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1.魔法学院1年生

(19).暗い闇の正体とルーシェの涙

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「あんな浮気者、ほっときゃいいのよ。」

 相変わらず気落ち気味のアンナとイネスが談話室にやってきた。
冷静なイネスが珍しく憤慨している様子にジェシカと目を合わせる。

 一度部屋にお菓子を取りに行くという口実でアンナをジェシカに連れ出してもらい、イネスに話を聞く。


「アンナに付き添ってリュカに会いに行くんだけどね、目も合わせないのよ。側にいるランディ君も一緒に、いつもあの平民女にくっついてて。だらしない。」

「平民女ってのは、前言ってた男爵令嬢さん?」

「そう、パーヴァス男爵家のサラよ。合同の時は大人しい癖に、自分のクラスだとお姫様気取りみたい。今まで文句言ってた女の子達まで味方に付けてて。どうやって誑し込んだのかしら。」


 怒りの余り、普段の何倍も辛口である。アンナが戻るまでに発散させようと決めたソフィアだった。 

 イネスに、ふわふわエンギルを抱えさせ聞き出した所、新学期になって隣のクラス限定でサラは大人気らしい。
常に数人に囲まれて歩く様子は、ソフィアのクラスでも話題になるほど注目を浴びている。 
 そんなクラス情報についていけてなかったことを寂しく思うも、不思議に思う。


(合同授業の時は確かに、大人しいわ。目立ったことも特に…リュカ達は何で集まるようになったのかしら。)

 エンギルの犠牲のおかげで落ち着いたイネスは、アンナを心配していた。
喧嘩することはあってもここまで長引くことはなく、無視されることもなかった、と泣きながら相談を受けたらしい。
 アンナを1人にさせるのも不安で、付き添うのだが、異様な光景に毎回腹が立つのだという。


「聖女になった訳でもないのに。何がそんな魅力的なのかしら?」


 ジェシカのお菓子を広げ、リュカの話題を避けて話したことで、アンナは少し笑顔を取り戻していた。
定期的に女子会トークをしよう、とみんなで約束する。




 翌日、中庭のイチイの木に訪れるとレオの姿が見えた。
今日はノアはいないようだが、レオとは目が合う。

 休暇明けで久しぶりの再会に、少し緊張しながら上に着くと、顔色の悪いジルが唸りながら苦しんでいる。
心配そうに見守るレオを撫でながら、この子と話せたら良かったのにと思う。

 エンギルに全力で目隠ししてもらって、カルディナを通じて、イソールに手助けを頼む。

 ソフィアはジルに向き合った。
 王族相手で手が震えてくるが、このまま放ってはおけない。

 思い切って治癒の魔法をかけると、段々とジルの呼吸が落ち着いてきたのを感じた。
 イソールにお礼を言って、エンギル達とまったりしているとジルが目を覚ました。


「…フィア?」


 初めての呼び方に一瞬ドキッとするも、寝ぼけているのかもと思い直し声をかける。


「ジル先輩、気分はどうですか?顔色がすごく悪くて心配しました。」

起き上がり、レオをひと撫でしたジルは微笑む。


「落ち着いた。今はすごく気分が良いみたいだ。」
「良かったです。レオもすごく心配していたんですよ?」

 表情を見た所、治癒魔法はしっかり機能したようでソフィアはひと息つく。

「何かあったんですか?」

 ジルの魔力量はそれなりに多い。体調不良にしては熱もなかったし、苦しみ方も変だった。


「最近学院内で怪しい影とか魔法の痕跡を感じたから調べてたんだ。精神魔法に当てられたみたいだな、油断したみたいだ。」

悔しそうな表情で語るジルベールが心配になる。


「私もそれ、感じました。兄やランベール王子から頼まれて今調査してる所なんです。」

「え?…まぁ、魔力量的に気づくだろうけど、頼まれたってのは…フィアの兄って?」

「アルフレッドと言います。お兄様とご友人だと?」

なるほど…と呟きながら、ジルは額を抑える。


「ホスウェイト家だったのか…ハロルド殿もアルフレッド殿も顔見知りだ。確かに、銀髪だし…妹だとは思わなかった。はぁ…俺たち、お互いのこと知らないことだらけだな?」


 段々と笑い出したジルベールに戸惑いつつも、ソフィア自身、名乗りはしたものの家の名前は伝えてなかったことを思い出す。
 ジルベール、と彼に名前だけ言われて、つられて名前しか伝えなかったのだ。


「別に私は隠してた訳じゃありません。」

ムキになって言うソフィアに、ジルベールは頭をポンっと撫で、

「これからはフィアのこと、もっと知りたいなって思ったとこだよ。」


(近い。ポンッて。いや、レオみたいにしてるだけなんだろうけど。)

 心の中の動揺をなんとか抑え、ジルベールに向き合う。


「そうですね、王子相手に軽い口調でも許して下さいね。」
「気にしない。むしろその方がいい。」



 その後、ソフィアはランベールから頼まれたこと、エリクやデニス等教授の中にも協力者がいることを伝えた。


「なるほど。フィアはあの影に気づいた時どう対応してるんだ?」
「精霊に頼んで浄化魔法をかけてます。」

…しばらくの沈黙の後、ソフィアは自ら口を滑らしたことに気づく。


(ジル先輩相手で気が緩んでた…)


「フィア、君の精霊は風と闇だったよな?何で浄化魔法が使えるんだ?」

(そう、なるよね…ランベール様にもバレてるし、ジル先輩なら大丈夫だよね。)

