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剣の神シスン

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 剣の神……、それは爺ちゃんに聞いたことがあるお伽噺の人物だった。
 遙か昔、この世界には多くの神がいたという。

 しかしある時、破壊の神が他の神々に宣戦布告し、この世界の覇権を懸けた争いが起こった。

 神々を圧倒的な力でねじ伏せた破壊の神は、最後に残った剣の神と熾烈な戦いを繰り広げ、その結果両者は歴史から姿を消した。

 剣の神が命を賭して世界を守ったという話だ。

「そうだ。その話に出てくる剣の神こそ、俺のことだ」

 剣の神は頷いた。

「あれは……ただのお伽噺じゃ……?」

 剣の神は静かに首を横に振る。

「事実、この世界に起こった話だ。細部はかなり端折られているがな」

 目の前の男が剣の神だとして、目的は何だ?
 俺はこんなことをしている場合じゃない。
 早く戻ってウェイン王子を追いかけないと……!

「お前が信じる信じないに関わらず、破壊の神はもうそこまでやって来ている。ヤツを完全な状態にすることだけは阻止しなければならない。それができるのはお前だけだ」

 破壊の神が……?
 ここに向かっているって言うのか!?

「そうだ。お前もその名は耳にしているはずだ。破壊の神デス。俺の因縁の相手でもある」

 デス……!?
 ちょっと待ってくれ……それって!
 それは、シリウスやアルダン達の片割れ……八本目の触手の名じゃないか!

「そう、破壊の神デスだ」

 剣の神は静かに語る。
 それは驚愕の事実だった。


 遙か昔、死力を尽くして戦った二人は永い眠りについた。
 数千年後、先に目覚めたのは剣の神だった。
 破壊の神デスが目覚めるまでは、まだしばらく時間があったようだ。
 剣の神は破壊の神デスを今度こそ確実に仕留める為に、策を弄した。
 他の神々がいなくなった今、剣の神ひとりでは到底太刀打ちできないと考えたのだ。

 人間、エルフ、ドワーフ、魔族。
 その為にはこの世界に住む種族の力が必要だと考え、クリスタルを創ったそうだ。

「クリスタルを……!」
「クリスタルは人々の可能性を引き出すことのできるものだ。完成するまでは苦労した」

 クリスタルは職業という、スキルの可能性を引き出すものだった。
 人間たちが最適な力を得るために必要だと考えたらしい。

 剣の神の思惑どおり、クリスタルによって職業を得た種族は様々な力を得た。
 それは元々人間たちが秘めていた力であり、何も知らなければ死ぬまで気づかないままであった力。
 その力を効率良く引き出すのにクリスタルは必要だったそうだ。

「いわばクリスタルとは、スキルを会得するための手助けになる存在だ」

 そして、その中から初代の【剣聖】が誕生した。
 人間の男であったらしい。


「クリスタルを創って、職業という概念を作ったのはあなただったのか……!?」
「そう驚くことではない。破壊の神デスを倒す為に必要な策のひとつにすぎない」


 剣の神は話を続ける。
 そうして、いずれデスと戦う時に戦力になるであろう何人かに目星をつけた。
 だが、デスが目覚めた時にタイミングよく揃うとは限らない。
 そこで、剣の神はまた新たな策を弄する。

 目星をつけた者達がいずれデスと戦えるように、その時まで眠らせることにしたのだ。


「まさか……!」


 俺はティアのことを思い浮かべた。
 彼女は二千年もの間、何者かに氷漬けされていたのだ。
 もしや、あれはこの剣の神の仕業なのか……!


「魔法文明時代末期のリオネス王国。その姫にして絶大なる魔法の才能を持つ者、ティアカパン。彼女もそのひとりだ」


 何だって……!?
 俺は頭が混乱しそうになった。
 俺の様子に構うことなく、剣の神は話を進める。


「お前もそのひとり……いや、お前こそ破壊の神デスを倒すことができる唯一の力を秘めているのだ。何しろ俺の力を受け継いでいるのだからな」
「え……!?」


 俺が……剣の神の力を……?


「全てではない。俺はかなりの力を策を張り巡らせるのに使ってしまった。間もなく完全に消滅するだろう。俺に残された力の欠片。それをお前が生まれる際に受け継がせた。商人の夫婦の間に生まれる子だったお前に、俺の方が引き寄せられたのだ。何故かはわからない。そういう運命だったのだろう。だが、俺は自分の勘を信じ力の欠片……その一部をお前に受け継がせたのだ」


 ………………!


