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主従契約

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 俺が説明している途中、クラトスさんがエステルを起こしに行ってこちらに連れてきたり、アーシェが火竜の牙を叩き折って荷物にまとめてたりということがあった。

 今、俺達の目の前ではクリスタルが淡く輝いている。

「それじゃあ、この子は魔法文明時代のお姫様なの!?」

 説明を終えると、アーシェは目を丸くして言った。
 マリーさんとクラトスさんは、驚きで声も出ないようだ。
 それはそうだろう。
 二千年前に存在したとされる魔法文明時代。
 その時代に生きていた人間が、今目の前にいるのだから。

「さっきから何を話しておる。妾のわかるように説明せい」

 俺達も信じられないが、ティアカパンにとっても同じだろう。
 気がついたら二千年経っていたなんて。
 しかも、彼女はひとりだ。
 家族や仲間なんかは、もうこの世にいないだろう。

「ところで、このクリスタルはどうやって持ち帰るんです?」

 俺は目の前にそびえ立つ水晶体を見て言った。

「妾の話を聞け」

 マリーさんが、「こほん」と咳払いをして頷いた。

「本来なら転移の魔法で私達の脱出とともに、地上へ運び出します。その後は手配した馬車の荷台に乗せて、しかるべきところへ搬入します」

 しかるべきところというのは、このクリスタルが設置される予定の教会らしい。
 どの教会に置かれるのかは、クリスタルの内容次第だといいう。

「ええい! 無視するでないわ。一体どういうことなのじゃ?」

 ティアカパンがさっきから話に割り込もうとするが、彼女の身に起こった事態を納得させるのは難しそうなので、自然とみんなスルーしてしまっていた。

「しかし、今回の地下ダンジョンは転移魔法が無効化されるとの、シスンさんの話です。となると……」

 マリーさんが困ったように顎に手をあてて思案しようとすると、アーシェが元気よく手を挙げた。

「はーい。私が担いでいけばいいんでしょ? 多分、大丈夫だと思うわ」
「いや、それは流石に……」

 アーシェはクリスタルの前に歩いていき、腰を落としてそれに両手を回した。
 そして、大人の身長ほどあるクリスタルは持ち上がった。

「あ、いけそうよ。でも、これじゃあ前が見えないわ」

 クリスタルは半透明だが、これを持ってこの地下ダンジョンを歩くのは現実的じゃない。
 どうしたものかと思っていると。

「何を馬鹿なことをしておる。クリスタルなぞ、こうじゃ」

 ティアカパンがクリスタルに向かって、ぱちんと指を鳴らすと、それは瞬く間に小さくなっていく。

「「「「「えええっ!?」」」」」

 全員があり得ない光景をみて、驚きの声を同時に上げた。
 今目の前の床にぽつんと置かれているのは、レアクリスタルほどの大きさになったクリスタルだ。

「お主ら自分のことを田舎者と言っておったが、本当にものを知らぬようだの」
「古代魔法……」

 エステルがぼそりと、つぶやいた。

「確かに見たことのない魔法ですね。エステルさんの言うとおり古代魔法かも知れません」
「そうなんです。それにクリスタルは魔法文明時代の遺物と言われてましたから、ティアカパンさんがその扱いを知っているということは……彼女が本物と言っているようなものです」

 少し前まで半信半疑だったティアカパンの話だが、クリスタルに使った古代魔法らしき不思議な魔法を目の当たりにして、一気に信憑性が高まった。

 エステルなんかは、研究が飛躍的に進むと大喜びだ。
 マリーさんもこの手段でクリスタルの移動が行えるならば、冒険者ギルドに革命が起きると珍しく興奮していた。

 俺がそんなみんなの様子を見ていると、脇腹を誰かが突いてきた。
 顔を向けるとティアカパンが妖しい笑みを浮かべて、体をくねらせていた。

「どうしたんだ? 腹でも痛いのか?」
「ち、違うわ! お主というやつは……いいから、妾の話を黙って聞くがよい」

 唐突にティアカパンは自分語りを始めた。
 彼女が言うにはとてつもなく重要な話で、国中の民が歓喜するほどの内容だという。
 そう前置きされると、俺達は黙って耳を傾ける他ない。
 エステルは紙を取り出して、メモをとる準備までしている。
 二千年前の魔法文明時代の人間が、重要と前置きするほどの話だ。
 エステルにとっては一言一句聞き逃せないだろう。

