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2話 結婚した……の?

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「なにこれ……」

 ドクドクと脈打つ心臓の音が頭まで響いてくる。こんなところ知らない。
 帰りたくない、と言ってから起きた不可思議な現象。
 この先、私はどうなってしまうのだろうか。不安だけが加速していく。

 ちりーん、ちりーん……と、先程とは違う静かな風鈴の音が聞こえれば、ぼんやりと丸い光が舞い始める。
 優しい風鈴の音色と、真っ赤なおびただしい数の風車、蛍のようなやわらかな明かり。

 その中を誰かがこちらに向かって歩いてくる。

 カラン、コロン。カラン、コロン……と響く下駄の音。
 車の窓は閉まっているので、下駄の音など聞こえるはずがない。けれど、カランコロン……と可愛らしい音が私の鼓膜を揺らす。

 ゆっくりと近付いてくるそれ・・は、まるで発光しているかのように白い髪が美しく輝き、金色の瞳は肉食の獣を連想させる。こんなにも恐ろしいほどに美しい男の人を私は知らない。

 男の人は白い着物を着て、右の腰には日本刀だろうか。刀を差している。
 あまりの美しさに見とれながらも、銃刀法はどうした? と頭の片隅で冷静に突っ込んでしまう。

 あぁ、ここは死後の世界か。
 それとも夢のどちらかだ。

 腰の刀も、この世の者とは思えないほどに美しい男の人も。現実味なんかなくて、そう確信する。
 すると、先程まで胸を占めていた不安は霧が晴れるかのようにどこかへと行ってしまった。

 死後の世界なんて、怖いはずなのに。安堵したのは、それほどまでに怖かったのかもしれない。


 コンコンコン、と軽快に車のドアをノックされ、私は躊躇ためらうことなく降りた。
 目の前に立つ人は神様なのだろうか。それとも、私の夢が見せているのだろうか。

「あの……」

 隣に立ってみると、男の人は大きかった。百九十センチはあるだろうか。私も百六十センチあるので決して小さくはない。それでも見上げるほどに大きい。

「俺は白樹はくじゅ。名は?」
「あ……、えっと小野里おのざとです」

 はくじゅさんって変わったお名前だな。どんな字を書くんだろう。

「おのざと……。それは、本当の名か?」
「あ、はい。そうですよ。小野里 真理花おのざと まりかと言います」
「おのざとまりか。長い名だな」

 首を傾げながら何度もはくじゅさんは呟いたが、次第に表情は険しくなっていく。

「おのざとまりか、真名まなは何だ?」
「真名ですか?」
「自分のためだけに考えてつけられた名だ」

  私のために考えてつけられた名前? もしかして、名字を抜いて言えばいいのかな?

「真理花です」
「まりか……。どんな字を書く?」
「真ん中のに、理科の、草花のです」
「りか?」

 あれ? 理科ので伝わらない? あとは、何て言えば……。

「左側が王様の王で、右側が里です」
「こうか?」

 はくじゅさんは左手の人差し指で、宙に私の名前を書いた。その文字は、ぼんやりとした明かりしかない闇の中でキラキラと光っている。

「真理の花、良い名だ。俺の字は、こう書く」

 はくじゅさんは私の手の人差し指だけを前に出して字が書きやすいようにすると、手を握ったまた『白樹』と書いた。

「読めるか?」
「はい。白樹はくじゅってお名前、キレイな白樹さんにピッタリですね」

 白樹さんに視線を向ければ、肉食の獣を思い出させるような瞳は驚きで丸くなっている。それだけのことで、急に可愛らしく見えた。

「……あっ、すみません。失礼でしたよね」

 男の人にキレイはだめだったかもしれない。かっこいいって言うべきだったかな。

「いや、驚いただけだ」

 小さく口元に笑みを浮かべた白樹さんは艶っぽい。

 うーん。私より白樹さんの方が若そうだけど、実際はどうなんだろう。見れば見るほど人間離れしていて、人というより神様と言った方がしっくりくる。

「真理花、もう一度俺の名を呼んでくれ」
「白樹さん?」
「さんはいらない。白樹だ」

 呼び捨てをしてしまっても、良いのだろうか? でも、本人がそう言ってるのだし、断る理由もない。

「……白樹」

 名前を呼んだら、白樹さんは金の瞳を細めてとても嬉しそうに笑った。そして──。

「真理花」

 私の名を読んだ瞬間、宙で輝き続けていた私と白樹さんの名前が一つになって混ざって消えていく。


「生涯、真理花を守ると誓う」
「えっ? どういうことですか?」

 生涯、守る? 何で? だって、たった今出会ったばっかりだよね?
 もしかして、結構ヤバい人?

「花嫁を守るのは当然のことだ」
「花嫁? どこにいるんですか?」
「真理花以外いるわけがない。今、婚姻の儀をしただろ?」

 どういうこと? まったく話が噛み合わない。婚姻の儀って何? いくら夢だとしても、突拍子がなさ過ぎる。いや、夢だからこそなのか?

「俺と真理花は結婚した。それは変えることもできないし、取り消すこともできない。名が混じり合って消えたのだ。神にも認められている。その証拠にほら……」

 そう言いながら、左手を見せられる。そこには、指輪がはまっている。世にいう結婚指輪というものが。

「真理花の手にも同じのがある」
「え、嘘……」

 慌てて左手を見れば、白樹さんの瞳のような金色の指輪がはまっている。それは、どんなに引っ張っても抜けてくれない。

「生涯、外れることはない。俺と真理花の婚姻の証だ」
「婚姻って……。いくら夢だとしても、そんな勝手なことを言われたら困ります」 

  そう、困るのだ。こんなキレイな人と夢だろうが、死後だろうが結婚してしまったら、二度と恋愛などできないだろう。
 面食いではないつもりだったけど、理想を軽々と凌駕りょうがした人が相手ではどんな人でもかすんでしまう。

「夢ではない。なぜ、困る? 生涯、不便などさせない。そばにさえいてくれれば、好きに生きて良い」

 本気で言っているのだろうか。そばにさえいえくれれば……って、小説やドラマみたいだ。


 ……夢なら直に覚めるだろうし、死後の世界であれば生活する場所がなくて困ることになる。それに、好きに生きて良いと言ってくれている。
 問題は、目が覚めた時に結婚どころか彼氏も作れなくなっているだろうという弊害へいがいのみ。

 うーん。どのみち結婚をせっつかれてはいるものの、結婚をしたくないと思っていたのだから問題はないのかもしれない。
 まぁ、人生で一度くらいは結婚生活を味わってみるのも悪くないかもね。他に選択肢もないわけだし。

「分かりました。一先ずお世話になってもいいですか?」
「真理花の家だ。世話になるなどと思う必要はない」


 何だかよく分からないまま、私と白樹さんの結婚生活が始まろうとしていた。
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