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1.魔法学院1年生

(2).ホスウェイト家の兄妹

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 ホスウェイト家の兄妹仲は、アルフレッドが声高に広めており、社交界でもよく知られている。妹と仲良くなるのが婚約者になるための近道だ、とも言われるくらいだ。
 だが、当初から仲良し兄妹だった訳ではない。



 跡取りであるアルフレッドは幼少期から厳しい教育を受け、家庭教師も数多くいた。食事の時間もマナー教育と称して個別にされ、当時自分の事で精一杯だった彼は、妹を気にする余裕はもっていなかった。ともすれば、歳の離れた妹の存在すら忘れていたように思う。 



 彼がまだ学院に入る前、12歳の時の事である。
 その日の剣術の稽古を終え、次の授業に急いでいたアルフレッドは庭を横切る時、ベンチを机のようにしてうずくまる少女に気を取られた。思わず近づいて様子を伺うと、彼女は分厚い本を険しい顔で睨んでいた。
 時折ブツブツと呟きながら手元に魔力を込める。なかなかうまくいかないようではあるが、歳を考えると当たり前のような気も…

 しばらく物思いにふけっていた彼は気づかなかった。
 側で必死に魔力を練っている少女が、力の制御がうまく出来ず、慌てていることを。

「ボンッ」

 大きな音に慌てて振り返ると、ベンチの横からは煙がモクモクと上がり、火が燻っている。

(な、この規模で火事が起きたら大変だぞ…)

 焦っていたアルフレッドは、どの魔法で動くべきか咄嗟に判断出来ずにいた。
 すると、少女は再び魔力を込め、同じ場所へ水を呼び出そうとしていた。

(他属性⁈魔法に慣れているのか?)

 しばらくすると魔法が発動し、雨のように降る水で火は収まり、少女は何事もなかったかのように本に向き直っていた。

(そもそもなんで1人なんだ?メイドがついてるはずじゃ…いゃあの歳なら乳母?ん、文字が読めるのか??)

 授業に行くのも忘れ、気になるこの状況についてあれこれ考える。


「ねぇ、君は何でここにいるの?名前は?」


(親戚の子が来てるとは聞いてないし、この銀髪…妹だょな?赤ちゃんの頃以来会ってないけど。母上と一緒にいる訳じゃなかったんだ…)
 

 しばらく待ってみたが返事はなく、本を見ている様子から、自分が話しかけられている事に気づいていないようだ。顔を覗き込み、視界に入る位置になりもう一度聞く。

「ねぇ、お名前は?」

フッと顔を上げこちらをトパーズの瞳が見つめる。

「ソフィア。」



 そのまま再び目を本に向け始める。にこりともしない、固まった表情に驚きつつも、気になる事は聞かずにいられない性分な彼は、さらに近づき声をかける。

「1人なの?メイドとか一緒じゃないの?」

 近くにより過ぎたのか、少し怖がるように後ずさると本を閉じた。

「…メイドは部屋にいる…と思う。ここにいるの、ダメ?」

相変わらず表情は変わらないが会話はできるようだ。

「ダメじゃないけど…部屋が嫌なの?」

ゆっくりと頷く様子に、アルフレッドは何やら嫌な予感を感じる。

「…ここなら会えるかもしれないから。」

「会える?誰に??」

 ボソっと呟く声に思わず反応する。様子を伺っていると表情が段々と暗くなっていく。

「父様や兄様…分からないけど…」





「アル様ー。どこですかー??」

 遠くから聞こえる声に、この後の授業を思い出した彼はハッとする。

(このままにしたくないけど…様子も気になるし。)


「会えるよ。きっと。いつもここにいるんだね?」

コクンと頷く姿に安堵すると、

「明日また来るから、覚えてて。僕を怖がらないでね。」


 立ち上がり迎えの声の方へと向かうが、後ろが気になって仕方ない。チラッと振り返るとソフィアは再び本に向かっていた。



 授業を終え従者のエドに尋ねると、妹にはメイドが専属でついているらしい。だが、あまりにも情報がない。

 ずっと母親と一緒に家を出たと思っていた。父も母も自分は長く会っていない。会えないのは自分だけなのだと、悲観的になっていた。妹が羨ましい気持ちもなかった訳ではない。それでも、後継者教育とは時に我慢も必要なのだと己に言い聞かせてきたのである。



