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第2章 「俺の【成り上がり】編」(俺が中二で妹が小四編)

第46話 あたしと兄様の約束

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 あたしは中学三年生になった。だけどランクはA級で停滞していた。一緒に訓練している葛葉はこの一年で、E級からB級にまで成長しているというのに。あれから一年も経ち、喧嘩しつつも上手くやれているが、葛葉にランクが並ばれるのは何だか悔しい。だから、早くランクS級になりたかった。
 しかも、葛葉はあたしの【増幅者】だった。幼い頃より組織はあたしの【増幅者】を探していたのに、それが兄様が連れて来た葛葉だと知った時は、流石にショックを受けた。でも、葛葉を見つけた兄様は流石だ。

「どこを触っている? この破廉恥男」
「あぁ?」

 兄様立ち会いの下、葛葉と【増幅】の訓練中のことだった。こともあろうか、兄様の見ている前で、葛葉はあたしの胸に触れたのだ。

「胸を触っただろう。胸を。早くその手をどけろ。いやらしい」
「アホか! お前の胸なんか触っても何とも思わんわ。なぁ兄ちゃん、こいつに何とか言うてくれへんか?」
「蘭子ちゃん、志郎くんも【増幅】の訓練だから、決してやましい気持ちはないよ。でも、葛葉くんも女の子に対してそういう言い方はダメだよ」
「ほら、兄様も言っているだろう。必要以上に揉むな」
「揉んでへんちゅうねん! お前一回シバいたろか!」
「できるものならやって見ろ、B級」
「アカン。もう俺、キレてええよな?」
「こら。二人とも喧嘩はしないって約束したよね? 【異能】と【増幅者】はパートナーなんだ。お互いの信頼関係が大事だよ」
「「……はい」」

 毎度このような調子で訓練は進んで行った。

「【圧縮風盾あっしゅくふうじゅん】!」
「くそっ! 俺の攻撃が効かへん!?」
「当たり前だ。兄様の【異能】にお前が敵うと思うな」

 兄様は組織では珍しく【言霊】を使う。あたしの知る限りでは、ランクA級以上では兄様だけだった。何故なら、【異能】研究的には【言霊】に【異能】の力を増幅させる根拠はないということだった。それでもランクB級以下の【異能】の中には藁にもすがる気持ちで、少しでも自身の【異能】を強くしようと【言霊】を使用する者もいた。
 兄様の考えでは、【言霊】は【異能】に作用する何かがあると言うことだった。だから兄様に憧れていたあたしや、兄様の強さに心酔していた葛葉はよく真似て使っていた。

「なぁ、【言霊】で叫ぶ技の名前は兄ちゃんが考えたんか?」
「うん? そうだけど……、何かおかしいかな?」
「いやぁ……、何やガキが考えた必殺技みたいやな思うて。兄ちゃんの格闘センスは最高やけど、ネーミングセンスはちょっとなぁ……」
「ひとつの名称を考えるのに、三日も費やしたこともあるんだ。自分なりには、結構気に入っているんだけど」
「……あたしは凄くいい名前だと思っていた」
「嘘つけ! お前も最初は、「アレを叫ぶのか……!?」とか言うてたやろ」

 確かに初めて【言霊】を使った時は、叫ぶのに若干戸惑った。周りに他の【異能】もいたからな……。だけど今、兄様の前で言わなくてもいいだろう! あたしは葛葉を睨みつけた。
 兄様はそんなあたしたちを見て、ニコニコしていた。

 そんな折り、別の組織が追っていた【逆徒】がこの街に流れてきたとの情報が入った。そいつはランクS級の【逆徒】らしい。既に別組織のランクA級の【異能】が五人も返り討ちに遭ったようだ。当然、兄様が出張る羽目になった。

「というわけで、僕がその【逆徒】を確保するまで、当面は訓練は二人だけで続けること。僕がいないからって、喧嘩しちゃダメだよ」
「兄ちゃん、俺も連れてってくれや。ランクS級と戦えるええ機会や」
「あたしも行きます。葛葉なんかよりも役に立ちます」
「……それはダメだ。今度の相手は君たちを守りながら戦える相手じゃない」

