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3.魔法学院3年生 前編

(80).母親としての後悔

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 医務室での出来事は、すぐさま陛下やハロルドたちに伝えられた。

(どうしても、避けられないのか…)

 娘を心配するハロルドの親心をよそに、ランベールたち主導のもと、公表のタイミングが決められる。
 話の経緯をノアから聞き、命の危険を防ぐために公表を急ぐのだと知り、ハロルドは反対することなど出来なかった。何より、ソフィア自身が決断したことを曲げないと分かっているので、心配な分は彼女の周りを安全に固めることに専念したい。


 
 ガンダルグ国、ヴィレス国の両国の帰還を待ち、ソフィアの誕生日に聖女として公表することが決まった。
 会談中に聖女ではない、と否定してしまった手前、成人を迎えて力が発現したのだと広めることにする。
 幸い、ソフィアの学院卒業後には皇太子妃として王宮に上がる。
 そのため、教会からの聖女保護要請も拒否できる。

 公表にあたり、各国から聖女への関心が高まることは予想されるが、既にランベールの婚約者であること、結婚式の日程も決まっているので、ある程度は抑えられるだろう。
 ただ、聖女を求めている国であれば、易々と諦める訳がない。どんな手段を使おうとも、力を手に入れたいと考えている国は多いハズだ。

 

 (だからこそ、精霊王たちの出番なんだ。)

 誰よりも精霊から愛され、力を貸してもらえる人物。
ソフィアを守るためならば、彼らは最強の助っ人である。
 ノアを始め、精霊を通じてランベールやアルフレッド、ハロルド、エリクと繋がりは深い。

 ランベールは、陛下の協力も得て、ソフィアの身辺には信用できる者を配置した。王宮内、学院内ともにあらゆる危険を想定してである。
 アルフレッドには、魔道具の要請をしている。離れていてもすぐに辿り着けるような転移道具、居場所が必ず分かるような追跡機能道具、ソフィアの身を守るための道具諸々である。公表される彼女の誕生日までには必ず間に合わせる、と張り切っているそうなので問題ないだろう。

(あとは、親子間の問題がどうにかならないものか…)


 
あの日ソフィアの宣言に、母クロエは何も言うことが出来ず、その場を去っていった。
 母親として、娘の成長を見て来なかったのに、今更心配顔とは…と、あの時は腹が立っていたものの。ランベールとしては、実親のクロエとソフィアが疎遠になる事を望んでいる訳ではない。
 少なくとも、ソフィアに対して愛情はあるのだと理解できた。離れていた時間が長い分、距離が埋まるのにも時間はかかるのかもしれない。

(ここは旦那であり、男親であるハロルド様に託すしかないだろう…)



フワッ。
見知った魔力を感じた所で、ハロルドの側に転移陣が現れた。予想した通り、クロエが現れる。

「どうした?帰国の準備で忙しいんじゃないのか?」

 ここは魔法師団長の執務室。
 溜まった書類と睨み合っていたハロルドは、対面式のソファーへと移り、クロエを座らせた。

「…話は聞いてるでしょ?私は自分の娘なのに、誰よりもあの子のことを知らなかったわ。」

「…まあ、今更だな。近くにいる私でさえ、あそこまで大きな力を持つとは理解できなかった。」


「何でよ?何で止めないの?聖女としての娘が立つことが立派なの?ずっと見てきたんでしょ。あの子がこの先どうなるのか、分からないとは言わせないわ。」

「…心配じゃない訳ではない。ただ、それを防ぐだけの力を周りが持っている。王子も、精霊王たちも。番人のノアは私よりも小さな頃のソフィアを見てきているんだ。親代わりと言うか、私も知らない娘を見守ってきてくれた。」


「どういうこと?貴方がソフィアを育てたんでしょ?」

「恥ずかしながら、昔は魔法師団の方で精一杯だったんだよ。家にも帰れず、メイドに任せっきりで。気づいた時には、アルもソフィアもひどい状態だった。」


「何でよ?私が出て行った時、家のことは十分機能していたゎ!」

「それは君が居たからだろう。主を失った状態の者が怠惰になるのは仕方あるまい。」


「…じゃ、あの子たちは?」


「自力で強くなっていたよ。アルは後継者教育と言われ自由のない生活をしていたし、ソフィーは放置されていた。私や兄に会うためには良い子で居なければ、とメイドに言われて1人で魔法を覚えたらしい…。3歳の時にはすでに基礎魔法を覚えていたと。」


「何それ…天才?」


「幸い、アルが妹の状況に気づいてな。報告を貰ってから使用人もメイドも新しくしたんだ。陛下たちにも心配されて、力になって貰った。」

「…だから、あんなにソフィアに好意的なのね。」


  友人ではあるが、自由に生きてきたクロエにとって陛下や皇后が自分の娘に対して親身になっているのは不思議だった。


「ソフィアの力は彼女が自ら身につけてきたものだ。番人ノアの存在はとても大きい。今も、王子たちと協力して娘を守ろうと力になってくれている。」


「イアンから聞いたけど、番人としての力も役割もよく理解出来なかったわ。あらゆる危機に備えての公表だと言われても、私には納得出来なかった。」

「…君にも親心があって良かったよ。」


「失礼ね。私だって子どもたちは可愛いわよ。」

「子どもたちを置いていったのに?」


「…そんなことになるとは思ってなかったのよ。貴方もいるし、手は離れてたから。」

「…勿体無いことをしたよ。子どもたちの成長する姿をその目で見れなかったんだから。学院で2人並んだ所が見れて、俺は嬉しかった。」

(珍しいわね。あまり表に出さない人なのに。)


「皇太子妃になるまで、あと少ししかない。親で居られるのはあと少しなんだ。嫁に出すのが陛下のトコだと余計悔しいが…。」

「…仕事してれば、王宮で会えるじゃない。」

「ああ。それは良い所だな。君には申し訳ないが。」


「腹が立つわね…」

「そう思うなら戻ってくればいい。魔法師団にもまだ籍はあるのだから。」


「……考えておくわ。」

「アルもソフィーも心配いらない。仲間に恵まれて、頼もしく育ってるよ。」


 ハロルドの執務室からの帰り道。
 自分は何ひとつ母親らしいことをしてあげられなかったな、と振り返っていた。お腹を痛めて産んだ子。愛する人との子どもたちが可愛くない訳がない。ただ、自分の自由も手放せなかった。
 ハロルドの話を聞いて、後悔がつのる。そんなことになっているのなら、すぐに戻るべきだった。彼自身も把握していなかったのであれば、クロエに知らせが来ることもないのだが。


 ハロルドに優しく諭されたクロエは、怒ることなく、愚痴を聞き、自分を安心させる。やはり彼が自分の旦那なのだと、実感するのだった。

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