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第2章 「俺の【成り上がり】編」(俺が中二で妹が小四編)
第48話 俺は菜月と猛特訓する
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西野課長は失言したとばかりに、それ以上は何も語らなかった。蘭子さんは社長との面会が長引いているのか、終わる様子もなかったので、俺はひとりで電車に揺られ家路に着いた。
翌日、蘭子さんに問い詰めると、あっさりランクS級だったと認めた。蘭子さんの語った話に俺は驚きを隠せなかった。
組織最強の【異能】御伽原樹の死後、御伽原家に養子に入ったっていうのも驚愕だが、蘭子さんがランクS級だって……? そんなこと一言も……。……あれ?
俺はランクの説明を受けた時のことを回想する。
『ちなみに蘭子さんと椎名先輩は組織のランクで何級なんですか?』
『隼人くん、私はD級で蘭子さんは……』
『あたしは……B級相当だ』
あの時……、そうだ、濁したようにB級相当と言っていた。俺を助けるために【異能】を使って、その力の大半を失くしてしまった……? だから今は、B級相当の【異能】になってしまったのか……。
「蘭子さんの【異能】が……、俺の中に……?」
俺は制服越しに胸の辺りに手で触れて、ゴクンと唾を飲み込んだ。
「隼人を巻き込んでしまったのは、完全にあたしの不手際だ。あたしがもっと用心深く火村に対処していれば、隼人もここまで【異能】に深く関わることはなかったかもしれない。火村を圧倒できると考えがあった……、油断としか言いようがない」
蘭子さんは申し訳なさそうな表情で、俺の手の上から胸に触れる。
「蘭子さん……、そんなに気に病まないでください」
「……?」
「俺は蘭子さんの【異能】で助けられる前の時点で、既に【四大元素】に目覚めてました。その時は菜月も【四大元素】が使えると知らなかったから、自主トレみたいな感じでやってましたし。だからあの夜、蘭子さんと火村に遭遇しなくても、いずれ組織には関わっていたんじゃないかと思うんです」
「隼人……」
「確かに死にかけましたが、あの夜は俺が深夜にも関わらずコンビニへアイスを買いに行こうとして、起こったことです。だから、俺の不注意でもあるんです。それに、蘭子さんは自分の身を削ってまで、俺の命を救ってくれた。というか、命の恩人じゃないですか。頭を下げるのは俺のほうです」
これは俺の本心だ。蘭子さんは俺に負い目を感じなくてもいい。俺の言葉を蘭子さんがどう受け取ったのかはわからない。だけど、蘭子さんは「ありがとう」とだけ言った。それで十分だ。俺は仲間を傷つける【逆徒】は許さない。そう心に刻んだ。
「さしあたって、今後火村との接触に備えて、あたしが【異能】のすべてを教えてやる。元S級の戦い方も含めてだ」
蘭子さんが言ったとほぼ同時に、事務所のドアが開いた。ソファに座っていた俺と蘭子さんが振り返ると、そこにはいつもと違うシリアスな表情の伯父さんがいた。
「すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだが、少し前から話は聞かせてもらった」
「伯父さん!?」
「進藤か……。ああ、隼人、あたしが呼んだんだ。ちょっと話があってな」
伯父さんは片手をポケットに入れたまま、こちらに歩いてくると、蘭子さんの隣に腰を下ろす。そして格好良く、脚を組んだ。
「御伽原のすべてか……。非常に気になる。俺にも是非教えてもらいたい」
伯父さんが一転、シリアス顔を崩してニヤけ顔で鼻を膨らませた。
あ……、やっぱり伯父さんはエロい妄想してるんだ……。さいてー。
直後、蘭子さんに脇腹をつねられる伯父さん。これは自業自得としか言いようがない。
「い、痛い。御伽原、痛いって! お前、それよりタブレットを弁償してく……、痛い痛い痛いっ!」
「正しく仕事だけに使用するなら、最新機種で新品を買ってやるが、どうせロクな使い方をしないだろう」
「ははは……」
俺は二人のやり取りを見て、乾いた笑いのあと、ため息を吐いた。
蘭子さんは伯父さんと仕事の打ち合わせがあると言うので、俺は菜月の特訓を含めたスケジュールだけ簡単に相談した。ゴールデンウィークの予定を母さんに訊いたら、去年の夏に行けなかった田舎のじいちゃんのところに行くと言っていた。五月三日から五月五日の二泊三日で、じいちゃんのところに行く予定だ。で、六日が土曜日だから、六日と七日の二日間に蘭子さんと菜月と俺の三人で訓練をすることになった。伯父さんも来たそうにしていたが、蘭子さんが絶対に来るなと釘を刺していた。