無理矢理自分に言い聞かせ、イヤーカフを外す。


「実は全属性使えるんです。カルディナとエンギルは契約したんですけど、それ以外はお友達として仲良くしてて、ノアもですけど、彼は番人なんです。」


ポカーンとしたジルベールが、レオの動きでわれに返る。


「そりゃ、俺の目眩しも効かないハズだわ。」


「ソフィーのお友達はみんな精霊王だから。」
「ノア⁈」


突然現れたノアが爆弾を落としてしまう。


(せっかく曖昧にしたのに…)


「バレたら交流しやすいじゃない。この木は森に近いから皆集まりやすいよ。」

 無邪気な笑みの下に、青年姿のノアがイタズラっぽく笑う姿が重なってしまう。


「お前、話せたんだな。うん、驚きはするけどバラしてくれた方が嬉しいよ。何かあれば力になれるし。」


どうだっとばかりに、ドヤ顔するノアが恨めしい。でも、気が楽になったのも事実である。


 しばらく皆で話した後、ソフィアは先に寮へ戻ることにした。ノアは遅れた分、レオやジルと話したいらしく、残していく。


(ノアがジル先輩と仲良くなるのは嬉しいな。)




 寮に戻る途中、ソフィアは茂みの中で微かな気配を感じた。カルディナ曰く、精霊の気配だということで辺りを見回す。
 カルディナもエンギルもソフィアから離れ、あちこち飛んで捜索してくれる。


「ソフィー、こっち。」


エンギルに呼ばれ、寮から少し離れた茂みの方へ向かう。
木の根元の小さな窪みの中で、小さな精霊が泣いていた。

 カルディナが優しく寄り添い、慰めると、側のソフィアにも気づいたようで目が合う。


「光の精霊ルーシェと言います。」


お辞儀をする精霊を見ていると、そっとカルディナの耳打ちで、サラの契約した精霊だと教えられる。


(イソールが心配してた子だ。)

 エンギルに頼んでイソールに知らせてもらう。



ソフィアはルーシェを優しく手に乗せると、

「どうして泣いていたの?」

と尋ねた。ルーシェは少し震えながら、


「サラ様は周りの人から褒められたり、注目されたりするのが好きだったんです。契約して一緒にいるうちに仲良くなって、私達は魅了魔法が使えるようになったんです。最初はとても嬉しそうで、私にも笑顔で話しかけてくれて…だけど、私の魔力量じゃ限界もあって、サラ様の好きな方には全く効かないみたいで。役立たずと言われ、怒られることが増えてきました。最近は誰でもいいからと、手当たり次第に魔法を行使されるんです。先程、通りかかった方は魔法に抗っておられて、とても苦しそうで…」

「精霊は主の言葉に拒否権もなければ、抗う術もないのよ。契約を解除するには、主の意思も必要だからね。こんな純粋な子にそんなことさせるなんて。」


カルディナの言葉にソフィアも辛くなる。


「でも、サラ様、最初の頃は優しかったんです。最近はほんとに別人のようで。」


エンギルがイソールを連れて戻ってきた。


「ルーシェ、無事で良かった。」


 イソールは安心したようにルーシェに寄り添い、微笑む。
 カルディナの話では、力が少なくなると消滅してしまう精霊もいるらしい。
 魔力もほとんどない状態なので、一旦イソールがルーシェを精霊界に連れ戻すことになった。

 サラが強い魔力と意志でルーシェを呼び出さない限り、精霊界にいても問題はないそうで、少しは休めるのでひと安心である。


(このままにはしておけない。対策を練らないと。)

 ノアが戻ってきたらみんなで作戦会議だ、とその場を後にするのだった。




 その頃、残ったノアはジルベールと向き合っていた。

「ソフィーのこと本気で守ってくれる?」
「あぁ、気になる女の子の1人、守れない男ではいたくないな。」

 強い意思を感じて、ジルベールの男らしさにノアは安心する。

「今度、この場所で精霊王達に会ってみよう。ジルなら誰かしら力を貸してくれるかもしれない。ソフィーに似た魔力の質と量だと思うから。その方が、ソフィーの為にもなる。」

 小さいフクロウが主のために必死な様子に、微笑ましく思う。つい頭を撫でながら、ソフィーの言葉を思い出す。

「分かった。言う通りにする。それで、ノアが番人ってのはどんな役割なんだ?」

ノアは、番人が6人いること、特別な力を持っていて【課題】が発動するまでは番人だと分からないこと、創造主の意思によって善悪両方存在し得ることなど詳しく説明していく。


「僕はソフィーの友人だから、彼女のために動く。味方が多い方が安心だし、ソフィーが心許す相手なら協力するつもりでいるよ。ちなみにソフィーの家族や屋敷の人たちみんな味方。」

「そもそも、敵って誰なの?創造主?」

「分からない。【課題】によっては裏切りもあるだろうし、番人が揃うまでは安心できないかな。」


ノアの返答に、ジルベールは困惑する。

(味方だと判断するには、慎重にならないとな。)


「ホスウェイト家の隠密トップが2人目の番人。あと、ランベール王子の護衛執事も番人の1人だよ。」

「はぁ?」


ノアから突撃御宅訪問の件を聞き、ジルは額を抑える。


「王太子のクセに、自由にし過ぎだろ…ノアはテオドールどう判断するの?同じ番人として。」

「彼は腹は立つけど、正しい道しか行かないから。意図が読めなくても、後々助けて貰ったこともある。まぁ、信用できる方かな。」

「ノアにしちゃ、曖昧だな。」

(それだけ、複雑ってことなのかな…)

何か情報があれば共有することを約束して、その場を離れる。
 もともと可愛いノアに癒されてたが、話が出来ると気が合いそうで嬉しくなる。
 精霊王達に会うのも楽しみなジルベールだった。


(ついでに王宮内も見ておこう。兄貴の近くにいるなら、他にもいるかもしれない。)



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