17 / 67
第一章 闇夜の死竜
第十六話「初めての野外授業」
しおりを挟む
定期試験が間近に迫ったある日、ブランドン先生は授業の締めにこう言った。
「かねてより伝えていたとおり、明日は野外授業を行うからそのつもりでね。今夜は明日に備えてしっかり睡眠をとるように」
野外授業とは剣術学院の外で行われる授業だ。
俺は一年の間に数度あるこの野外授業を体験するのは初めてだった。
もちろん、セシリアたちも同じだ。
というのも野外授業は魔物が跋扈するウルズの町の外で行われる危険を伴う授業であり、一部の上位クラスにしか許可されていないものだからだ。
六年生なら六番目の水竜クラス以上、五年生なら四番目の風竜クラス以上、四年生は一番目の樹竜クラスのみ。
三年生以下には野外授業はない。
去年も風竜クラスだった俺たちにとって初めての授業となる。
主な授業内容は付近の探索と魔物討伐で、駆け出しの冒険者がやる仕事と似ている。
もっともハロルドに至っては、先日それを飛び越して黒ずくめの男と対人戦を経験したばかりだ。
黒ずくめか。
あれから夜の仕事のときにブランドン先生とも話したが、黒ずくめを殺したやつの情報は依然として掴めないでいた。
軍の施設に拘留されている黒ずくめたちゲルート帝国スパイ?の連中は、その事実を知って震え上がったという。
闇夜の死竜にも臆さなかった連中がだ。
うち一人は「粛正は嫌だー!」と狂ったように叫び舌を噛み切って死んでしまったそうだ。
残った八人の黒ずくめも怯えた表情で口を閉ざしているらしい。
ブランドン先生の話では、黒ずくめたちの中では恐ろしい人物として認識されているようだ。
目的を遂げられなかった黒ずくめを口封じに殺したと考えるのが妥当だが、そもそも黒ずくめの目的は何だったんだ。
十分休養をとって魔力も回復しているし、魔眼も使える。
そいつが夜に俺の前に現れてくれれば話は早いんだけど、そう都合良く事は運ばない。
「――ル? ねぇ、聞いてるの?」
「えっ……ああ、聞いてるよ」
「嘘。今何か考えごとしてたでしょう。聞いてたのならわたしが何を言ったか答えてみくれる?」
うっ、考え事に集中していてセシリアの話を聞いていなかった。
俺は苦笑しながら頬をかいた。
「ごめん。ぼーっとしてた」
「もう、そうだと思ったわ。明日は忘れ物しちゃ駄目よ。それから――」
隣の席にいるセシリアが指を立てて、ブランドン先生が説明した話をまとめて教えてくれる。
それを見て、後ろの席のミリアムとブレンダがおかしそうに笑った。
◇ ◇ ◇
翌日の朝いつもどおりに剣術学院に登校した俺は、教室で剣を回収してベルトに装着した。
今から野外授業なので今日だけは教師引率の元、限定的に帯剣を許されるのだ。
それからみんなと一緒に冒険者区の入口へと向かう。
「冒険者区か。この間来たときとはなんだか雰囲気が違うわ」
並んで歩いていたセシリアが独り言のように漏らす。
酒場は開いているが娼館は閉まっている。それに武器や防具、冒険に必要な道具を扱っている店が繁盛している。
酔っぱらいもいないし、通りを闊歩するのは鎧を纏った男やローブを羽織った女だ。
すなわち冒険者だった。
「今から仕事に向かう冒険者も多いみたいだな」
冒険者の入口近くにある広場には、多くの生徒が整列していた。
五年生の樹竜クラス、氷竜クラス、雷竜クラス、そして俺たち風竜クラスの総勢八十名だ。それに加えて、各クラスの担任教師四名もいる。
早速、樹竜クラスのエドガーとイアンを見つけてしまうが無視する。
話しかけてこない限り関わらないほうがいいだろう。
全員が集まったのを見計らって、樹竜クラスの担任である女の先生が前に立った。
名前はダリア・ビートだったかな。
腰まで伸びた銀色の直毛と成熟した大人の色気を感じさせる体つき。
ブレンダやローラ先輩にも引けをとらないだろう。
じっと眺めていると、セシリアが俺の脇腹をつまんだ。
「痛い……」
「ダリア先生に見とれてたでしょ。ちゃんと、説明を聞いておかないと後で大変な目に遭っても知らないから」
決してそういう目で見ていたわけじゃないんだが、言い訳すればするほど疑われそうなのでやめた。
俺はダリア先生の経歴を頭に浮かべる。