 兄様の顔はいつになく真剣で、あたしと葛葉はそれ以上何も言えなかった。兄様にそこまで言わせるなんて、余程の強敵なんだろう。
 だけど、兄様だけを危険に晒させるあたしたちじゃない。奇しくもその日以降、あたしと葛葉は協力して、兄様の周辺を嗅ぎ回ったり、暇を見つけては一緒に訓練をするようになった。
 しばらくして、あたしと葛葉の【増幅】が完璧に習得できた頃、事件は起こった。
 その日、兄様を尾行していたあたしたちは、ふいに違和感を覚えた。あたしと葛葉は兄様の背を目で追いつつ、小声で会話を交す。

「葛葉、気づいたか?」
「おう。兄ちゃん、【結界】張りよったな。近くに【逆徒】がおるんか……?」
「いる……んだろう。五十メートルの【結界】なんて、流石兄様だ。兄様をサポートする。足を引っ張るなよ、葛葉」
「言われんでも、わかっとる」

 あたしと葛葉は兄様のサポートをするべく、周囲を警戒していた。
 そこへ、一陣の風が吹いた。
 と思ったら、どこからともなく現れた【逆徒】と兄様が対峙していた。

「どっから来たんや!? くそ、こっからやと顔も見えへん!」
「下手に動くなよ。兄様の邪魔にならんようにサポートする」

 だが、サポートするどころか突如始まった戦いは、あたしたちの想像していた次元を越えていた。ランクS級同士の戦い。いや、これは命のやり取りだ。
 いまのところは両者互角……いや、僅かだが兄様が押しているように見えた。あたしたちはその一進一退の攻防を目で追うのがやっとだ。あのスピードに体がついて行けるかと問われれば、正直無理と答える他はない。

 その時、兄様が避けた【逆徒】の放つ衝撃破がこちらに飛んできた。あたしと葛葉は合わせたように同時に叫んだ。

「「【圧縮風盾あっしゅくふうじゅん】!」」

 しかし、【逆徒】の攻撃は凄まじく、あたしたちは無傷ではいられなかった。体中の骨が軋むようだ。隣にいる葛葉も歯を食いしばって耐えている。少しでも気を弛めようものなら、あたしたちは木っ端微塵に吹き飛ばされるだろう。
 窮地を救ったのは、やっぱり兄様だった。

「二人とも、どうしてここに!? くっ……、【氷結連鎖ひょうけつれんさ】!」

 兄様があたしたちの前に立ち塞がって、【逆徒】の攻撃を退けた。兄様は左手で胸を押さえながら、【逆徒】に向かって構える。その口元には血が滲んでいた。

「兄様、怪我を!?」
「俺らを庇ったからやっ! 兄ちゃん、大丈夫か!?」
「……二人とも怪我はないかい? だったら、今すぐ【異能】を全開にして、この場を離脱するんだ。相手の【逆徒】は僕たちを殺すことに何ら躊躇もないヤツだ」

 【逆徒】がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。兄様はあたしたちを背中に庇うように立っている。
 兄様はあたしたちを庇ったばかりに、傷を負っていた。五分以上の戦いをしていた兄様だったが、自らも手負いとなり足手まといのあたしたちがいる今、相手の【逆徒】との形勢は逆転した。
 それでも体が竦んで動けなくなったあたしたちを守りながら、兄様はことごとく【逆徒】の攻撃を弾き返した。もはや防戦一方だった。
 兄様をサポートすると意気込んでいたが、蓋を開けてみれば、あたしたちはただの足枷にしかなっていなかった。あたしは今日ほど己の無力さを痛感したことはない。

