上 下
45 / 50

44話 ドゴン

しおりを挟む

「恋々は、ここで待っていて」
「花様!? えっ? 待ってて? 私も一緒に……。って、それもですが!! 花様の目がっ!!」

 恋々がものすごく慌てている。
 目とは、何のことだろう。特に違和感はないけれど、充血でもしているのだろうか。

「目は大丈夫。何ともないから。恋々はここにいてね」

 とにかく今は急いでいる。恋々には悪いけど、話を聞いている時間も惜しい。

「ちょっと行ってくるから」
「え!? 行ってくる? ちょっと待っ──」

 これ以上、恋々を危険に去らす気も、制止を聞く気もない。白樹が押されているのなら、なおのこと。
 
『木々よ。恋々の足止め、よろしくね』
『本当に良いのか?』
『もちろんよ』
 
 木々は恋々に絡み付く。凶暴化した獣と違って、人間が木々を引きちぎるのは無理だろう。
 
「恋々、ごめんね」
「花様っ!!!!」
 
 恋々は大きな目を見開き、叫んだ。
 上手くいくかは分からない。それでも、見えているんだ。動かなければ、後悔する。

 
『空よ、聞こえる? 私の名は真理花。あなたの力を貸してちょうだい』
『空とは、大きく出たな。おもしろい小娘だ。いいだろう。任せてくれ・・・・・
 
 耳を塞ぎたくなるほどの大きな声が、直接、脳に響いてくる。そして、遠くから低い地響きのような音がする。金木犀の香りが濃い。

「えっ!?」

 まだ、何も願っていない。それなのに、白樹と無為の間にドゴン! ドガガガガッ!! と雷が落ちた。
 それぞれが後ろに大きく飛び退き、地面に大きな亀裂が入った。

『木々。お前らも協力しろ』
『空に逆らうと、あとが面倒だ。仕方がない。真理花、ちょいと失礼する』

 一体、どうなってるの? その疑問を口に出す前に、足元から伸びてきた木に乗せられて、私は運ばれている。

 私の考えていた即席の作戦。それとは、全く違う動きに、翻弄ほんろうされてしまう。
 空の力を借りて、無為の上だけに豪雨を降らせて気をそらせる。その隙をついて、突っ込んで行って二人を止める予定だったのに。
 それなのに、今は無為が目の前にいる。何が何だか分からない。けれど、聞きたかったことは、自然と口から出た。

「無為、あなたは人の感情が生み出したの?」

 真っ黒な穢れが循環している中心、心臓へと手を伸ばせば、無為の手によって弾かれた。

「花っ!!」

 私のところへと走ってきた白樹が、守るように私を背中へと隠した。
 けれど、私は白樹の腕を押して、身を乗り出す。

 先ほどまでとは違って、私の手を弾いた無為の指が崩れたのだ。穢れが集まってきて、あっという間に指は再生したから、一瞬のことだったが。

「覚醒したんだ……」
「覚醒?」

 ぼそりと呟いた無為の言葉。何のことだか分からない。久々の中二病ワードに、私の頭にはクエスチョンマークが飛び交っている。
 その疑問は解消されることなく、無為は白樹の後ろにいる私を見て、悲しそうに瞳を伏せた。体も大人から子どもへと戻っていく。

「覚醒しちゃったら、ぼくのところには来てくれないじゃないか……」

 それだけ言うと、もうここには用がないと言わんばかりに背を向けた。

「ぼく、帰るね」
「えっ!!??」

 なぜ!? さっきまで、戦っていたのに?
 意味が分からず唖然あぜんとしている間に、無為は飛んだ。比喩ひゆではなく、飛んだのだ。
 足元には、穢れが集まって何故か星の形になっている。

「バイバイ、花嫁。必ず手段を探して、また迎えに来るよ」
「はい!?」
「二度と来るな」

 白樹は、無為の方に刀の切っ先を向けたまま、鋭い視線を向けた。バチリと、白樹と無為の間に火花が散ったのは、錯覚ではないだろう。

「ぼくの花嫁、またねっ!!」

 無為は穢れでできた黒い星に乗り、無邪気に手を振って去っていった。あまりにも呆気ない終わりだ。

 人間で遊びに来たのか。それとも、他の目的があったのか。
 私を連れていこうとしたのは、偶々たまたまだと思いたいが、タイミングが良すぎた。私は白樹と結婚しているのに、私なら自分の花嫁にできると言っていたのも気にかかる。

 でも、とりあえず今は……。

「花様、ひどいです!!」
「そうですよ。白様も、僕たちを置いていっちゃいますし」
おさが先頭を行っちゃ、ダメだろ!!」

 私に動けなくされていた、恋々。後から白樹を追ってきた、善くんとあっくん。
 この三人に全力の謝罪をして、許しをわなくては。そう思ったのだが──。

「それにしても、花様の目は不思議ですね」
「本当に痛かったり、違和感はないんですか?」
「こんなことって、あるんだな」

 謝罪をする間もなく、話は何故か私の目へと移る。

「目は何ともないよ。あの……恋々、本当にごめんなさい」
「謝らないでください。私の実力不足です。実際、花様のお力の役に立てたとは思えませんから」

 恋々は、しょんぼりとしてしまった。慌てた私は全力で否定するが、恋々は落ち込んだままだ。
 こうなったら話題を戻すしかないと、再び目の話にする。

「ねぇ、何でみんな揃って私の目のこと言うの? そんなに充血してる?」
「気付いてないのか?」

 白樹とみんなの驚きように、そんなに? と首を傾げる。充血じゃないとしたら、ものもらいとか? でも、痛くはないんだよなぁ。

「もしかして、だめな感じ?」
「そういうのじゃない。見るのが早い……が、もう少し後になりそうだ」

 白樹は、無為が去った方の森を見る。つられて同じ方を見れば、大量の穢れが向かってきている。
 急におとなしく帰ったかと思いきや、置き土産を置いていったらしい。

 くそぅ、無為め……。



 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...