聞いた話じゃ確か伯爵家の娘で、ブランドン先生の同期でもあるらしい。
つまりウルズ剣術学院の卒業生だ。
今年からウルズ剣術学院に赴任して、五年樹竜クラスの担任となった。
エドガーやローラ先輩の話では、剣術が得意で教育熱心なようだ。
どうやら、そのダリア先生が教師を代表して今日の野外授業の内容を詳しく説明してくれるらしい。
「――最後になるが、皆も知っているとおり、これから向かうサイーダ森林には多くの魔物がいる。いずれにしても脅威は低く、皆の実力なら遅れをとることもないだろう。しかし、この中には初めての実戦となる者も多い。決して油断せず、日頃の鍛錬の成果とチームワークで乗り切って欲しい。私からは以上だ」
今日の野外授業に指定された場所は、ウルズの町から西に向かったところにあるサイーダ森林のようだ。
森の奥深くには立ち入りが禁止されている危険な場所があるが、それ以外は強い魔物も出ず駆け出しの冒険者が狩りをするような比較的安全なところだ。
剣術学院の生徒が実戦を経験するにはおあつらえ向きだと言えるだろう。
しかし肝心の野外授業の内容を聞き逃していたようだ。
このままではセシリアにあらぬ誤解をかけられそうで恐い。
どうしたものかと思案していると、ロイドが俺の肩に手をかけてきた。
「なぁ、アル。あの先生、口調は男っぽいけど、すんげぇスタイルいいよなぁ。なんかこう大人の色気っつーの? わかるか?」
馬鹿野郎、俺にそんな話を振るんじゃない。
俺は聞こえないフリをして横目でセシリアの様子をうかがった。
そこには笑顔のセシリアがいた。
目の奥は笑っていない……多分な。
「……というか、ロイド。おまえ寝不足か?」
「あん? あ、いや……ちょっと親父の手伝いでさ」
「あんまり無理するなよ」
ロイドは目の下にクマを作っていた。
鍛冶職人である親父さんの手伝いをしていたらしい。
ここ数日続けてだけど、今日は特にひどいように見える。
背中には長細い筒状の包みを背負っている。
「遊びに行くんじゃないんだぞ、なんだよその荷物は?」
「何って予備の剣だよ。俺の流派は豪快に技を繰り出すから、剣の消耗が激しいんだっての」
「それはザルドーニュクス流のせいじゃなく、おまえの剣の扱い方に問題があるだろ。なぁ、セシリアもそう思うよ……な?」
セシリアに同意を求めるが、彼女はじっと俺を見ていた。
俺がごまかしてると思ったのだろう、反応は薄い。
微妙な沈黙を見かねて助け船を出してくれたのはハロルドだ。
これぞ男の友情。
「要するに、魔物のいるサイーダ森林に入って実戦の空気を感じ取れって授業みたいですね。時間は昼過ぎまでですか。まぁ、暗くなれば危険が増しますから当然でしょう」
「んなもん楽勝だぜ。何てったって俺たちはすでに実戦を経験してるしな」
「おまえは、誰かに殴られて気を失ってただけだろう」
俺が言うとセシリアが吹き出したので、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし冒険者区での一件は、ロイドに妙な自信を持たせていたようだ。
あのときロイドを失神させたのは、おそらくブランドン先生だったのだろうと思う。
あのまま黒ずくめに向かっていったなら間違いなく返り討ちに遭っただろうから、ブランドン先生の判断は正しかったと言える。
そうこうしているうちに、樹竜クラスを先頭に西門に向かって歩き出した。
途中、何人かの冒険者が声をかけてくる。
「頑張れよー!」「気をつけてねー!」といった応援から、「雑魚掃除頼むぞ!」「今回は何人が泣いて帰ってくるかな~」などという半ば冷やかしの声もあった。
冒険者区の端にある西門の前に辿り着くと、樹竜クラスから順番に門をくぐり外へ出る。
今回の野外授業は事前に各クラス三つのグループに分かれている。
一クラスは二十人いるので七人、七人、六人となる。
もちろん俺たちはおなじみの六人でまとまった。
このグループが今日一緒に行動するパーティーというわけだ。
「ブレンダちゃん、……何だか緊張するね」
「みんな一緒だから大丈夫よ」
不安げなミリアムの髪をブレンダが撫でる。
ロイドは張り切っているし、ハロルドは順番を待ち遠しくしているように見えた。