「二人とも、よく聞いて」

 戦闘中だと言うのに、唐突に兄様があたしたちに語り始める。あたしと葛葉は思わず顔を見合わせてから、兄様に向き直って耳を澄ませた。

「蘭子ちゃん、君は決して弱くはない。訓練を地道に続けていけば、きっといつか僕を越えられる日が来ると思う。そしてぼくが蘭子ちゃんに教えたように、これから【異能】に目覚めた者たちに、正しい【異能】の使い方を教えてあげて欲しい。蘭子ちゃんなら、きっとできるはずだから」
「兄様……、どうして今そんなこと……?」

 兄様は肩越しに半分だけ顔を見せると、穏やかに微笑んだ。
 あたしは嫌な予感しかしなくて、膝がガクガクと震えだした。

「志郎くん。君はもう立派な【増幅者】だ。蘭子ちゃんの隣で、彼女を支えてあげて欲しい。この一年で、志郎くんは【異能】はもちろん、人間としても成長したと思う。僕からの最初で最後のお願いだ。蘭子ちゃんを頼んだよ」
「兄ちゃん! おい、待ってくれや……」

 葛葉が涙声で兄様の背中を見上げる。兄様は迫り来る【逆徒】に向かって歩き出した。あたしはその背中に手を伸ばすが、兄様の背中は遠ざかっていく。

「僕の大事な妹と弟は、誰にも傷つけさせない!」
「兄様……!?」
「兄ちゃんっ!?」

 兄様から凄まじいほどの【異能】が放出されていくのがわかる。【逆徒】はすぐ近くまで迫っていた。

「はあああぁあああぁっ! 【煌輝爆裂陣こうきばくれつじん】!」

 その瞬間――――、あたしたちは光に包まれた。

 光が収まった時、あたしの前には横たわった兄様と、深手を負い撤退する【逆徒】の後ろ姿が見えた。
 あたしは金縛りから解けたように、地面に倒れている兄様にすぐさま駆け寄った。葛葉も同じ行動を取る。

「兄様!? 兄様っ!」
「おい、兄ちゃん!」 

 兄様は返事をしない。シャツの胸のあたりには真っ赤な血のシミが、どんどん広がっていく。隣にいた葛葉が立ち上がった。

「クッソがあああぁあっ! 兄ちゃんを頼む! アイツは逃がさんっ!」

 葛葉が【逆徒】を追いかけようとしたが、兄様の手が動いてその脚を掴んだ。

「な、何や!? 兄ちゃん……?」

 葛葉が振り返って見るが、兄様は言葉を発するわけではない。ただ、伸ばした手でしかっりと葛葉の脚を掴んで離さない。

「離してくれや! 兄ちゃんがやられて、このまま黙ってられるかああぁあっ!」
「葛葉!」

 葛葉も本当は理解しているはずだった。例え負傷しているとはいえ、ランクS級の【逆徒】をあたしたちが追いかけるのは自殺行為だと。だけど、わかっていても簡単に納得できるものではない。

「今は兄様を助けるのが先だ!」
「……くっ!」

 あたしはすぐに救急車を呼び兄様は病院へ救急搬送された。すぐに緊急手術となり、術後は【異能】関係者が所有している総合病院へと移送された。通常の治療に加えて、【異能】を介しての治療を平行して行うためだ。
 当然、面会謝絶であり組織の幹部以外は病院への出入りは制限されていて、あたしたちは病院にすら入れてもらえなかった。
 あたしと葛葉は病院の入口に立っていた。二人とも、もう丸二日間食事もせず、眠りもせずに、ここにこうしている。何ができるわけでもないが、ただただ兄様の回復を祈らずにはいられなかった。

「葛葉、お前は一旦帰って寝ろ。その間は、あたしがここにいる」
「その言葉、そのまま返すわ。お前こそ体壊すぞ?」

 あたしと葛葉も疲労困憊だった。再びそのまま黙りこくって、ただ病院の前で時間が過ぎるのを待っていた。
 その翌日、組織最強の【異能】御伽原樹は亡くなった。

「何でや……! 何でなんや、兄ちゃん……」
「……………………」

 それから一ヶ月の間、あたしは無為に時間を過ごした。
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