◇ ◇ ◇
五月六日、午前十一時。
俺と菜月は訓練施設にいた。今ここには蘭子さんと俺と菜月の三人だけだ。伯父さんはどうやら諦めたようだ。じいちゃんの家から昨日の晩に帰ってきたので、少し疲れていたが訓練はちょっと楽しみだった。菜月は小学生で体力がないせいか、行きの電車では爆睡していた。訓練着に着替え終わった今も、眠気が取れていないのか目を擦っていた。訓練前の準備運動をしていると、ようやく菜月の目も覚めてきたようだった。
「さて、それでは訓練を始めよう。準備はいいか?」
「「はい!」」
まずは【増幅】の復習からだ。現在俺は【増幅者】である菜月と【増幅】をしなくても、先月の模擬戦で示したように十分強力な【四大元素】を行使できている。これも今となってわかったことだが、ランクS級の蘭子さんの【異能】の一部が俺の中にあることが原因だろう。その俺が【増幅】を使えばどうなるか。試してないのであくまで推測になるのだが、恐らく葛葉さんにも勝てるだろう。もしかしたら、蘭子さんにも勝てるかもしれないが、それは現時点ではちょっと自信はない。だから、この訓練で菜月の【四大元素】を底上げしておきたいのだ。
よし、今日は訓練に専念するぞ! と意気込んでみたものの、やはり目の前にナイスバディの蘭子さんがいると、先日の伯父さんを踏まえた開脚ゲームを思い出してしまうし、その肢体に目がいってしまう。いかに訓練着が伸縮性があるといっても、蘭子さんの胸元を見るとその素材の限界を知りたくなってしまう。ダメだ、俺は訓練をしにきたのに……。ふと菜月を見ると、自分の平らな胸を両手で押さえていた。しまった……、俺の視線が蘭子さんの胸に釘付けになっているのに気づいて、自分の未成熟な胸を気にしてしまったのだろう。菜月、大丈夫だよ。まだ小学生だし、そんなに気にすることはないよと心の中でつぶやいて、菜月の頭に手を置いた。
「……お兄ちゃん?」
「さあ、訓練するか!」
「うん!」
最初の一時間は【増幅】の訓練をし、次の一時間は戦闘時の立ち回りを学ぶ。菜月も運動神経は良いほうなので、滞りなく訓練は行われた。
午後一時になると、蘭子さんが休憩も兼ねて昼食にしようと言った。俺たちは着替えて、御伽原建設本社ビル近くにあるオシャレな洋食屋に入った。やっぱりこの街の中心部だけあって、店も沢山ある。蘭子さんはあらかじめ、この店を予約していたようだ。蘭子さんに勧められるまま、この店オススメのハンバーグランチを注文する。俺と菜月はジューシーなハンバーグに舌鼓を打った。蘭子さんは、そんな俺たち兄妹を微笑ましそうに眺めている。樹さんと蘭子さんの兄妹のようだった関係を、俺たちに重ねているのだろう。
「ランちゃん、このハンバーグとっても美味しいです!」
「そうか、それは連れてきた甲斐があった」
菜月がハンバーグを口に頬張りながら、満面の笑みで蘭子さんに言った。蘭子さんは嬉しそうに口元を綻ばせた。
食後のコーヒーを飲んで腹を満たしたところで、俺たちは訓練施設に戻り訓練を再開する。
ここからは、さっきの戦闘時の立ち回りを実戦形式で行う。つまり、蘭子さんVS俺と菜月という模擬戦だ。
それにしても、菜月は本当に運動神経が良いな。蘭子さんに言われた動きを完璧にマスターしているようだ。うん、俺なんかより全然いい動きだ。俺は菜月ほどの運動神経を持ち合わせてはいないが、それを【四大元素】でカバーしている感じだ。もし俺が空手や拳法の達人だったなら、【四大元素】と合わせて凄ぇ強いヤツになっていたんだろう。
二時間たっぷり訓練をして、時刻は午後四時半過ぎになった。蘭子さんが今日の訓練はこれで切り上げようと言うので、俺と菜月はその場にへたり込んだ。だが俺たち以上に疲労困憊なのは蘭子さんだ。その場に大の字になって、荒げた呼吸を整えている。これも俺に【異能】を分け与えた結果だと理解する。俺は申し訳ない気持ちになったが、蘭子さんは俺がそう考えることを望んではいないと知っているので口には出さない。蘭子さんが起き上がるのを待って俺たちは訓練施設を後にして家路に就いた。
「今日の訓練は辛くなかったか?」
「ううん。疲れたけど、楽しかったよ」
「そうか」
菜月が俺や蘭子さんに気を遣って、嫌々訓練に参加しているのかもと少し懸念したが、それは杞憂だったようだ。
翌日の訓練二日目、【増幅】の訓練から始まり、昨日学んだ立ち回りの復習。昼食休憩を挟んで――昨日とは違う店でご馳走になった――、実戦の応用編として特別ゲストのサプライズがあった。俺は嫌な顔をしたが、隣の菜月はジャンプして嬉しそうだ。何故?
