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第二章 死竜の砦

第二十話「従兄弟同士」

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 死竜の砦に入ったロイドたちは、初めて見る光景に戸惑っていた。
 中には店が並んでいたからだ。
 それぞれの店には商品が陳列されている。
 これで、人がいればまるで市場のようだ。

「な、何だよこれは……?」
「まさかわたしも、ここまでとは思わなかったわ」

 先日、アルバートとミリアム、ブレンダの三人は商業区に出向いている。
 ローラからの情報も合わせて、ここに大量の食料や日用品なのが卸されているのは聞いていたが、誰もこんな本格的に店を構えて商売しているとは考えもしなかったのだ。

 ロイドは店先に並べられている服を手に取った。
 ウルズ剣術学院男子用の制服だ。

「こんなもんまで売ってるのかよ」
「買うか? 一着二万ナールだ。もっともおまえにはサイズが合わないけどな」

 声がした。
 仲間たちのものではない。
 全員が声がした階段のほうに顔を向けた。
 そこには一人の生徒が立っていた。

「ノエル! てめぇ!」

 ロイドが叫んだ。
 ハロルドを除く全員が一年死竜クラスだった時のクラスメイトだ。
 そして、ロイドの従兄弟でもあった。

 ノエル・サイマスの父はロイドの父の兄だ。
 ロイドと同じ褐色の肌に、赤髪。
 顔はまったく似ていないが、体格はほとんど同じだった。

「なんでここにおまえがいるんだ。まさか、おまえも俺たちの邪魔をするってのか。そこをどけ、おまえと遊んでいる暇はねぇんだ」
「それはこっちのセリフだぜ。しかし、こんな形で元クラスメイトと顔を合わせるとは、俺も想像できなかったけどな」

 ノエルは腕を組んで立っている。
 ロイドが前に出て、木剣をノエルに突き出すように向けた。

「みんな。エドガーじゃねぇけど、ここは俺に任せてくんねぇか」
「ロイド!? 駄目よ、あなたを一人置いていけないわ」
「セシリア、俺とあいつには因縁があるのは知ってるよな?」
「因縁って……従兄弟でしょ? 仲が良くないのは知っているけれど……でも」

 一年死竜クラスだった時に、ロイドとノエルの喧嘩を間近で見てきたセシリアたち。
 何かと張り合うことが多いこの二人の間には、セシリアたちもなかなか割って入ることができないでいた。
 それが従兄弟同士ならなおさらだ。
 ノエルは腰の剣を抜いて、ゆっくりと階段を下りてくる。

「ロイド、今日こそどっちが上か決めようぜ」
「望むところだ。……みんな、早く行ってくれ」

 ロイドが言うがセシリアたちは躊躇している。

「ノエルは剣を抜いているわ! もう、喧嘩じゃ済まないわよ!」
「セシリアの言うとおりよ。危険すぎるわ、ここはあたしたちも一緒に――」
「いいから、行けって! うおおおおっ!」

 ロイドが木剣を振り上げて走り出した。
 それを見てノエルも階段から飛び降りた。

「来いよ! ぶっ倒してやる!」
「うおああああああっ!」

 ロイドの振り下ろした木剣をノエルは躱す。
 そして、今度はノエルが剣を突き出した。
 ロイドは木剣を叩きつけた。

「くっ、相変わらず馬鹿力だな!」
「ああ! 俺のほうがお前より力はあるからな!」

 ロイドは体当たりを仕掛けて、ノエルの体を階段脇に押しつけた。

「みんな! 早く行けっ! アルのところに早く! 学院がどうなってもいいのかよっ!」

 時間は迫っている。
 日没までに特大バリスタを何とかしなければ、校舎に甚大な被害が出るのは明白だ。
 ロイドに言われて、セシリアたちの顔がハッとなる。
 このままロイドだけを残すのは憚れるのか、その場を動けないでいた。
 だが、ハロルドが意を決したように言った。

「ロイドの言うとおりにしましょう。ここで時間を無駄にするわけにはいけません」
「でも、ロイドくん一人じゃ危ないよ!」
「どのみち僕たちがあの二人の間に割って入ることはできませんし、ここで見ていることしかできないでしょう。だったら、体を張ったロイドの行動を無駄にしないためにも、僕たちは先へ進むべきです」

 ハロルドは階段に向けて走り出した。

「ロイド! ここは任せます! あとで必ず合流しましょう!」
「任せとけっ! ブレンダ! おまえらも早く行けぇぇっ!」
「くそっ! 行くな! おまえらは全員ここでっ……!」

 ノエルはロイドに押しつけられて剣を振えない。
 だが、ロイドの体力も長くは保たない。
 ハロルドが階段を上り始めたのを見て、ようやくセシリアたちも足を動かした。
 その表情にはまだ迷いのようなものがあったが、アルバートや先に進んだハロルドのことも心配なはずだ。
 全員が階段を上りきったところで、ノエルがロイドを撥ね除けた。

「くそがああああっ!」

 ロイドは店先に並んでいた商品棚にぶつかった。
 追撃をかけると思いきや、ノエルは一瞬躊躇してから立ち止まる。

「くそ、ジェラルドさんに店は壊すなって言われてるのによぉ!」
「俺のせいってか……! ノエル、おまえジェラルドが何しようとしてるのかわかってんのか? こんだけ騒ぎになれば、下手すりゃ退学だってあり得るんだぞ」

 ロイドは立ち上がって木剣を構えた。

「知っているからここにいるんだ。おまえみたいに何も考えずに学院生活を送るほど、頭は腐ってねぇからな」
「……そうか、だったらここでぶっ倒すしかねぇな」
「だから最初から言ってるだろうが。ついてこい、ここじゃ戦いにくいからよぉ」

 ノエルは二階へ来いというので、ロイドはその背中を追っった。
 二階に着くと広い部屋に出た。
 上に続く階段が一つ見える。
 セシリアたちの姿はないので、あの階段を使って三階へ向かったのだとわかる。
 もう一つ階段らしきものがあるのだが、そこはテーブルやら椅子やらが無造作に積まれていて、とてもじゃないが通れそうにない。
 あえて塞いでいることから怪しく見えるが、テーブルや椅子をどけるだけでも一苦労だし時間がどれくらいかかるかも見当がつかない。

「ここなら、思う存分戦えるぜロイド!」
「ああ、そうみたいだな」

 ノエルの剣をロイドは躱す。
 ロイドは距離を取った。
 それを逃がすまいとノエルが追いかける。
 この部屋は広いので、ロイドは余裕を持って避けることができた。
 幸いロイドは体力に自信があるので、大きく避けてもそうそう疲れることはない。
 しかし、それはノエルも同じだった。

「ロイド、逃げるな!」
「馬鹿言うな! こっちは木剣だぜ! まともに剣を合わせられるかよっ!」

 ノエルが一般的な剣術学院生徒と変わらない体力だったなら、先に疲れていたのは彼だっただろう。
 そうなれば、いかに剣が相手だったとしても、木剣のロイドの勝利は堅かったはずだ。
 しかしロイドほどでないにしろ、ノエルも体力は自慢できるほどあったのだ。
 二人は足を止めることなく動き続けた。

 やがて、ノエルが息を切らせ始める。
 ようやく二人の足が止まった。
 それでもロイドは気が抜けなかった。
 ノエルは呼吸を整えながら、剣を構えた。
 ロイドと同じザルドーニュクス流剣術の基本の構えだ。

「ロイド……どうしてあの時、俺から逃げた?」

 ノエルは恨みの籠もった目で、ロイドを睨みつけた。
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