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強い想い

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 おかめを受け取ってから時は流れ、およそ一年半が経った。それはメイリーンにとって、とても平和な時間だった。

 約束通りローズリンゼットから声をかけられることはなく、時折何か言いたげな視線を向けられるのみ。

 リアムスもビアンカも騎士団の訓練が忙しいため、メイリーンと休日に出掛けることはなかったが、たまにメイリーンが訓練の休憩時間に差し入れを持っていった。

 学園でのイベントのパートナーは、いつもメイリーンとリアムスで組んだ。

 クラス編成は成績順のため、クラスメイトもほとんど変わることなく、最上学年である三年生へと進級する。


「メイ、待たせたな」
「ううん。訓練お疲れ様です」

 リアムスが少しでもメイリーンと一緒にいたくて、護衛という名目で押しきるように始めた一緒に登下校することも、今や日常と化した。

「リアムス様、そろそろ本格的に婚約者を探さないとですよね」
「そうだな」
「ローズリンゼット様も約束通り見ているだけで接触もありません。そろそろ別々に登校しませんか?」

 静かにそう告げるメイリーンに、リアムスは溜め息をついた。

「俺が好きなのはメイだけだ。婚約するならメイとする」
「私とリアムス様では家格が釣り合いません」

(私じゃ、リアムスの後ろ楯になれないもの。ゲームでは上手くいったからといって、現実で上手くいく保証なんかない。私じゃダメなのよ)

 リアムスの瞳に映る恋情を直視できなくて、メイリーンは視線をそらした。

「俺のことが嫌いか?」
「……そんなことないです」

「じゃあ、何がダメなんだ?」
「私よりも、もっとリアムス様にピッタリの女性がいるはずです」

「それは、俺が決めることだ。俺がずっと一緒にいたいのはメイだけだ。分かってるんだろ? 俺が諦めないことくらい」

 あごを持ち上げられ、メイリーンはリアムスの方を向かされる。それでも、頑なに視線を合わさなかった。
 視線があったが最後、囚われて逃げられなくなる予感がしたからだ。

「メイ、こっちを見ろ」
「無理です」
「俺のこと意識してるのか? 好きじゃないなら、見れるだろ?」

(またそういうことを言う!!)

 視線を合わせれば絡み取られてしまうが、避ければ好きだと言っていることになる。
 メイリーンは、リアムスの意地の悪さに涙目になった。

「好きとか嫌いの問題じゃありません。貴族の結婚は家同士の結び付きを強めるためのもの。私に価値はありません」

 結局、リアムスを見ることはできず、メイリーンは固い声で返事をした。その目には、涙が溜まったままである。

「メイ、俺は三男だ。家は兄が継ぐ。それに、我が家の地位は磐石だ。家格の差なんて気にする必要もないんだ」

 リアムスは、包み込むようにメイリーンを抱き締めた。その力は弱く、逃げようと思えばすぐに抜け出せる。

(いっそのこと逃げ出せないように囲ってくれたら、その胸に飛び込めるのに)

 メイリーンはリアムスから逃げることも身を預けることもなく、温かい腕の中で涙を溢した。
 リアムスはメイリーンの涙を指で受け止めたあと、彼女の肩に顔を埋め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「俺はこのまま騎士として本格的に勤める。今までのように訓練や王都の見回りだけじゃなく、地方にも行かなくてはならない。寂しい思いをさせるかもしれない。貴族らしい暮らしをさせてやれないかもしれない。……それでも、俺といてくれないか?」

 リアムスの声は震えていた。それでもメイリーンは答えられなかった。代わりにポタポタと涙がこぼれ落ちる。

(ごめんなさい、リアムス。私にはあなたが好きだからと、あなたの胸に飛び込める純粋さも強さもない。今、あなたの告白に頷くわけにはいかない──)

 ゲームのリアムスルートのエンディングに彼が騎士団長にまで上り詰めるとあった。その一文が、頷いてしまいたいと願う彼女の心を踏み止まらせる。

(守られているだけの私じゃダメなのよ。変わらなきゃ……)

 メイリーンは初めてリアムスの背へと手を回した。
 リアムスはメイリーンに答えを求めることなく、囲うように抱いていた腕に力を込めた。



 その日からメイリーンは変わった。
 リアムスと関わることで視線は集めてきたものの、彼女は目立たず静かに過ごしてきた。
 そんなメイリーンが、今まで表に出すことのなかった優秀さと美しさを、自分の手で未来を切り開くために発揮し始めたのだ。

 学業ではレイモンドやローズリンゼットを押さえ、学年一位となった。
 今まで使わなかった前世の記憶を使って、目新しく見た目も可愛いお菓子や料理を流行らせ、化粧やドレスも個々に似合うものをアドバイスし、ネイルアートもした。
 安物のドレスをアレンジして自らが流行りの最先端となった。

 静かに微笑んでいた大人しい子爵令嬢は、誰もが振り向くような可憐な令嬢へと変貌を遂げたのだ。

 そんなメイリーンをリアムスとビアンカは複雑な気持ちで見詰めていた。
 メイリーンは目立つのが苦手で、のんびりとお茶をしたり、読書をしたりと静かに過ごすことを好むことを知っていたからだ。

「今のメイも素敵だけど、俺はそのままの君も好きだよ」
「私は変わらなきゃいけないんです」

(リアムス様の隣にいるためにも、私には力が必要なの。学園にいる間に私の有用性をアピールしないと。
 リアムス様の負担になったりしない。私もリアムス様を支えられるようになるんだから)

 強い、強い想いがそこにあった。

 だが、光が強ければ強いほど、影は濃くなるもの。メイリーンを快く思わない者が確かに存在した。
 ローズリンゼットは屋上から双眼鏡を使い、メイリーンを見詰めた。そして、おかめの下で悩ましげな溜め息をついたのだった。



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