「よお、坊主。今日は俺とランちゃん二人で相手したるわ」
「いや、昨日菜月と二人がかりでも蘭子さんに勝てなかったのに、そっちも【増幅】使われたらこっちに勝ち目ないでしょう……」
そうなのだ。昨日は結局一度も蘭子さんに勝てなかった。菜月との【増幅】を使ってもだ。それが、葛葉さんも加わるとなると、ますます俺たちの勝てる目がなくなってしまう。
「実戦では相手も【増幅者】を連れているケースもある。こういう戦いを経験しておくだけでも、いざというとき役立つものだ」
いざ模擬戦が始まると、改めて蘭子さんと葛葉さんの連携の凄さを知った。蘭子さんが直ぐにバテるのを計算して、葛葉さんが上手くフォローしているのがわかる。葛葉さんの運動量は尋常じゃない。結局、一度も勝てないまま訓練は終わった。だけど葛葉さんを何度か片膝をつかせるまで追い込めたのは、この二日間の訓練での成長はあったんだと自信がついた。
「どうしたんだ? 拗ねてるのか?」
「……ううん」
帰り道のことだ。最寄り駅に着き、並んで歩く菜月が頬を膨らませている。電車内でも何か考え込んでいる風だったが、今日の訓練は昨日以上にハードだったから嫌になったのかもと考えてしまう。
「負けてばっかりで悔しいの。私とお兄ちゃんが二人で力を合わせてるのに、まるで敵わないんだもん……」
おぉ……予想外。菜月は蘭子さんたちに勝ちたかったのか。
「でもさ、善戦したよ? 俺と菜月は【四大元素】の訓練を初めてまだ一年も経ってないんだし、逆に向こうは何年も実戦でやってきた人たちで大人だからな」
「じゃあ、お兄ちゃんは悔しくないの? 私は簡単に認めたくないんだよ。私はお兄ちゃんの凄さを知っているから……」
「菜月……」
知らないうちに、俺は菜月に期待されていたのか。いつも、だらしないところばかり見せていたのに……。
菜月は目に涙を浮かべている。
「私、もう少し練習してくる」
「え?」
涙声で菜月が言うと、俺はその小さな体から【四大元素】の気配を感じた。こんな誰が見ているかわからない街中で軽々しく【四大元素】を使うんじゃないと、俺は菜月に手を伸ばして制止しようとする。しかし、菜月は俺の想像を超えた行動で、俺の手をするりと躱す。
「マジか……!?」
菜月は何もない場所を踏み台にして、それを蹴って大きくジャンプして三歩ほど壁を走り地面に着地したのだ。おそらく菜月は【四大元素】で空気の塊を作って、それを足場にしたんだろうと考えられる。だけど俺はそんなこと思いつかなかったし、蘭子さんからも教わってはいない。つまり、この動作は菜月の発想なのだ。
菜月はかなり先のほうまで走って行ってしまった。俺は今更ながら、誰かに見られていないか辺りを見回したが、幸い人通りの少ない道だったので通行人はいなかった。もしかしたら、菜月も事前に確認してから行動したのかもしれない。
菜月が凄ぇやる気になっている。そうだ、俺と菜月は二人で力を合わせるんだ。そして、次は蘭子さんと葛葉さんに勝とう。俺はそう決意して、菜月を追いかける。
それにしても、菜月はやっぱ運動センスあるわ。……この技パクろう。
翌日、蘭子さんに問い詰めると、あっさりランクS級だったと認めた。蘭子さんの語った話に俺は驚きを隠せなかった。
組織最強の【異能】御伽原樹の死後、御伽原家に養子に入ったっていうのも驚愕だが、蘭子さんがランクS級だって……? そんなこと一言も……。……あれ?