セシリアは俺のポーチの中を覗き込んで、忘れ物がないか確認してくれている。
……いつも悪いな。
「心配性だな、セシリアは。ちゃんと傷薬は入っているよ」
「うん、そうね。中身は空っぽだったけれど」
「…………え?」
セシリアは俺のポーチから取り出した傷薬の容器を開けて見せた。
中には傷薬だったらしきものが、わずかに付着していた。
というか本来白色のはずの傷薬が変色して黄ばんでいる。
そして辺りに異臭がたちこめる。
「くっせぇぇぇっ! おい、セシリアっ蓋を閉めろ、蓋を!」
ロイドが鼻をつまんで俺とセシリアから距離をとる。
ブレンダとミリアムも顔を顰めている。
ハロルドは無言でロイド以上に離れた。
セシリアは容器の蓋を閉めると、それを自分のポーチに押し込んだ。
「あれ……? 前に使ったのいつだっけ……?」
「まったく、いつ使ったのかわからないのを持って来ないで。代わりにわたしが持ってきた予備を入れておくわね」
「ああ、ありがと」
セシリアは予備で持参したらしい傷薬を、俺のポーチに入れてくれた。
俺が忘れてくると踏んで用意していたのだろう。申し訳ない。
そこへブランドン先生がやってきた。
「さあ、きみたちの番だよ…………うっ。な、何だいこの臭いは?」
美形のブランドン先生の顔が歪む。
すぐにセシリアが頭を下げた。
「ごめんなさい、ブランドン先生。アルの持ってきた傷薬が腐ってたみたいで……」
「……そうなのかい? まぁ、いい。ほら他のみんなはもう門を出たよ。きみたちも急いだほうがいい」
ブランドン先生に促されて俺たちは西門をくぐり、ウルズの町の外へと出た。
草原が広がり、俺たちの目の前には草のない道が真っ直ぐ続いている。
遠くのほうにはサイーダ森林が見えていた。
「よし、じゃあ行こうか」
俺はみんなに振り返って言った。
「かねてより伝えていたとおり、明日は野外授業を行うからそのつもりでね。今夜は明日に備えてしっかり睡眠をとるように」
野外授業とは剣術学院の外で行われる授業だ。
俺は一年の間に数度あるこの野外授業を体験するのは初めてだった。
もちろん、セシリアたちも同じだ。
というのも野外授業は魔物が跋扈するウルズの町の外で行われる危険を伴う授業であり、一部の上位クラスにしか許可されていないものだからだ。
六年生なら六番目の水竜クラス以上、五年生なら四番目の風竜クラス以上、四年生は一番目の樹竜クラスのみ。
三年生以下には野外授業はない。
去年も風竜クラスだった俺たちにとって初めての授業となる。
主な授業内容は付近の探索と魔物討伐で、駆け出しの冒険者がやる仕事と似ている。
もっともハロルドに至っては、先日それを飛び越して黒ずくめの男と対人戦を経験したばかりだ。
黒ずくめか。
あれから夜の仕事のときにブランドン先生とも話したが、黒ずくめを殺したやつの情報は依然として掴めないでいた。
軍の施設に拘留されている黒ずくめたちゲルート帝国スパイ?の連中は、その事実を知って震え上がったという。
闇夜の死竜にも臆さなかった連中がだ。
うち一人は「粛正は嫌だー!」と狂ったように叫び舌を噛み切って死んでしまったそうだ。
残った八人の黒ずくめも怯えた表情で口を閉ざしているらしい。
ブランドン先生の話では、黒ずくめたちの中では恐ろしい人物として認識されているようだ。
目的を遂げられなかった黒ずくめを口封じに殺したと考えるのが妥当だが、そもそも黒ずくめの目的は何だったんだ。
十分休養をとって魔力も回復しているし、魔眼も使える。
そいつが夜に俺の前に現れてくれれば話は早いんだけど、そう都合良く事は運ばない。
「――ル? ねぇ、聞いてるの?」
「えっ……ああ、聞いてるよ」
「嘘。今何か考えごとしてたでしょう。聞いてたのならわたしが何を言ったか答えてみくれる?」
うっ、考え事に集中していてセシリアの話を聞いていなかった。
俺は苦笑しながら頬をかいた。
「ごめん。ぼーっとしてた」
「もう、そうだと思ったわ。明日は忘れ物しちゃ駄目よ。それから――」
隣の席にいるセシリアが指を立てて、ブランドン先生が説明した話をまとめて教えてくれる。
それを見て、後ろの席のミリアムとブレンダがおかしそうに笑った。
◇ ◇ ◇
