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第2章 領地編1~新たな出会い~
第4話 はじめチョロチョロ
しおりを挟む「ねぇ、コックラ。フォクス領について何か知らない? 少しでも何か知ってたら教えて欲しいんだけど」
私の言葉にコックラはギュッと眉間に皺を寄せた。これはコックラが真剣に考えてくれている時の表情だ。
ドキドキと心臓が早鐘を鳴らす。こんなに緊張するのは何時ぶりだろうか。
「お嬢……」
いつもよりワントーン低い声に私は頷いた。何でも来い! お米のためなら負けないから!!
「何も分からないッス」
「へっ?」
「だから、何も分からないんスよ」
「じゃあ、何で真剣な顔したのよ!」
おっと、声に出てしまった。でもさぁ、分かるでしょ? この気持ち。期待値だけ上げまくって何もないんかい! ってなるよ。
「だって、おかしいじゃないッスカ」
「何がよ」
「あいだに山脈はあるけど、隣の領地ッスよ? 分かるのはその米? とかいう馬のエサが取れるってことぐらいなんておかしいッス」
それは私も思ってた。だから、今日行くのをやめた。単に地形的な問題で鎖国状態なだけかもしれない。けれど、何もないとは限らない。
「行くの、止めといたいいんじゃないッスカ?」
「行くよ」
「でも……」
「大丈夫。身体強化で大概のことは乗り越えられるから。念のため通信玉も持ってくよ」
通信玉、それは一方的にSOSを出す魔道具だ。玉と名前がついているだけあって球体で大きな飴玉サイズ。小さなつまみを引くか、球体が壊れるとGPSのような位置信号を元々指定してあった人物の脳内に飛ばしてくれる。
めちゃくちゃ便利だが、目玉が飛び出るほど高い。4人家族なら、豪遊しなければその金額で3年は暮らせるだろう。
だが、いざという時に音もなく居場所を教えられるので貴族の護身用として人気のある商品なのだ。
「まぁ、何もないとは思うけどね」
「確かに普通の人間ならお嬢にボコボコにされるッスね」
「いや、しないから」
「えっ、いざとなったらする人間だと思ってたんスけど」
うーん、確かにいざとなったらやる…………な。200%やるわ。身体強化したうえで再起不能にする。
「確かに、やるわ」
「殺っちゃまずいッス。半分で頼むッス」
半分って、まさか……。
「そんなことするわけないでしょ! 両足の骨をくっつきやすいようにすっぱり折って、動けなくするくらいしかしないわよ」
「うわっ! 鬼畜ッスね。流石ッス」
あっ。これどうやっても私が悪くなるパターンだ。よし、一時撤退だ。まだ吸水時間はたっぷりある。一先ず聞き込みじゃー!!
そう気合いを入れて聞き込みをしたのだが、誰もフォクス領がどんなところなのかは知らない。分かったのは、フォクス領までの道のりに相当な数の魔物がいるらしいってこと。
つまり、フォクス領に近付けないのは山を越え、谷を越え、河も越え、魔物も越えなくてはならないと。
そりゃ情報も入ってこない。納得した。情報が入ってこないってことに関しては。
じゃあ、何でお米は売られてくるの? 近付けないほど魔物が多かったら、フォクス領の人たちは出てこれないはずだよね。
こればっかりは自分で見て解決するしかないか。情報はほぼなかったけど、それが情報になったなぁ。
そろそろ吸水時間が終わるので調理場まで走って戻る。時は金なり。時間は有限なんだからチャキチャキ動かないとね。
「ただいまー」
「おかえりッス。何か分かったッスカ?」
「うーん。フォクス領に行くには山を越え、谷を越え、河も越えるだけじゃくて、魔物も越えて行かなきゃならないことが分かった」
「うへぇ。地獄じゃないッスカ。でも諦めないんスね」
「諦める理由がないからね」
「普通は諦める理由しかないんスけどね」
呆れたような口調には、笑顔を返しておく。その話よりも、今からはお鍋でごはんを炊くことが最重要課題なのだから。
お鍋の中に、水につけておいた玄米、塩、お水を入れる。そして、コンロに火をつけた。
使われる燃料はガスではなく魔石だけど要領は前世と一緒なので本当に助かる。乙女ゲームの世界様々だ。
「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋とるな」
前世でおばあから教えてもらったフレーズを口ずさみながら地図を広げる。私にできることは時々時間を確認するだけだ。死んでも蓋を取ってはいけないのだから。
「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋取るな」
懐かしくて何度も口ずさみながらフォクス領へのルートを確認する。
それにしても、どうやったら魔物が多い地域の地図が作れたんだろ。昔は魔物が少なかったとか?
首を傾げたところで何かがわかる訳もない。その疑問は頭のすみに追いやって、私は最短ルートに赤い線を引いた。ルートはスタートとゴールを一直線で結んだだけのもの。
そう。身体強化を屈指して最短距離を突き進むつもりなのだ。それなのに何故地図が必要なのかというと雰囲気を掴むためだ。この地図ではフォクス領につくまでに山が4つに谷と河が2つずつある。それを頭に入れておけば、どこまで進んだのか分かりやすいからね。
おっ、そろそろ中火にしないと。
「はじめチョロチョロ、なか中火っと」
つまみを回して火加減を調整し、もう一度椅子に座る。まだまだ炊けるのには時間がかかる。
「はじめチョロチョロ、なか中火。たとえ死んでも蓋取るな」
「お嬢、その変な呪文なんスカ?」
「ごはんを美味しく炊く方法」
「なんスカ、それ」
「だから、ごはんを美味しく炊くことができる方法だよ。炊けたらコックラにもわけてあげるね」
いまいち納得していない様子ではあるものの、コックラは黙った。まぁ、食べたことないのだから仕方がない。食べたら病みつきになるはずだ。
そして、このフレーズを覚えてしまうと私は確信している。
もしかしたら、スコルピウス領で流行るかもしれないなぁ。
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