俺はランクの説明を受けた時のことを回想する。
『ちなみに蘭子さんと椎名先輩は組織のランクで何級なんですか?』
『隼人くん、私はD級で蘭子さんは……』
『あたしは……B級相当だ』
あの時……、そうだ、濁したようにB級相当と言っていた。俺を助けるために【異能】を使って、その力の大半を失くしてしまった……? だから今は、B級相当の【異能】になってしまったのか……。
「蘭子さんの【異能】が……、俺の中に……?」
俺は制服越しに胸の辺りに手で触れて、ゴクンと唾を飲み込んだ。
「隼人を巻き込んでしまったのは、完全にあたしの不手際だ。あたしがもっと用心深く火村に対処していれば、隼人もここまで【異能】に深く関わることはなかったかもしれない。火村を圧倒できると考えがあった……、油断としか言いようがない」
蘭子さんは申し訳なさそうな表情で、俺の手の上から胸に触れる。
「蘭子さん……、そんなに気に病まないでください」
「……?」
「俺は蘭子さんの【異能】で助けられる前の時点で、既に【四大元素】に目覚めてました。その時は菜月も【四大元素】が使えると知らなかったから、自主トレみたいな感じでやってましたし。だからあの夜、蘭子さんと火村に遭遇しなくても、いずれ組織には関わっていたんじゃないかと思うんです」
「隼人……」
「確かに死にかけましたが、あの夜は俺が深夜にも関わらずコンビニへアイスを買いに行こうとして、起こったことです。だから、俺の不注意でもあるんです。それに、蘭子さんは自分の身を削ってまで、俺の命を救ってくれた。というか、命の恩人じゃないですか。頭を下げるのは俺のほうです」
これは俺の本心だ。蘭子さんは俺に負い目を感じなくてもいい。俺の言葉を蘭子さんがどう受け取ったのかはわからない。だけど、蘭子さんは「ありがとう」とだけ言った。それで十分だ。俺は仲間を傷つける【逆徒】は許さない。そう心に刻んだ。
「さしあたって、今後火村との接触に備えて、あたしが【異能】のすべてを教えてやる。元S級の戦い方も含めてだ」
蘭子さんが言ったとほぼ同時に、事務所のドアが開いた。ソファに座っていた俺と蘭子さんが振り返ると、そこにはいつもと違うシリアスな表情の伯父さんがいた。
「すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだが、少し前から話は聞かせてもらった」
「伯父さん!?」
「進藤か……。ああ、隼人、あたしが呼んだんだ。ちょっと話があってな」
伯父さんは片手をポケットに入れたまま、こちらに歩いてくると、蘭子さんの隣に腰を下ろす。そして格好良く、脚を組んだ。
「御伽原のすべてか……。非常に気になる。俺にも是非教えてもらいたい」
伯父さんが一転、シリアス顔を崩してニヤけ顔で鼻を膨らませた。
あ……、やっぱり伯父さんはエロい妄想してるんだ……。さいてー。
直後、蘭子さんに脇腹をつねられる伯父さん。これは自業自得としか言いようがない。
「い、痛い。御伽原、痛いって! お前、それよりタブレットを弁償してく……、痛い痛い痛いっ!」
「正しく仕事だけに使用するなら、最新機種で新品を買ってやるが、どうせロクな使い方をしないだろう」
「ははは……」
俺は二人のやり取りを見て、乾いた笑いのあと、ため息を吐いた。
蘭子さんは伯父さんと仕事の打ち合わせがあると言うので、俺は菜月の特訓を含めたスケジュールだけ簡単に相談した。ゴールデンウィークの予定を母さんに訊いたら、去年の夏に行けなかった田舎のじいちゃんのところに行くと言っていた。五月三日から五月五日の二泊三日で、じいちゃんのところに行く予定だ。で、六日が土曜日だから、六日と七日の二日間に蘭子さんと菜月と俺の三人で訓練をすることになった。伯父さんも来たそうにしていたが、蘭子さんが絶対に来るなと釘を刺していた。
◇ ◇ ◇
五月六日、午前十一時。
俺と菜月は訓練施設にいた。今ここには蘭子さんと俺と菜月の三人だけだ。伯父さんはどうやら諦めたようだ。じいちゃんの家から昨日の晩に帰ってきたので、少し疲れていたが訓練はちょっと楽しみだった。菜月は小学生で体力がないせいか、行きの電車では爆睡していた。訓練着に着替え終わった今も、眠気が取れていないのか目を擦っていた。訓練前の準備運動をしていると、ようやく菜月の目も覚めてきたようだった。