 今日は午前中で授業が終わる。
 ゆっくりと時間がとれる為、アルフレッドは昨日のように庭に向かおうと決めていた。
 自室で昼食をとると昨日のベンチへ向かう。



 全く同じ状態で妹はベンチにいた。
 何やら今日は書き物をしている。
 近くに寄ると、驚かさないようにそっと声をかける。


「ソフィア。来たょ。」

サッと振り返る妹の顔に変化はない。

「今日もお勉強?」

 ふと、ベンチの上の紙に目を留める。
 拙い線ではあるが、魔法の元素と関係性をまとめているようだ。
 この歳にしては早すぎる内容だが…


「どの先生に習ってるの?」

ソフィアは戸惑ったように答える。

「先生いない。良い子じゃなきゃ父様にも兄様にも会えない…。」

手を動かし本に向かいながら答えるソフィア。


(家庭教師は早いって判断なのか?…会えないって何で??)

 会いたいと言われれば時間を取ることは出来ただろう。 そんな話は聞いたことがないが。そもそも家に妹が残っている事も彼は知らされていなかったのである。

「ソフィア?会えないってのは誰かに言われたの?」

コクンと頷いたものの、言いたくないようだ。

「僕の名前はアルフレッド。ソフィアのお兄さんの名前は何て言うの?」

これで伝わったかな、と期待するアルフレッドは妹の反応が返ってこないことに気づいた。

「名前知らない。父様のも…」

相手に聞かれて初めて、知らないという事実に落ち込み、彼女は涙を必死に堪えている。


(これは…メイドも調べるか。)

ショックを妹に悟られないように微笑みながら言う。


「兄はアルフレッド。父はハロルド。母はクロエだ。父様も兄様もソフィアと同じ銀色の髪だょ。僕が誰か分かる?」

 ボーっとしていたソフィアは目の前の少年の言葉を思い出す。髪の色を見て目を輝かせる。


「兄様なの⁈」

「やっと気づいたね。ソフィー、おいで。」


両手を広げて小さな体を包み込む。

「会いたい時はいつでも呼んで。家族なんだから。」



 ソフィアの表情が崩れた。ポロポロと流れる涙を見て、やっと無表情の仮面が取れたことにアルフレッドは安堵した。

「会えた。兄様に…」




 しばらく泣き続けたソフィアは安心したのか、兄の手を握ったままウトウトしだす。

「部屋に戻ろう。僕も一緒に行くから。」

妹の案内の元、手を引きながら部屋まで向かう。



(あの後は大変だったなぁ…部屋は大荒れ、メイドは想像通り。ソフィーは呑気に寝てるしで。)

 当時を思い出しながら、アルフレッドは笑う。

 部屋の状況からメイドの怠慢は明らかだった。だが、部屋の主は熟睡中。改めて妹の置かれた状況を知り、彼は冷静さを失っていた。
 メイドから出る言い訳や嘘の多さに呆れながらも懇々と問い詰めると、最後には坊ちゃんはまだ幼いから分からないんです、と子ども扱い。堪忍袋の緒もプッツンと切れ、気づいた時には自身の魔法の影響で、部屋はほんともう荒れ放題。魔法の暴発に近いような有様だった。

 廊下への物音から慌てて飛んできた従者に事情を伝え、妹が寝てる間に、と部屋を変えメイドを変えと処理したら、起きたソフィアが凍結。
 小動物のように怯えていたソフィアが僕の顔を見て安心し、知らない人(従者や他のメイドなのだが)を警戒して後ろにくっつく姿はホントに可愛かった。



 当時の事は僕の従者エドから父に伝わり、厳しい後継者教育も父の指示ではなかったと知った。
 母がいなくなってから執事やメイドがグルになり悪事を働いていた事が分かり、父の監視の元、家の使用人は総入れ替えとなった。家の事が疎かになっていたと反省した父は、すぐに信頼できる人材を揃え、どんなに忙しくても週に1回は子どもと夕食を取ると決め、会話を心がけるようになった。

 ソフィアはいまだに表情豊かとは言い難いが、僕やエドを中心に、使用人達と話すようになり、打ち解けてきたと思う。
 父との関係は相変わらずなのだが。
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