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1.魔法学院1年生

(5).フィンシェイズ魔法学院

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 セウブ王国でも名所であるブーミア湖。モンテベルク領の広大な森に囲まれ、太陽が登ると水面に反射してキラキラ光る。そんな湖の側に佇む大きな城。そこがこの物語の舞台フィンシェイズ魔法学院である。

 各領の領主館には、湖の側の建物まで移動できる魔法陣が配置されている。領によって向かう建物はそれぞれ違い、学院から指定された時間に合わせて沢山の新入生が湖の側へと移動してくる。



 学院の校門前。期待に胸膨らませた新入生が真新しい制服に身を包み門をくぐる。
 パーヴァス男爵令嬢、サラもその1人だった。平民出身の彼女には長年憧れの学院生活である。焦茶色のストレートの髪をなびかせながら寮へと向かって行く。

 ラングレイ子爵家の末娘、ジェシカも大きな校門を見上げていた。幼い頃から兄姉の背を追いかけていた小さな妹。彼女にとって、彼らと同じ学院に入れることは何よりも誇れることである。大好きな魔法が好きなだけ学べるのだ。
 ウキウキした気分で足を進めると、ジェシカはふと、前を歩く銀髪の少女に目を惹かれた。フワッと吹く風にのって揺れる髪は柔らかく、少し癖のある猫っ毛が彼女の小柄な身体に馴染んでいる。制服から覗く色白な手足と、スッと伸びた背筋で歩く姿は人形のようで、高貴族のご令嬢だという事が伺える。

(綺麗…でも小さくて可愛い。両方備えてるなんてステキ。あんな子と友達になれたらな…)

 そう願いながら、寮へと進む彼女はまだ知らない。そんなステキな彼女が、ドギマギと怯えながら足を進めていることを…



(何かやらかしてます⁈なんで私こんな注目されてるの?)

 兄や使用人以外と話す機会もなく、滅多に家から出ないソフィアは、完全なるコミュ障人間である。
 貴族としての心得として表情には出ないものの、人見知りを見事に発動させていた。元々緊張すると表情が乏しくなるのだが、容姿端麗な彼女は歩くだけで周りの視線を集めていた。
 新入生は寮への荷物の持込みがある為、入学式は午後からとなっている。既に疲労感満載のソフィアは寮の自室へとなんとかたどり着き、少し休もうと安堵のため息をつくのであった。



 新入生が続々と集まる中、中庭の大きなイチイの木では、1人の青年がゆったりとくつろいでいた。

 セウブ王国第2王子、ジルベールである。
 第1王子の下につくことを早々と宣言し、王位争いを避け自由な道を選んでいる。兄とは違い短髪で、濃紺の髪色は王妃の色を濃く受け継いでいる。眼だけは父や兄と同じアメジスト色で王家特有の色をしており、端正な顔立ちは兄弟揃って社交界を賑わせている。


 ふと見上げると、彼の契約獣、蒼鷲のレオが誰かを伴って飛んでいる。学内では学生や教授の契約獣やペットが多くいるが、孤高なレオが誰かと一緒にいるのは珍しい。いつものようにジルベールの近くに留まり、ご飯をねだる。側には小柄なフクロウが付いてきていた。一般的な灰色のハズだが、光の加減で銀色にも見えて不思議と輝いてみえる。

(契約獣にしては小さいな。誰かのペットだろうか?)

人懐っこいようで、餌をやったジルベールの手に、お礼を言うかのように頬をこすり付けてくる。頭を撫でることも嫌がらず、むしろ甘えてくるようだ。レオも怒ることなく静かに側にいる。いつもなら主人を取られまいとジルベールの肩に留まり妨害してくるのに、今日は違うようだ。

 しばらく一緒にいたが、気が済んだのか戻るようだ。

「また来いよ。」

頭をもう一度撫で、声をかける。彼の表情も珍しく柔らかくなっていた。




 学院の長、エリクは自室で客人に向かいお茶を入れていた。普段から1人で嗜む程度には準備してある。

「熱いうちに、召し上がれ。」
「「ありがとうございます。」」

 お茶を淹れた本人のようにほっこりとした気分になりながら、お茶を飲み、お茶菓子を手に取りくつろぐ。
 ソファーに座る客人2人は、入学式の挨拶の為、久しぶりに母校に訪れた第1王子ランベールと、その補佐アルフレッドである。
 国王陛下ゆずりの金髪とアメジストの眼で遠くからでも判別される王子は、式までの間出歩くことが難しく、学長室へと避難していた。


「先生、ここは相変わらず落ち着きますね。」

ランベールは学長室の落ち着いた雰囲気に、学院時代を思い出し微笑む。

「くつろぎ過ぎて、本来の目的を忘れるなよ。」

普段からのほほんとしている王子に、アルフレッドはクギを刺す。

「忘れてないよ。アルの妹ちゃん見るの楽しみなんだから。」
「お前には一生見せたくない。」
「出た、妹バカ。アルのこんなとこ普段じゃ見られないもんねー。」
「…ラン。」

アルフレッドの厳しい視線を受け、ランベールはエリクと目配せし合い、笑い合った。
 学院当時から王子という難しい立場にいたランベールにとって、エリクは恩師であり、尊敬する人物である。側にいるアルフレッドも同じ気持ちなのだが、この3人になると無邪気な2人に揶揄われることが多い。


「アルフレッド、ハロルドから聞いているじゃろ?領内は落ち着いているかい?」
「はい。使用人達も優秀なので屋敷の中は任せています。父が定期的に領内を見回るようになってからは、特に問題なく。」


 最近ノアスフォード領内では、港の付近で怪しい人物の目撃と複数の魔法の痕跡が絶えない。他国からの侵入者として注意しているのだが、目的が見えず、国王や魔法師団にも父が報告を済ましている。学長の耳にも入っているのならば、学院内は安全となるであろう。

「初めて見る魔法痕だったと…。教授連中にも話してあるから、何か情報が入ればすぐに連絡するわい」
「助かります、先生。」
「まずは、今日の式典じゃな。わしも妹ちゃんが楽しみなのじゃ。あとはランベールが噛まないか、だな。」
「心の底から恥をかけ、と願ってます。」

 にやりとしたエリクに釣られ、アルフレッドも笑った。

 この人は本当に、昔から緊張の糸をほぐすのが上手い、とアルフレッドは思う。
 王子としての重圧を抱えていたランベールもこの部屋ではよく笑っていた。久しぶりの恩師との再会に、2人共懐かしさを感じていた。
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