「さて、それでは訓練を始めよう。準備はいいか?」
「「はい!」」
まずは【増幅】の復習からだ。現在俺は【増幅者】である菜月と【増幅】をしなくても、先月の模擬戦で示したように十分強力な【四大元素】を行使できている。これも今となってわかったことだが、ランクS級の蘭子さんの【異能】の一部が俺の中にあることが原因だろう。その俺が【増幅】を使えばどうなるか。試してないのであくまで推測になるのだが、恐らく葛葉さんにも勝てるだろう。もしかしたら、蘭子さんにも勝てるかもしれないが、それは現時点ではちょっと自信はない。だから、この訓練で菜月の【四大元素】を底上げしておきたいのだ。
よし、今日は訓練に専念するぞ! と意気込んでみたものの、やはり目の前にナイスバディの蘭子さんがいると、先日の伯父さんを踏まえた開脚ゲームを思い出してしまうし、その肢体に目がいってしまう。いかに訓練着が伸縮性があるといっても、蘭子さんの胸元を見るとその素材の限界を知りたくなってしまう。ダメだ、俺は訓練をしにきたのに……。ふと菜月を見ると、自分の平らな胸を両手で押さえていた。しまった……、俺の視線が蘭子さんの胸に釘付けになっているのに気づいて、自分の未成熟な胸を気にしてしまったのだろう。菜月、大丈夫だよ。まだ小学生だし、そんなに気にすることはないよと心の中でつぶやいて、菜月の頭に手を置いた。
「……お兄ちゃん?」
「さあ、訓練するか!」
「うん!」
最初の一時間は【増幅】の訓練をし、次の一時間は戦闘時の立ち回りを学ぶ。菜月も運動神経は良いほうなので、滞りなく訓練は行われた。
午後一時になると、蘭子さんが休憩も兼ねて昼食にしようと言った。俺たちは着替えて、御伽原建設本社ビル近くにあるオシャレな洋食屋に入った。やっぱりこの街の中心部だけあって、店も沢山ある。蘭子さんはあらかじめ、この店を予約していたようだ。蘭子さんに勧められるまま、この店オススメのハンバーグランチを注文する。俺と菜月はジューシーなハンバーグに舌鼓を打った。蘭子さんは、そんな俺たち兄妹を微笑ましそうに眺めている。樹さんと蘭子さんの兄妹のようだった関係を、俺たちに重ねているのだろう。
「ランちゃん、このハンバーグとっても美味しいです!」
「そうか、それは連れてきた甲斐があった」
菜月がハンバーグを口に頬張りながら、満面の笑みで蘭子さんに言った。蘭子さんは嬉しそうに口元を綻ばせた。
食後のコーヒーを飲んで腹を満たしたところで、俺たちは訓練施設に戻り訓練を再開する。
ここからは、さっきの戦闘時の立ち回りを実戦形式で行う。つまり、蘭子さんVS俺と菜月という模擬戦だ。
それにしても、菜月は本当に運動神経が良いな。蘭子さんに言われた動きを完璧にマスターしているようだ。うん、俺なんかより全然いい動きだ。俺は菜月ほどの運動神経を持ち合わせてはいないが、それを【四大元素】でカバーしている感じだ。もし俺が空手や拳法の達人だったなら、【四大元素】と合わせて凄ぇ強いヤツになっていたんだろう。
二時間たっぷり訓練をして、時刻は午後四時半過ぎになった。蘭子さんが今日の訓練はこれで切り上げようと言うので、俺と菜月はその場にへたり込んだ。だが俺たち以上に疲労困憊なのは蘭子さんだ。その場に大の字になって、荒げた呼吸を整えている。これも俺に【異能】を分け与えた結果だと理解する。俺は申し訳ない気持ちになったが、蘭子さんは俺がそう考えることを望んではいないと知っているので口には出さない。蘭子さんが起き上がるのを待って俺たちは訓練施設を後にして家路に就いた。
「今日の訓練は辛くなかったか?」
「ううん。疲れたけど、楽しかったよ」
「そうか」
菜月が俺や蘭子さんに気を遣って、嫌々訓練に参加しているのかもと少し懸念したが、それは杞憂だったようだ。
翌日の訓練二日目、【増幅】の訓練から始まり、昨日学んだ立ち回りの復習。昼食休憩を挟んで――昨日とは違う店でご馳走になった――、実戦の応用編として特別ゲストのサプライズがあった。俺は嫌な顔をしたが、隣の菜月はジャンプして嬉しそうだ。何故?
