上 下
25 / 100

穏やかな毎日

しおりを挟む
 「「ありがとうございましたー。」」


丁寧にお辞儀をしてお客さんを送り出す。

「よし、今日も終了。閉めるぞー。」

夜9時、ブランシュの閉店時間である。ランチタイムが人気のカフェだが、仕事終わりや夕飯時もそれなりに混み合う。これ以降の時間のお客さんは居酒屋へと向かうハズなので、最後のお客さんを送り出したら少し早くても閉店作業に移る。

「シャルはフロアが片付いたら上がっていーぞ。賄い食べてくか?」

「はい!お願いします。」

「オッケー。相方ちゃんの分はタッパー弁当にしてあるから。」

「わぁーい。ありがとうございます!」

 始めの頃は緊張して断っていた賄いも、朝のお買い物で慣れてきた最近は甘えてしまっている。フィアーノとの会話が増えたこともあるが、女の子2人でシェアハウスをしているというシャルノアたちの事情を聞いて、心配されるようになった。若い女の子たちが荒れた食生活してたらすぐに倒れちゃうから、というのがフィアーノの見解らしい。店のランチの残りで余っても困るから…と言われ、押し付けられるようになった弁当もナナはとても楽しみにしている。

(ほんと、ここで働けて良かった。)

 店舗マネージャーのヴァンは口数は少ないが、人間観察が趣味で、状況把握が的確である。始めの頃、慣れない仕事でアタフタしていたシャルノアをさりげなくフォローしてくれていた。置き忘れていたボールペンがさりげなく手元にあったり、通りがかりでシャルノアが持っていたお皿を一緒に下げてくれたりと、彼女自身気づいていない所までよく見ている。ヴァンに言わせると、表情に出ていたり、視線が訴えていたりするそうだが、彼でなければスルーされる所だと思う。
 
 シャルノアが賄いを食べている間も、フィアーノは次の日の仕込みをしたり、在庫確認をしたりとずっと仕事をしている。

(疲れたり、仕事嫌になったりしないのかな?)

朝早く、夜遅くとこの仕事は拘束時間が長い。容姿が優れている彼が独り身なのも仕事が忙しいからなのではないだろうか?

カラン、カラン。

入口の音が聞こえ、視線を向けるとナナが来た。

「ん、どうしたの?」

「仕事終わりだけど、まだいそうな気がして寄ってみたの。お礼直接言いたかったし。」

 慣れた様子で厨房に向かい、フィアーノさんにお礼を伝えている。
 シャルノアが働き出してすぐ、ナナは心配だからと何度かお客さんとして来てくれていた。カウンター越しに話をしていた事で、シャルノアの友人ということを理解してくれ、フィアーノもヴァンもナナが来たら快く迎え入れてくれる。

「シャル、お土産にイチゴ貰っちゃった。」

戻ってきたナナの手には、不揃いの形のイチゴが入った紙袋がある。

「それ、今日の頂き物。半分は店でソースとして使ったから、あとは食べな。形は悪いけど甘くて美味しいぞ。」

(私たち、完全に胃袋捕まえられてる気がする…。)

笑顔でお礼を言い、ナナと一緒に帰宅する。

「今日はどうでした?」

「ランチのピークがすごかったよ。ギルドで対応してくれた職員さんも食べに来てた。たまに外で食べるのが忙しいギルドの仕事のご褒美なんだって。」

「私は毎日でも食べたいですけどね。ブランシュのご飯はほんと美味しいですから。」

ナナも大絶賛のカフェ.ブランシュの味。何より、フィアーノもヴァンも私たちにとってはお兄さん的存在である。ナナは仕事先では良いご縁がないようで、たまに見るヴァンの流し目に癒されているらしい。

「ナナはお仕事どうだった?」

「覚える事がたくさんあって頭がパンクしそうです…。」

  ナナの働いている救護院では年に1回昇格試験がある。救護院での仕事がきっかけで医療の道に進む人は多くいる。職場の環境改善の為でもあり、働き手を増やす目的も兼ねているらしく、下働きのナナにも丁寧に技術授与が行われる。資格を取る為、本格的に勉強しだしたナナは泣き言を言いながらも知識を蓄えていく。

こんな毎日が今の私たちの日常である。煩わしい事から逃れて、日々忙しく過ごしている。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、最後に一言よろしいでしょうか?

甘糖むい
恋愛
白い結婚をしてから3年目。 夫ライドとメイドのロゼールに召使いのような扱いを受けていたエラリアは、ロゼールが妊娠した事を知らされ離婚を決意する。 「死んでくれ」 夫にそう言われるまでは。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...