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44話 ドゴン
しおりを挟む「恋々は、ここで待っていて」
「花様!? えっ? 待ってて? 私も一緒に……。って、それもですが!! 花様の目がっ!!」
恋々がものすごく慌てている。
目とは、何のことだろう。特に違和感はないけれど、充血でもしているのだろうか。
「目は大丈夫。何ともないから。恋々はここにいてね」
とにかく今は急いでいる。恋々には悪いけど、話を聞いている時間も惜しい。
「ちょっと行ってくるから」
「え!? 行ってくる? ちょっと待っ──」
これ以上、恋々を危険に去らす気も、制止を聞く気もない。白樹が押されているのなら、なおのこと。
『木々よ。恋々の足止め、よろしくね』
『本当に良いのか?』
『もちろんよ』
木々は恋々に絡み付く。凶暴化した獣と違って、人間が木々を引きちぎるのは無理だろう。
「恋々、ごめんね」
「花様っ!!!!」
恋々は大きな目を見開き、叫んだ。
上手くいくかは分からない。それでも、見えているんだ。動かなければ、後悔する。
『空よ、聞こえる? 私の名は真理花。あなたの力を貸してちょうだい』
『空とは、大きく出たな。おもしろい小娘だ。いいだろう。任せてくれ』
耳を塞ぎたくなるほどの大きな声が、直接、脳に響いてくる。そして、遠くから低い地響きのような音がする。金木犀の香りが濃い。
「えっ!?」
まだ、何も願っていない。それなのに、白樹と無為の間にドゴン! ドガガガガッ!! と雷が落ちた。
それぞれが後ろに大きく飛び退き、地面に大きな亀裂が入った。
『木々。お前らも協力しろ』
『空に逆らうと、あとが面倒だ。仕方がない。真理花、ちょいと失礼する』
一体、どうなってるの? その疑問を口に出す前に、足元から伸びてきた木に乗せられて、私は運ばれている。
私の考えていた即席の作戦。それとは、全く違う動きに、翻弄されてしまう。
空の力を借りて、無為の上だけに豪雨を降らせて気をそらせる。その隙をついて、突っ込んで行って二人を止める予定だったのに。
それなのに、今は無為が目の前にいる。何が何だか分からない。けれど、聞きたかったことは、自然と口から出た。
「無為、あなたは人の感情が生み出したの?」
真っ黒な穢れが循環している中心、心臓へと手を伸ばせば、無為の手によって弾かれた。
「花っ!!」
私のところへと走ってきた白樹が、守るように私を背中へと隠した。
けれど、私は白樹の腕を押して、身を乗り出す。
先ほどまでとは違って、私の手を弾いた無為の指が崩れたのだ。穢れが集まってきて、あっという間に指は再生したから、一瞬のことだったが。
「覚醒したんだ……」
「覚醒?」
ぼそりと呟いた無為の言葉。何のことだか分からない。久々の中二病ワードに、私の頭にはクエスチョンマークが飛び交っている。
その疑問は解消されることなく、無為は白樹の後ろにいる私を見て、悲しそうに瞳を伏せた。体も大人から子どもへと戻っていく。
「覚醒しちゃったら、ぼくのところには来てくれないじゃないか……」
それだけ言うと、もうここには用がないと言わんばかりに背を向けた。
「ぼく、帰るね」
「えっ!!??」
なぜ!? さっきまで、戦っていたのに?
意味が分からず唖然としている間に、無為は飛んだ。比喩ではなく、飛んだのだ。
足元には、穢れが集まって何故か星の形になっている。
「バイバイ、花嫁。必ず手段を探して、また迎えに来るよ」
「はい!?」
「二度と来るな」
白樹は、無為の方に刀の切っ先を向けたまま、鋭い視線を向けた。バチリと、白樹と無為の間に火花が散ったのは、錯覚ではないだろう。
「ぼくの花嫁、またねっ!!」
無為は穢れでできた黒い星に乗り、無邪気に手を振って去っていった。あまりにも呆気ない終わりだ。
人間で遊びに来たのか。それとも、他の目的があったのか。
私を連れていこうとしたのは、偶々だと思いたいが、タイミングが良すぎた。私は白樹と結婚しているのに、私なら自分の花嫁にできると言っていたのも気にかかる。
でも、とりあえず今は……。
「花様、ひどいです!!」
「そうですよ。白様も、僕たちを置いていっちゃいますし」
「長が先頭を行っちゃ、ダメだろ!!」
私に動けなくされていた、恋々。後から白樹を追ってきた、善くんとあっくん。
この三人に全力の謝罪をして、許しを乞わなくては。そう思ったのだが──。
「それにしても、花様の目は不思議ですね」
「本当に痛かったり、違和感はないんですか?」
「こんなことって、あるんだな」
謝罪をする間もなく、話は何故か私の目へと移る。
「目は何ともないよ。あの……恋々、本当にごめんなさい」
「謝らないでください。私の実力不足です。実際、花様のお力の役に立てたとは思えませんから」
恋々は、しょんぼりとしてしまった。慌てた私は全力で否定するが、恋々は落ち込んだままだ。
こうなったら話題を戻すしかないと、再び目の話にする。
「ねぇ、何でみんな揃って私の目のこと言うの? そんなに充血してる?」
「気付いてないのか?」
白樹とみんなの驚きように、そんなに? と首を傾げる。充血じゃないとしたら、ものもらいとか? でも、痛くはないんだよなぁ。
「もしかして、だめな感じ?」
「そういうのじゃない。見るのが早い……が、もう少し後になりそうだ」
白樹は、無為が去った方の森を見る。つられて同じ方を見れば、大量の穢れが向かってきている。
急におとなしく帰ったかと思いきや、置き土産を置いていったらしい。
くそぅ、無為め……。
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