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第2章 「俺の【成り上がり】編」(俺が中二で妹が小四編)

第51話 俺は【逆徒】火村と対決する

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 葛葉さんと郡道さんがマンションに入って五分が過ぎた。火村はこのマンションの最上階である十二階の一室を住処にしているらしい。このマンションの構造上、各部屋のドアは外側からは見えないようになっている。俺は火村の部屋に該当するベランダとマンションのエントランスを交互に警戒しながら、緊張と不安が入り交じった感情と若干乱れた呼吸を整えていた。
 そんな俺の様子が気になったのか、長老が杖をつきながらこちらに歩いて来る。

「心配か、小僧?」
「……そりゃあ、心配ですよ。俺は二度も火村の強さを目の当たりにしてますから」

 一度目は去年の七月、蘭子さんと交戦中の火村を目撃した俺は、ヤツに殺されかけた。何とか蘭子さんの【異能】で命を取り留めたが、その結果蘭子さんは【異能】を使う度、体に負担がかかるようになってしまった。
 二度目は去年の十二月、俺の学校でクラスメイトである瀬戸の【異能】が暴走した時だ。あの時の火村は俺たちをもて遊ぶように、明らかに手加減していた気がする。
 たった二度の遭遇だけど、ランクA級がどれほどの化物か嫌と言うほど味わわされた。

「火村に恐怖を刻まれたんじゃな。安心せい。今日すべて片がつく。中に入った葛葉と郡道ちゃんと、そこの西野はウチの組織内でもB級の上位三人じゃ」
「B級の上位……ですか?」

 え……と、その内二人は俺に負けてるんですが……とは言える雰囲気ではない。長老は自信ありげだし、何より葛葉さんが言った「郡道は坊主より強いで」が、頭に残っている。
 長老が言うには、ウチの組織には約四百人の【異能】が所属しているらしい。ランクA級はこの長老を含めてたった四人しかいないので、百人にひとりの才能ってわけだ。そしてB級は三十人で、残りの三百七十人ほどがC級以下ということになる。
 え……? ということは四百人中の五位から七位が葛葉さん、郡道さん、西野課長ってことなの!? マ、マジかよ……?
 そして俺は現在C級だから、組織内では有象無象のひとりに過ぎないってことなんだが、蘭子さんから訊いた話では俺には潜在的な力があり、俺の【四大元素】――将来S級の見込みあり――と蘭子さんから受け継いだS級の【異能】を合わせて、とんでもない力があるそうだ。俺のポテンシャルに気づいているのかいないのか、長老が俺に下した判定は四月の時点でC級だ。さあて、あれから二ヶ月経った俺の【四大元素】は今何級だろう?
 俺が長老から組織の話を聴いていると、後ろで待機していた椎名先輩が声を上げた。

「来たわ! ベランダから飛び降りた! ここへ着地するわよ!」
「西野!」
「はっ! お前たち戦闘準備だ! 火村を【結界】から逃がすなよ! 一般人に被害を出してはならないっ!」
「え!? 飛び降りたって……マジか!?」

 考える間もなく、俺たちの目の前に火村が衝撃音とともに着地した。そして、すぐに横に跳んだ。数秒遅れてほぼ同じ位置に着地したのは郡道さんだった。なるほど、火村は郡道さんの攻撃を躱すために移動したのか。それにしても、二人とも十二階から飛び降りるなんて、あり得ないだろ……!? 郡道さんができるのなら、俺も可能なのか? いやいやいや、恐くて試したくないな……。

「包囲されてましたかぁ。いやぁ、まったく気がつかなかったです」

 これだけの面子に囲まれているというのに、火村は口元の笑みを崩さない。まったく動揺しているように見えないのは俺だけか? 八人だぞ? 八人相手に本気でやり合うつもりなのだろうか?

「しっ!」
「いい蹴りですねぇ! その美しい脚を切り刻むのが楽しみです」

 火村と戦っているのは郡道さんだ。下手に割って入れないほどの近接戦だ。長老と西野課長はまだ動く気はないようだ。椎名先輩とマイちゃんは戦いに備えてか、【増幅】姿勢に入っている。星川先輩は構えて、菜月は俺の傍で拳を握っている。俺も今のうちに菜月と【増幅】しておくか。ん? 郡道さんと行動していた葛葉さんはどうしたんだろう? まさか、火村にやられて……!?
 俺が考えている間も、郡道さんと火村が一進一退の攻防を繰り返している。まるで初めて火村に遭遇した時の、蘭子さんと火村の戦いを見ているようで、どちらも強者だとわかる。
 確かに葛葉さんが言ったように、俺と模擬戦した時より今の郡道さんのほうが数段上に見える。しかも今は打撃系の技だけで攻撃を組み立てている。得意の寝技より、こっちのほうが強いじゃねえか!
 だが若干押しているのは火村で、交戦中の二人の表情は火村が余裕っぽい不気味な笑みを浮かべているのに対して、郡道さんは必死な表情だ。その呼吸も荒くなってきている。隙があったのか、火村のナイフが蹴りを放った郡道さんの左ふくらはぎを斬り裂いた。鋭利な刃物でも斬れないと言われる訓練着が破れて、そこから鮮血が飛び散った。