翌日の朝いつもどおりに剣術学院に登校した俺は、教室で剣を回収してベルトに装着した。
今から野外授業なので今日だけは教師引率の元、限定的に帯剣を許されるのだ。
それからみんなと一緒に冒険者区の入口へと向かう。
「冒険者区か。この間来たときとはなんだか雰囲気が違うわ」
並んで歩いていたセシリアが独り言のように漏らす。
酒場は開いているが娼館は閉まっている。それに武器や防具、冒険に必要な道具を扱っている店が繁盛している。
酔っぱらいもいないし、通りを闊歩するのは鎧を纏った男やローブを羽織った女だ。
すなわち冒険者だった。
「今から仕事に向かう冒険者も多いみたいだな」
冒険者の入口近くにある広場には、多くの生徒が整列していた。
五年生の樹竜クラス、氷竜クラス、雷竜クラス、そして俺たち風竜クラスの総勢八十名だ。それに加えて、各クラスの担任教師四名もいる。
早速、樹竜クラスのエドガーとイアンを見つけてしまうが無視する。
話しかけてこない限り関わらないほうがいいだろう。
全員が集まったのを見計らって、樹竜クラスの担任である女の先生が前に立った。
名前はダリア・ビートだったかな。
腰まで伸びた銀色の直毛と成熟した大人の色気を感じさせる体つき。
ブレンダやローラ先輩にも引けをとらないだろう。
じっと眺めていると、セシリアが俺の脇腹をつまんだ。
「痛い……」
「ダリア先生に見とれてたでしょ。ちゃんと、説明を聞いておかないと後で大変な目に遭っても知らないから」
決してそういう目で見ていたわけじゃないんだが、言い訳すればするほど疑われそうなのでやめた。
俺はダリア先生の経歴を頭に浮かべる。
聞いた話じゃ確か伯爵家の娘で、ブランドン先生の同期でもあるらしい。
つまりウルズ剣術学院の卒業生だ。
今年からウルズ剣術学院に赴任して、五年樹竜クラスの担任となった。
エドガーやローラ先輩の話では、剣術が得意で教育熱心なようだ。
どうやら、そのダリア先生が教師を代表して今日の野外授業の内容を詳しく説明してくれるらしい。
「――最後になるが、皆も知っているとおり、これから向かうサイーダ森林には多くの魔物がいる。いずれにしても脅威は低く、皆の実力なら遅れをとることもないだろう。しかし、この中には初めての実戦となる者も多い。決して油断せず、日頃の鍛錬の成果とチームワークで乗り切って欲しい。私からは以上だ」
今日の野外授業に指定された場所は、ウルズの町から西に向かったところにあるサイーダ森林のようだ。
森の奥深くには立ち入りが禁止されている危険な場所があるが、それ以外は強い魔物も出ず駆け出しの冒険者が狩りをするような比較的安全なところだ。
剣術学院の生徒が実戦を経験するにはおあつらえ向きだと言えるだろう。
しかし肝心の野外授業の内容を聞き逃していたようだ。
このままではセシリアにあらぬ誤解をかけられそうで恐い。
どうしたものかと思案していると、ロイドが俺の肩に手をかけてきた。
「なぁ、アル。あの先生、口調は男っぽいけど、すんげぇスタイルいいよなぁ。なんかこう大人の色気っつーの? わかるか?」
馬鹿野郎、俺にそんな話を振るんじゃない。
俺は聞こえないフリをして横目でセシリアの様子をうかがった。
そこには笑顔のセシリアがいた。
目の奥は笑っていない……多分な。
「……というか、ロイド。おまえ寝不足か?」
「あん? あ、いや……ちょっと親父の手伝いでさ」
「あんまり無理するなよ」
ロイドは目の下にクマを作っていた。
鍛冶職人である親父さんの手伝いをしていたらしい。
ここ数日続けてだけど、今日は特にひどいように見える。
背中には長細い筒状の包みを背負っている。
「遊びに行くんじゃないんだぞ、なんだよその荷物は?」
「何って予備の剣だよ。俺の流派は豪快に技を繰り出すから、剣の消耗が激しいんだっての」
「それはザルドーニュクス流のせいじゃなく、おまえの剣の扱い方に問題があるだろ。なぁ、セシリアもそう思うよ……な?」
セシリアに同意を求めるが、彼女はじっと俺を見ていた。
俺がごまかしてると思ったのだろう、反応は薄い。
微妙な沈黙を見かねて助け船を出してくれたのはハロルドだ。
これぞ男の友情。
