奏を聴く。一番の特等席で君を堪能する」
天音は俺の指先をそっと触る。
体が反応する。
ずっとピアノを弾いてきた指。
ずっと世界に届けていた旋律。
ここ三ヶ月まったく働かなくなった指。
天音はそんな俺の指を愛おしそうに撫でた。
「くすぐったいんだけど?」
「満更でもないくせに」
「バレたか」
「当たり前でしょう? 一体何年一緒にいると思っているの?」
俺たちは笑い出す。
この幸せな空間を、俺は一生忘れないだろう。
さんざん笑いあった後、彼女は再び顔を近づける。
「真希人」
「うん?」
返事は塞がれた。
天音は笑いながらキスをした。
突然訪れた感触に驚きつつも、俺はもう一度力強く彼女の体を引き寄せる。
もう二度と離さないように。
死神なんかにならないように……。
世界に奪われないように、しっかりと彼女の体を抱き寄せた。
向かうは俺の家の俺の部屋。
あの演奏会で音楽を無くしたのが三か月前の四月。
あの頃はまだ桜が舞っていたのに、今では見る影もない。
舞い散る桜の花弁の代わりに、初夏の容赦ない日差しが照りつける。
夕方になってもその勢いは止まらない。
そんな中俺たち二人は帰路につく。
何もかもから解放されたような気持ちだ。
暑い日差しもスポットライトだと思えば苦じゃない。
生憎とスポットライトには慣れているんだ。
「あんまり走るなって!」
「良いじゃない」
俺の制止は意味をなさず、いまの彼女を抑えることができる者はこの世に一人としていやしない。
この三ヶ月間、俺もだけれど天音がここまで無邪気に笑っていたことなんてなかったな……。
いつもどこか張り詰めたような顔で笑っていた気がする。
俺を気遣ったような、そんな笑い方。
どこかぎこちない笑顔だった。
「ただいま!」
俺と天音は一斉にドアを開けて俺の家に入る。
中から返事はない。
たぶん母さんは俺たちの退院のため、書類やら支払いやらで病院にいるのだろう。
「誰もいないね」
「そうだな」
天音はそう言って靴を脱ぐ。
靴を脱いで俺を急かし、部屋に連れ込む。
階段をドタバタと響かせながら登り切り、俺の部屋に躊躇なく突入した。
「遠慮なしだな」
「いまさら遠慮することなんてある?」
振り返った天音は心から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべたまま俺に近づいてくる。
その雰囲気に、天音の綺麗な表情に見惚れて、俺はその場で硬直するしかなかった。
徐々に伸ばされた天音の両腕は、俺の体を優しく包み込む。
彼女の両手は俺の背後で結ばれ、ギュッと俺を締め付けた。
どこにも逃がす気はないと言わんばかりに、顔を俺の胸に押しつける。
部屋に充満する初夏の匂いに、まだ枯れない桜の香りが入り込む。
「天音?」
「……やっとだ。やっとだよ真希人」
天音はただそう言った。
意味のほどは俺でもわかる。
彼女はずっと望んでいたのだ。
俺がクラスに溶け込むことを。
俺が周囲の人間の輪に入ろうとすることを。
そして周囲の俺への評価が覆ることを。
鼻持ちならない天才ピアニストとしてではなく、ちゃんと周りからその努力を認められた天才ピアニスト、菅原真希人として存在して欲しい。
それが早坂天音の願い。
物心ついた時からの願いだったのだ。
「やっとだな……やっと俺は人間っぽく生きていけるんだ」
俺の独り言に、天音は無言で首を縦に振り肯定する。
全ては天音をはじめとした周囲の人間のおかげ。
周りの援助がなければ、俺はただのピアノを弾き続けるマシーンと化していたに違いない。
そりゃ世界も死神をけしかけてくるわけだ。
人間の在り方とはほど遠いから。
だけどもう違う。
俺のちょっとの努力と周りの理解。
それだけで俺は人間として生きていける。
「天音、本当にありがとう。心から感謝してる」
俺も天音の背中に腕を回す。
彼女の香りと夏の匂いが、同時に押し寄せる。
幸せとはこの時間のことを言うのだろうと、柄にもなくそんな感想を抱いた。
「俺は君が好き。いつも俺を気にかけてくれる君が好き。いつも俺を支えてくれた君が好き。いつも笑ってくれる君が好き。だから俺は死なない。天音も死なす気はない。死神にも世界にも渡さない」
俺は力強く彼女を抱きしめたまま宣言する。
彼女の体がピクリとして、俺の背中に指を這わす。
体を震わせた彼女は、俺の胸に押しつけていた顔を離すと、今度は俺の耳元に近づける。
「それってプロポーズのつもりかな?」
横目で彼女の顔をちらりと見ると、赤く色を変えた頬が目に入る。
囁かれた声は冗談っぽくもありつつ、本気の雰囲気もまじっていた。
「どうかな? 受け止め方次第じゃないかな?」
俺は照れ隠しではぐらかす。
「ええ~なんかズルいな~」
天音は甘えた声を発する。
押しつけられた彼女の体温が心地いい……。
「そうかな? でも”愛してる”という気持ちは本物だから」
俺は万感の思いを込めて、告白する。
好きだなんて生ぬるいことは言わない。
好きなのは当たり前。
わざわざ口に出して言うことではない。
そんなことは彼女にだって伝わっている。
「私も同じ。ずっと真希人を見てきた。そしてこれからも一番近くで、君という演奏を聴く。一番の特等席で君を堪能する」
天音は俺の指先をそっと触る。
体が反応する。
ずっとピアノを弾いてきた指。
ずっと世界に届けていた旋律。
ここ三ヶ月まったく働かなくなった指。
天音はそんな俺の指を愛おしそうに撫でた。
「くすぐったいんだけど?」
「満更でもないくせに」
「バレたか」
「当たり前でしょう? 一体何年一緒にいると思っているの?」
俺たちは笑い出す。
この幸せな空間を、俺は一生忘れないだろう。
さんざん笑いあった後、彼女は再び顔を近づける。
「真希人」
「うん?」
返事は塞がれた。
天音は笑いながらキスをした。
突然訪れた感触に驚きつつも、俺はもう一度力強く彼女の体を引き寄せる。
もう二度と離さないように。
死神なんかにならないように……。
世界に奪われないように、しっかりと彼女の体を抱き寄せた。
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