「よお、坊主。今日は俺とランちゃん二人で相手したるわ」
「いや、昨日菜月と二人がかりでも蘭子さんに勝てなかったのに、そっちも【増幅】使われたらこっちに勝ち目ないでしょう……」
そうなのだ。昨日は結局一度も蘭子さんに勝てなかった。菜月との【増幅】を使ってもだ。それが、葛葉さんも加わるとなると、ますます俺たちの勝てる目がなくなってしまう。
「実戦では相手も【増幅者】を連れているケースもある。こういう戦いを経験しておくだけでも、いざというとき役立つものだ」
いざ模擬戦が始まると、改めて蘭子さんと葛葉さんの連携の凄さを知った。蘭子さんが直ぐにバテるのを計算して、葛葉さんが上手くフォローしているのがわかる。葛葉さんの運動量は尋常じゃない。結局、一度も勝てないまま訓練は終わった。だけど葛葉さんを何度か片膝をつかせるまで追い込めたのは、この二日間の訓練での成長はあったんだと自信がついた。
「どうしたんだ? 拗ねてるのか?」
「……ううん」
帰り道のことだ。最寄り駅に着き、並んで歩く菜月が頬を膨らませている。電車内でも何か考え込んでいる風だったが、今日の訓練は昨日以上にハードだったから嫌になったのかもと考えてしまう。
「負けてばっかりで悔しいの。私とお兄ちゃんが二人で力を合わせてるのに、まるで敵わないんだもん……」
おぉ……予想外。菜月は蘭子さんたちに勝ちたかったのか。
「でもさ、善戦したよ? 俺と菜月は【四大元素】の訓練を初めてまだ一年も経ってないんだし、逆に向こうは何年も実戦でやってきた人たちで大人だからな」
「じゃあ、お兄ちゃんは悔しくないの? 私は簡単に認めたくないんだよ。私はお兄ちゃんの凄さを知っているから……」
「菜月……」
知らないうちに、俺は菜月に期待されていたのか。いつも、だらしないところばかり見せていたのに……。
菜月は目に涙を浮かべている。
「私、もう少し練習してくる」
「え?」
涙声で菜月が言うと、俺はその小さな体から【四大元素】の気配を感じた。こんな誰が見ているかわからない街中で軽々しく【四大元素】を使うんじゃないと、俺は菜月に手を伸ばして制止しようとする。しかし、菜月は俺の想像を超えた行動で、俺の手をするりと躱す。
「マジか……!?」
菜月は何もない場所を踏み台にして、それを蹴って大きくジャンプして三歩ほど壁を走り地面に着地したのだ。おそらく菜月は【四大元素】で空気の塊を作って、それを足場にしたんだろうと考えられる。だけど俺はそんなこと思いつかなかったし、蘭子さんからも教わってはいない。つまり、この動作は菜月の発想なのだ。
菜月はかなり先のほうまで走って行ってしまった。俺は今更ながら、誰かに見られていないか辺りを見回したが、幸い人通りの少ない道だったので通行人はいなかった。もしかしたら、菜月も事前に確認してから行動したのかもしれない。
菜月が凄ぇやる気になっている。そうだ、俺と菜月は二人で力を合わせるんだ。そして、次は蘭子さんと葛葉さんに勝とう。俺はそう決意して、菜月を追いかける。
それにしても、菜月はやっぱ運動センスあるわ。……この技パクろう。
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