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第1章 王都編
第29話 あまい条件 レオナルドside3
しおりを挟む魔道具がアリアの魔力に耐えられなくなったのだ。
怒らせてしまった。自分の気持ちを優先し過ぎた結果だ。自業自得だけど、アリアを見ることができなくて、視線は壊れたら金細工の魔道具へと向ける。
そこからは必死だった。どうにか表情を取り繕ったのは覚えているが、自分が何を話したのかはあいまいだ。
チラリとアリアを見れば、どことなく顔色が悪い。それもそうだろう。アリアの魔力を無断で封じたのだから。嫌悪感を持たれてもおかしくはない。
顔が歪みそうなのを必死に堪えて笑みを作る。
「僕が怖い?」
自棄だった。もし、怖がらせたのならこれから一緒に過ごすのは可哀想だ。だから、その時は──。
「……怖くはないですけど」
「けど、何かな?」
声が震えなかっただろうか。期待と不安でおかしくなりそうだ。
「面倒くさい。…………ぁ」
めんどうくさい? ……えっ!? 今、面倒くさいって言った?
上手く混乱を押さえ込めず、呆然とアリアを見詰めていれば、追い討ちをかけてきた。本人はフォローしたかったのだろうけど。
「あの、大丈夫ですか? 事実とはいえ、失礼なことをすみません」
「事実……」
衝撃だった。まさか、僕が他人から面倒くさいなんて言われるとは。良くも悪くも王族の僕にそんなことを言える人なんていなかったのに……。
「はは……、あははははははは!!」
そっかぁ。僕って面倒くさいのか。確かに、リカルドのことを理由付けて動かなかったり、自分は何でもできると思っていたり、面倒くさいタイプなのかもしれない。
思わぬ発見だ。良い意味で言われたわけではないのに、すごく気分が良かった。
「僕、アリアのこと気に入っちゃったよ」
「はい!?」
きっと、気に入られる要素なんてないと思っているんだろう。そんなところもおかしくて笑いが止まらない。
「絶対にアリアにお嫁に来てもらうからね」
「お断りします」
振られてしまったか。でもね、まだ時間はたっぷりあるから。
「とりあえず、今は温室に一緒に行ってくれる?」
「うぐぅ……」
小首を傾げて言えば、アリアは呻き声をあげた後、了承してくれた。うん、これからはこういう感じで行こうかな。でも、これじゃあ恋愛対象にはなれないか。
悩みながらも温室につき、アリアとオレアリアを見る。いくらアプローチしても空振りで手応えがない。これは、よくメイド達がこそこそと話していた恋愛対象外ってやつだろうか。
がっかりした自分に笑ってしまう。そうか、僕はアリアが好きなのか。
アリアとの時間を名残惜しく思いながらも、秋の庭園へと戻る。
あと少しで庭園に着くところで、今日の一番のメインであるリカルドの話をした。ここで頼むのが一番成功するから、わざと庭園のすぐそばで頭を下げた。
自分の卑怯さと、リカルドと話をするアリアを想像して息が詰まる感覚がしたけれど、それには気が付かないふりをする。
最初は断られたけれど、結局アリアは了承してくれた。
「一度だけ、お話をしてみます。てすが、期待はしないでくださいね。それと、私に親しげに話しかけてこないことが条件です」
親しげに話しかけないこと、なんて甘い条件なのだろう。親しげでなければ、話しかけようがアプローチをしようが自由なのだから。
そして、事件は起きた。リカルドは評判を落とし、魔力暴走を起こす第2王子と噂されるだろう。最悪の形でお茶会が終わる、そう覚悟した。
だが、それはアリアによって救われた。
「リカルド! 落ち着いてちょうだい!!」
強い風が吹き荒れ、リカルドを中心に物が飛び交っている。
母上は懸命にリカルドに呼び掛け、危険を承知で突風の渦の中へ飛び込もうとしていた。だけど、僕はどうして良いのか分からず、ただただ状況を見つめることしかできなかった。
そんななか、アリアは何かを叫ぶと吹き荒れる渦の中心へと向かっていってしまった。
中で何が起きているのかは分からない。声は聞こえないし、風が強くて目を開けているのもやっとだ。
アリアが渦の中に入っていってどれくらい経ったのだろう。ほんの少ししか経っていないかもしれないが、随分と長いように感じた。
「リカルド……」
そう呟いた時、風は弱まりリカルドがふっ飛んでいた。真横に。
どうやったら、人があんなに真横に飛べるのか……。現実逃避をしかけたが、すぐに我に返りリカルドとリカルドを追いかけた母上の元へと行く。
怪我は頬だけのようで一安心だが、腫れて痛そうだ。もしかしたら、口のなかを切っているかもしれない。
僕はリカルドの無事を喜びながらも、お茶会を立て直さなければ……と周囲を見渡した。すると、アリアがこちらへとやって来た。
「あの!」
緊張したような声に、母上が素早く立ち上がりアリアへと深々と頭を下げた。
「リカルドの暴走を止めてくれたこと、感謝致します。ありがとうございました」
そう。まずやらなければならないことは、アリアへの礼だ。もちろん本気で感謝もしているけれど、王家とスコルピウス公爵家が変わらずに仲が良いことを示さなければならない。
渦から出てきたリカルドは頬に怪我をしていて、その怪我は小さな手形だったから。
アリアは恐縮しきっているが、怪我人が出るかもしれなかったのだ。リカルドも大した怪我をしたわけでもない。アリアの行動は正しかった。
それでもリカルドの頬の怪我を気にしてくれるアリアは優しい。王家に恩を売り付けることだってできたのに。
「リカルド様、申し訳ありませんでした」
アリアはリカルドの前にしゃがむ。そして、リカルドの左頬に手を当てると赤く腫れていた頬は元の白くて柔らかそうな頬に戻った。
「無詠唱!?」
思わず出てしまった声。斜め上を見上げれば、ほとんど表情の変わらない母上も驚きで目を見開いている。
それなのにアリアは大したことない、という表情でこちらを向いた。
「リカルド様と二人きりで話がしたいのですが、いいでしょうか?」
その言葉にチクリと胸が痛んだが、これは僕が望んだこと。それなのに──。
「えっ、オレ嫌だ!」
リカルドは拒否をした。それなら僕も一緒に行っても良いのではないだろうか。
「だったら、僕も……」
「約束、お忘れですか?」
一緒に行く、と言いたかったが最後までは言わせてもらえなかった。しかも、分かってるよね? と言わんばかりの笑みを浮かべて。
完敗だった。僕の予想をアリアは越えてくる。こんなことはじめてだ。顔は引きつったが、これから先のことを考えればワクワクが止まらない。
この後、アリアはピスケス嬢に謝罪をさせた。脅していた気もするが、やられたことを思えば良心的だろう。僕ならピスケス家に直談判し、社交界で子どもの教育もきちんとできない家だと噂を流しただろう。
「すみません。5分過ぎちゃいましたね。お待たせしました」
そう言って、リカルドと行ってしまったアリア。強くてなんて美しいのだろう。それに比べて僕は小細工ばかりで正しくない。
しかも、自分が望んだにも関わらずリカルドに嫉妬をしている。最悪だ。
そう、僕は最悪だ。それでも──。
一度、瞳をきつく閉じる。そして、大きく行きを吐き出して気持ちを切り替える。さぁ、僕は僕にできることを。
この場を鎮めるために母上と共に動き出した。
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