「今考えれば、滅ぼされた神々が俺とお前を引き合わせてくれたのかもしれない。しかし破壊の神デスはそれを見逃さなかった。生まれたばかりのお前を殺そうとしたのだ。結果はお前も知ってのとおり、両親は命を落としてしまったが当時の【剣聖】に助けられた」


 そんな……!
 俺の本当の両親を殺したのは……破壊の神デスだと言うのか!
 いや、その時は魔王によって八つに分かたれたあとだから、八本目の触手になるか。

「魔王と呼ばれていた男も自身の使命には気づいていたようだな。しかし、他の種族と協力することは受け入れなかったようで残念だ」
「え……、そんな……まさか魔王も破壊の神デスを倒すためにあなたが眠らせていたとでも……?」
「ああ、そうだ。あの男にも十分な素質はあった。だが、結果はこの有様だ。そして、もうこの世にはいない」


 五十年前、破壊の神デスは眠りについている時に、魔王に不意打ちを受けたようだ。
 その為、本来の力を発揮する前に魔王によって八つに分断されてしまったそうだ。

 八本目の触手として破壊の神としての人格が残っていたデスは、いずれ脅威になるであろう俺を見つけ殺そうとしたらしい。

 それを爺ちゃんとバジルさんに助けられたのだ。


「お前を拾った【剣聖】が、シスンの名を授けたのは偶然……いや必然だったのだろうな。お前の戦いを見てきたが、間違いなく歴代最強の【剣聖】だろう」


 俺が……歴代最強の【剣聖】!


「今こそ、破壊の神デスを仕留める絶好の機会。これを逃せば恐らく次はない。お前が負ければ世界は滅びると思え」
「…………!」


 俺は今まで感じたことのない緊張を覚えた。
 剣の神は間もなく消えてしまうのだという。
 そして、二度と目覚めることはないらしい。

 今この場所に破壊の神デスが向かっているという。

 どうしてそんなことに……と思った。
 剣の神によると、東の街に向かった六本目の触手シリウスはまず南の街で一本目の触手ポムを取り込んだらしい。
 八本目の触手デスに対抗するには不安があったからかもしれない。
 そして東の街で八本目の触手デスを取り込むつもりが、返り討ちに遭い逆に取り込まれてしまったらしい。

「八つに分かれた力をひとつにしてはならない。できることならその前にデスを消滅させてかったが、それも遅かったようだな」
「ちょっと待ってくれ! アルダンの話では八つのうち三つの触手は死んでいると聞いたぞ」
「ああ、確かにそうだ。それらはおまえが倒したのだったな」
「……えっ!?」

 俺が……?
 どういうことだ!?

「五本目の触手はアンドレイという名だ。その者と戦ったことはあるだろう?」
「アンドレイ!?」
「アンドレイは三つの触手を取り込んでいたのだ」
「まさか俺がアンドレイと戦った時に斬った触手がそうだったのか……!?」
「そうだ。アンドレイだけは生き延びたようだがな。話を戻すが、死んだ触手は完全には消滅してはいない。まだアンドレイの中に死体が残っているからな。シリウスの再生能力があれば蘇生は可能だ」
「そ、そんな! だとしたらシリウスを取り込んだデスがアンドレイを取り込めば……!」

「破壊の神デスは完全体となる」

 剣の神は沈痛な面持ちで告げた。


 一本目の触手 ポム シリウスに取り込まれたのち、デスに取り込まれた

 二本目の触手 死亡 アンドレイに取り込まれた

 三本目の触手 死亡 アンドレイに取り込まれた

 四本目の触手 死亡 アンドレイに取り込まれた

 五本目の触手 アンドレイ 所在不明

 六本目の触手 シリウス デスに取り込まれた

 七本目の触手 アルダン シリウスに取り込まれたのち、デスに取り込まれた

 八本目の触手 デス 東の街に出現 シリウスを取り込んだ


「アンドレイをデスに近づけてはならない。それはわかるな?」
「だけど、アンドレイがどこにいるのかなんて……俺には見当もつかない」
「今は冒険者に寄生しているようだな。この辺境に向かっている」
「冒険者に……!?」

 アルダンはそれぞれがどこにいるか感じることができると言っていたから、デスはアンドレイの所在を把握しているのだろう。
 待てよ……デスがここに近づいているということは……。


「お前も気づいたようだな。五本目の触手であるアンドレイがここに向かっているのだろうな。デスはそれを取り込む気だろう」
「だったら早く戻らないと!」

 辺りを見回すが、ここは精神世界で俺の心の中だ。
 どうやって出るのかわからない。

 剣の神は腰の剣を抜いた。
 封印剣……!

「この剣の名は封印剣シスン。何代目かの【剣聖】が俺の名にあやかってつけた名だ」
「封印剣シスン……!」
「俺の残り時間は少ない。デスがここに来るまでの僅かな時間だが、俺が修行をつけてやろう」
「え…………!」

 剣の神がそう言って封印剣シスンを構えると、俺の右手に失ったはずのドラゴンブレードが完全な状態で再現された。

「おまえには素質はあるが、それを活かしきれてはいない。そして今のままならおまえはデスに勝つことさえできないだろう。そこでだ、俺が鍛えてやる。俺の命を賭けてな」
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