上 下
46 / 99
第2章 領地編1~新たな出会い~

第4話 はじめチョロチョロ

しおりを挟む

「ねぇ、コックラ。フォクス領について何か知らない? 少しでも何か知ってたら教えて欲しいんだけど」
 
 私の言葉にコックラはギュッと眉間に皺を寄せた。これはコックラが真剣に考えてくれている時の表情だ。
 ドキドキと心臓が早鐘を鳴らす。こんなに緊張するのは何時ぶりだろうか。
 
「お嬢……」

 いつもよりワントーン低い声に私は頷いた。何でも来い! お米のためなら負けないから!!

「何も分からないッス」
「へっ?」
「だから、何も分からないんスよ」
「じゃあ、何で真剣な顔したのよ!」
 
 おっと、声に出てしまった。でもさぁ、分かるでしょ? この気持ち。期待値だけ上げまくって何もないんかい! ってなるよ。
 
「だって、おかしいじゃないッスカ」
「何がよ」
「あいだに山脈はあるけど、隣の領地ッスよ? 分かるのはその米? とかいう馬のエサが取れるってことぐらいなんておかしいッス」
 
 それは私も思ってた。だから、今日行くのをやめた。単に地形的な問題で鎖国状態なだけかもしれない。けれど、何もないとは限らない。
 
「行くの、止めといたいいんじゃないッスカ?」
「行くよ」
「でも……」
「大丈夫。身体強化で大概のことは乗り越えられるから。念のため通信玉も持ってくよ」
 
 通信玉、それは一方的にSOSを出す魔道具だ。玉と名前がついているだけあって球体で大きな飴玉サイズ。小さなつまみを引くか、球体が壊れるとGPSのような位置信号を元々指定してあった人物の脳内に飛ばしてくれる。
 めちゃくちゃ便利だが、目玉が飛び出るほど高い。4人家族なら、豪遊しなければその金額で3年は暮らせるだろう。
 だが、いざという時に音もなく居場所を教えられるので貴族の護身用として人気のある商品なのだ。
 
「まぁ、何もないとは思うけどね」
「確かに普通の人間ならお嬢にボコボコにされるッスね」
「いや、しないから」
「えっ、いざとなったらする人間だと思ってたんスけど」
 
 うーん、確かにいざとなったらやる…………な。200%やるわ。身体強化したうえで再起不能にする。

「確かに、やるわ」
っちゃまずいッス。半分で頼むッス」

 半分って、まさか……。

「そんなことするわけないでしょ! 両足の骨をくっつきやすいようにすっぱり折って、動けなくするくらいしかしないわよ」
「うわっ! 鬼畜ッスね。流石ッス」

 あっ。これどうやっても私が悪くなるパターンだ。よし、一時撤退だ。まだ吸水時間はたっぷりある。一先ず聞き込みじゃー!!


 そう気合いを入れて聞き込みをしたのだが、誰もフォクス領がどんなところなのかは知らない。分かったのは、フォクス領までの道のりに相当な数の魔物がいるらしいってこと。
 つまり、フォクス領に近付けないのは山を越え、谷を越え、河も越え、魔物も越えなくてはならないと。

 そりゃ情報も入ってこない。納得した。情報が入ってこないってことに関しては。
 じゃあ、何でお米は売られてくるの? 近付けないほど魔物が多かったら、フォクス領の人たちは出てこれないはずだよね。

 こればっかりは自分で見て解決するしかないか。情報はほぼなかったけど、それが情報になったなぁ。


 そろそろ吸水時間が終わるので調理場まで走って戻る。時は金なり。時間は有限なんだからチャキチャキ動かないとね。

「ただいまー」
「おかえりッス。何か分かったッスカ?」
「うーん。フォクス領に行くには山を越え、谷を越え、河も越えるだけじゃくて、魔物も越えて行かなきゃならないことが分かった」
「うへぇ。地獄じゃないッスカ。でも諦めないんスね」
「諦める理由がないからね」
「普通は諦める理由しかないんスけどね」

 呆れたような口調には、笑顔を返しておく。その話よりも、今からはお鍋でごはんを炊くことが最重要課題なのだから。

 お鍋の中に、水につけておいた玄米、塩、お水を入れる。そして、コンロに火をつけた。
 使われる燃料はガスではなく魔石だけど要領は前世と一緒なので本当に助かる。乙女ゲームの世界様々だ。

「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋とるな」

 前世でおばあから教えてもらったフレーズを口ずさみながら地図を広げる。私にできることは時々時間を確認するだけだ。死んでも蓋を取ってはいけないのだから。

「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋取るな」

 懐かしくて何度も口ずさみながらフォクス領へのルートを確認する。
 それにしても、どうやったら魔物が多い地域の地図が作れたんだろ。昔は魔物が少なかったとか?

 首を傾げたところで何かがわかる訳もない。その疑問は頭のすみに追いやって、私は最短ルートに赤い線を引いた。ルートはスタートとゴールを一直線で結んだだけのもの。

 そう。身体強化を屈指して最短距離を突き進むつもりなのだ。それなのに何故地図が必要なのかというと雰囲気を掴むためだ。この地図ではフォクス領につくまでに山が4つに谷と河が2つずつある。それを頭に入れておけば、どこまで進んだのか分かりやすいからね。

 おっ、そろそろ中火にしないと。

「はじめチョロチョロ、なか中火っと」

 つまみを回して火加減を調整し、もう一度椅子に座る。まだまだ炊けるのには時間がかかる。

「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋取るな」
「お嬢、その変な呪文なんスカ?」
「ごはんを美味しく炊く方法」
「なんスカ、それ」
「だから、ごはんを美味しく炊くことができる方法だよ。炊けたらコックラにもわけてあげるね」

 いまいち納得していない様子ではあるものの、コックラは黙った。まぁ、食べたことないのだから仕方がない。食べたら病みつきになるはずだ。
 そして、このフレーズを覚えてしまうと私は確信している。

 もしかしたら、スコルピウス領で流行はやるかもしれないなぁ。

 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

処理中です...