「ええと……な。妾は父上や城の大臣から、日頃から見合いを勧められていたのだが……」

 ティアカパンの話では、周りから成人したので結婚を勧められていたが本人にその気はなかったそうだ。
 その理由が、自分より強い男でないと嫌だったらしいのだ。
 結婚相手に勧められたのは、軟弱な貴族ばかりだったようだ。

 それで、俺に負けたことを思いだして、急に恥ずかしくなったということなのだけど……。
 どうやら、初めて自分を負かしたのが俺らしい。
 …………ん?

「妾はお主に負けた。なので、お主を妾の夫として……」
「ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ! だいたい、シスンは私の……」

 アーシェが割り込んで言いかけたが、みんなの視線が集中して口ごもってしまう。

「何だ? お主、まさかこの男の妻ではあるまいな?」
「ち、違うわよ! まだっ!」
「まだ? ふぅん……まだということは、いずれその約束でもあったのか?」
「えっ……。そ、それは……」

 アーシェがしどろもどろになって、目を泳がせる。

「シスンが結婚……。シスンが結婚……。シスンが……」

 エステルはどこか虚ろな目で、決定事項でもないことを繰り返しつぶやいていた。
 ティアカパンは全員の顔を見渡してから、俺の目を真剣な表情で見据える。

「すぐにとは言うてはおらぬ。妾にも準備というものがあろう。しかし夫と言えば主人じゃ。今日からシスンは妾の主となるのじゃ。妾は主様の為ならば、剣にも盾にもなろう。降りかかる火の粉は、妾の魔法でドカンじゃ」

 そしてティアカパンは俺の前に跪いて、恭しく頭を下げた。

「お、おい。俺はまだ何も言ってないぞ?」
「王族が民に求婚したのじゃぞ? それだけでもあり得んことなのに、それを反故にする気か……主様?」

 演技だろうが、急に弱々しい表情で見つめてくる。

「いや、あのなティアカパン……」
「ティアでよい」
「いや、だから……」
「おお、そうじゃ。肝心なことを忘れておった。ちゃんと契約を結んでおかんとな」

 言ってティアは俺の胸元へ急接近して、目を瞑って顔を近づけてきた。
 こ、これは……!?

「主様。妾に恥をかかさせんでくれ。ほれ、誓いのキッスを……」
「いや……、ええと……」

「やめんかぁあぁあぁぁあっ!」

 アーシェがティアをぐいと俺から引き剥がす。

「離せ! 離すのじゃ!」
「いいから、シスンから離れなさい!」

 アーシェに羽交い締めにされたら、いくら魔法文明時代最強の魔法使いといえど力では抵抗できない。
 そのまま、俺達の輪の外に放り出された。

「うぬぅ。妾を除け者にしおって」
「シスンに近づいたらまた引き離すだけよ?」
「妾は契約を結ぼうとじゃな……」
「だから、契約とか言ってその……変なことするからじゃない。大体、契約って何なのよ?」
「決まっておろう。主従の契約じゃ。妾が主様に対して、絶対服従をする為のな」

 絶対服従って……。
 何だか不穏な響きだな。
 ええと、それより今は地下ダンジョンから出るのが先決だ。
 アーシェとティアが話をしている間に、ここから出る方法をマリーさんに相談しておこう。

「マリーさん、ここからどうやって出ます? 入って来た通路だと穴を登ることになるので、ちょっと難しいですよね?」

 俺やアーシェならいくらか手段があるが、他のみんなは無理だ。
 地上に繋がる別の通路があれば、それに越したことはないが。

「そうですね。まさか転移が使えない上に、このようなほぼ一方通行の地下ダンジョンだとは、思いもしませんでしたから」
「エステルは何か案ある?」
「はい。ええと、ティアカパンさんはどこから入ってきたのでしょうか? あたし達と同じか、それとも……」
「それだ!」

 俺はティアに近づいていく。
 アーシェとティアは睨み合っていた。

「あ、シスン! 近づいたら危ないわ! 私の勘がドラゴンより危険だと言っているのよ」
「おぉ、主様! この凶暴な女を何とかしてくれぇ!」
「ティア。お前はどこから、ここに入ってきたんだ? 俺達帰り道がなくて困ってるんだ」

 俺が尋ねると、ティアはぱあっと目を輝かせて、「こっちじゃ」と俺の手を引いて歩き出した。

「ちょっと! シスンから離れなさいってば!」

 それを見て、みんなが荷物を背負って後に続く。
 クリスタルが置かれていた後ろの壁に向かう。
 その壁には何もない。

「行き止まりだぞ? ティア、ここでいいのか?」
「うむ。妾はここから入ってきた。隠し扉というやつじゃ」

 ティアが壁に手を翳すと、その部分が沈んで通路が現れた。
 俺達はその通路を進み、突き当たりにあった階段を上った。
 しばらくして、俺達は地上に辿り着いたのだった。



「こんなところに繋がっていたのか」

 辺りを見渡すと、ここはナタリヤ平原のようだ。
 遠くの方に遺跡と複数の人影が確認できる。

「ありがとう。助かったよ…………ティア?」

 ティアに感謝を述べて彼女を見る。
 しかし、ティアは目を大きく見開いて固まっている。
 どうしたんだろう?

「おい、ティア。どうした?」
「主様……。ここはどこじゃ? 火竜の迷宮の前に広がっておった山岳地帯はどこじゃ!? ここにあった砦はどこじゃ!?」

 ティアは狼狽したようにふらふらとした足取りで、辺りを行ったり来たりしている。

「シスン。理由はわかりませんが、ティアカパンさんが魔法文明時代の人物だというのは事実でしょう。彼女がいた時代と地形が変わっていて、それが理解できずに困惑しているのでしょう」

 エステルが俺に耳打ちしてくれる。
 ティアには辛い現実を突きつけることになるな。
 その役目は俺が引き受けるしかないか。

 俺は地面に両手をつき涙を浮かべているティアの肩に、そっと触れる。
 ティアが顔を上げた。

「主様よ……。妾はどうなってしまうんじゃ?」
「ティア。話は長くなるし、色々決めなきゃならないこともあるから、一旦は俺の家に来ないか?」

 背後でアーシェが何か言っているが、マリーさんが宥めてくれているようだ。
 ティアは涙を拭って、立ち上がった。

「主様の?」
「ああ。ネスタという街にある小さな家なんだが」
「……ネスタ? 聞いたこともない街じゃ……」

 エステルが傍で、「ネスタは百年ほどの歴史しかありませんから」と教えてくれる。
 しばし逡巡した後、ティアはおもむろに俺の手をとった。

「わかった。主様の言うとおりにしよう。妾は主様のものなのじゃから。妾の言葉に嘘偽りがないことを証明する為に、契約はしておこう」

 ティアは俺の手に顔を近づけて、手の甲に唇を触れさせた。

「あーっ!」

 アーシェが突然、甲高い悲鳴に似た声をあげる。
 その瞬間、俺とティアはまばゆい光に包まれた。
 光はすぐに収まった。
 みんなが何が起こったのかと集まってくる。

「あんた、シスンに呪いとかかけたんじゃないでしょうね?」

 アーシェがティアに詰め寄る。
 ティアは動じずに薄く笑った。

「呪いと言えば、呪いかの」

 え?
 俺は何も感じなかったが、何か呪いの魔法をかけられたのか!?

「なんせ主様を裏切ったら、妾が死ぬ契約だからの」
「「「「「えええっ!?」」」」」

 なんと、ティアは忠誠の証として自身にとんでもない呪いを行使したのだ。
 そんなことをしなくてもよかったのにと思うが、それではティアの納得がいかないらしい。
 アーシェはぶーぶー言っていたが、しばらくティアの身柄は預かることにした。
 ちなみに年齢は十六歳らしいので、俺やアーシェよりひとつ下になる。

 そして、驚いたのがエステルの申し出だった。
 彼女も俺のパーティーに加入するという。
 理由を聞くと、ティアカパンのことをもっと知りたいそうだ。
 魔法文明時代のことを勉強していただけあって、研究に余念がない。
 アーシェは「本当にそれだけ?」とエステルに詰め寄っていたが、エステルは慌てて頷いていた。 

 こうして、俺とアーシェのパーティーにティアとエステルが加入したのだった。
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