「【増幅】を使う! 椎名千尋、五秒稼げ!」
「はいっ!」

 西野課長が叫んで、椎名先輩が準備はできていたとばかりに返事をする。負傷した郡道さんが一旦退くと、既に【増幅】を終えていた椎名先輩とマイちゃんが入れ替わりで矢面に立つ。
 おい!? ランクD級の椎名先輩とE級のマイちゃんで大丈夫なのか!? と戸惑ったが、俺が動くよりも先に長老が普段から想像できないスピードで動いた。

「嬢ちゃんたちは守りに専念せい! 時間を稼ぐだけで十分じゃ!」
「「はい!」」

 おおお!? 長老が格好いいセリフを吐きながら、杖を武器にして火村のナイフと攻防を始めている。椎名先輩は火村がその場から動けないように退路を潰しつつ、自らの守りも警戒して怠ってはいない。

「あんっ……!」

 緊迫した戦闘に似つかわしくない声が聞こえ、悲しいかな俺の顔はその方向へ向いてしまった。
 その瞬間、俺は目を疑った。西野課長がゴリラのようなゴツゴツした手で、郡道さんを後ろから抱きしめて、あろうことかそのおっぱいを鷲掴みにしていたのだ。もう片方の手は郡道さんの下腹部のほうへ伸びている。郡道さんは、恍惚な表情でゴリラ……、いや西野課長に身を委ねていた。今日の郡道さんの服装は、ノースリーブワンピースにニットカーディガンを羽織っている。脚をみるとその下には訓練着を着用しているのが一目瞭然だ。そのワンピースをゴリラの無骨な手が縦横無尽に這い回り、新たなシワを生み出している。
 マジか!? 郡道さんとゴリラって【異能】と【増幅者】の関係だったのか!? というか、ゴリラはこんな時まで無表情かよ!?

「んっ……!」
「郡道沙織! 【増幅】完了だ! 行けっ!」
「了解……ですっ!」

 ゴリラに背中を押された郡道さんは、怪我がなかったかのように勢いよく地面を蹴ると、火村に向かって行った。それに気づいた長老たちは入れ替わるように、一斉に後ろへ下がる。さっきとは一転して、今度は郡道さんが優勢に見える。動きも見違えるようなスピードだ。脚を負傷しているとは思えない動きだった。一方、押されている火村からは笑みが消え、冷たい目で周囲を睨みつける。途中で、俺とも目が合う。【増幅】した郡道さん相手に、まだ余所見して戦う余裕があるのか?
 ナイフを握っている火村の右手に、郡道さんの拳が激突した。火村はナイフを落とすが、それには目もくれない。郡道さんの追撃が迫っているからだ。火村は郡道さんの蹴りを素手で捌く。捌いた手の甲には、先ほど負傷した郡道さんの血がついていた。火村はその血を舌を出して舐め取ると――――

「全員、防御姿勢ぇっ!」

 西野課長が叫んで、全員身を固める。しかし次の瞬間、郡道さんが崩れ落ち、椎名先輩、マイちゃん、星川先輩は片膝をついている。長老と西野課長は防御姿勢で凌いだのか、その場で耐えていた。そして、俺の目の前には火村が迫っていた。

「お兄ちゃん! 【増幅】終わってるよ!」
「オーケー!」

 火村が懐から新たなナイフを取り出すと同時に、俺は最大威力で【四大元素】をぶっ放した。火村が目を見開いて驚いた様子が垣間見えた。火村は俺が前回戦った時のランクE級程度の相手だと油断していたのだろう。その油断はハンデとして受け取っておく。あれから半年だぞ? 俺の【四大元素】がどれほど成長したのか、その痛みを以て思い知れ。このタイミングなら間違いなく直撃だ!

「一撃で決めてやるぜっ! 【紫電龍顎衝《しでんりゅうがくしょう》】!」
「っ……!?」

 俺の右手から龍が舞うように迸った紫電は、火村の全身に絡みつくと激しい破裂音を響かせた。
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