「要するに、魔物のいるサイーダ森林に入って実戦の空気を感じ取れって授業みたいですね。時間は昼過ぎまでですか。まぁ、暗くなれば危険が増しますから当然でしょう」
「んなもん楽勝だぜ。何てったって俺たちはすでに実戦を経験してるしな」
「おまえは、誰かに殴られて気を失ってただけだろう」
俺が言うとセシリアが吹き出したので、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし冒険者区での一件は、ロイドに妙な自信を持たせていたようだ。
あのときロイドを失神させたのは、おそらくブランドン先生だったのだろうと思う。
あのまま黒ずくめに向かっていったなら間違いなく返り討ちに遭っただろうから、ブランドン先生の判断は正しかったと言える。
そうこうしているうちに、樹竜クラスを先頭に西門に向かって歩き出した。
途中、何人かの冒険者が声をかけてくる。
「頑張れよー!」「気をつけてねー!」といった応援から、「雑魚掃除頼むぞ!」「今回は何人が泣いて帰ってくるかな~」などという半ば冷やかしの声もあった。
冒険者区の端にある西門の前に辿り着くと、樹竜クラスから順番に門をくぐり外へ出る。
今回の野外授業は事前に各クラス三つのグループに分かれている。
一クラスは二十人いるので七人、七人、六人となる。
もちろん俺たちはおなじみの六人でまとまった。
このグループが今日一緒に行動するパーティーというわけだ。
「ブレンダちゃん、……何だか緊張するね」
「みんな一緒だから大丈夫よ」
不安げなミリアムの髪をブレンダが撫でる。
ロイドは張り切っているし、ハロルドは順番を待ち遠しくしているように見えた。
セシリアは俺のポーチの中を覗き込んで、忘れ物がないか確認してくれている。
……いつも悪いな。
「心配性だな、セシリアは。ちゃんと傷薬は入っているよ」
「うん、そうね。中身は空っぽだったけれど」
「…………え?」
セシリアは俺のポーチから取り出した傷薬の容器を開けて見せた。
中には傷薬だったらしきものが、わずかに付着していた。
というか本来白色のはずの傷薬が変色して黄ばんでいる。
そして辺りに異臭がたちこめる。
「くっせぇぇぇっ! おい、セシリアっ蓋を閉めろ、蓋を!」
ロイドが鼻をつまんで俺とセシリアから距離をとる。
ブレンダとミリアムも顔を顰めている。
ハロルドは無言でロイド以上に離れた。
セシリアは容器の蓋を閉めると、それを自分のポーチに押し込んだ。
「あれ……? 前に使ったのいつだっけ……?」
「まったく、いつ使ったのかわからないのを持って来ないで。代わりにわたしが持ってきた予備を入れておくわね」
「ああ、ありがと」
セシリアは予備で持参したらしい傷薬を、俺のポーチに入れてくれた。
俺が忘れてくると踏んで用意していたのだろう。申し訳ない。
そこへブランドン先生がやってきた。
「さあ、きみたちの番だよ…………うっ。な、何だいこの臭いは?」
美形のブランドン先生の顔が歪む。
すぐにセシリアが頭を下げた。
「ごめんなさい、ブランドン先生。アルの持ってきた傷薬が腐ってたみたいで……」
「……そうなのかい? まぁ、いい。ほら他のみんなはもう門を出たよ。きみたちも急いだほうがいい」
ブランドン先生に促されて俺たちは西門をくぐり、ウルズの町の外へと出た。
草原が広がり、俺たちの目の前には草のない道が真っ直ぐ続いている。
遠くのほうにはサイーダ森林が見えていた。
「よし、じゃあ行こうか」
俺はみんなに振り返って言った。
0
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話
ルジェ*
ファンタジー
婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが───
「は?ふざけんなよ。」
これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。
********
「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください!
*2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる