上 下
42 / 53
第2章 「俺の【成り上がり】編」(俺が中二で妹が小四編)

第42話 俺は葛葉さんと模擬戦をした

しおりを挟む
 朝起きると全身が鉛のように重く感じた。完全に筋肉痛だ。部活をしていた時でさえ、これほどの筋肉痛はなかった。
 朝食を食べ支度をして、菜月と一緒に登校する。

「行ってきます……」
「お母さん、行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」

 通学カバンを肩に担ぎ、ランドセルを背負った菜月とトボトボと歩いている。中学校までの途中に小学校があるので、そこまでは菜月と一緒だ。
 体が重い。歩くのも億劫だ。放課後までにこの体のダルさが改善するとは、到底思えなかった。菜月がしんどそうに歩く俺に気づいて、心配してくれる。

「お兄ちゃん、体調悪いの?」
「あー、そんなんじゃなくて、昨日は蘭子さんと模擬戦したんだ」
「嘘ー!? 勝った?」
「……負けた」
「ふぅん、そうなんだ。ランちゃん強そうだもんね。それで昨日は遊んでくれなかったんだ?」
「ホントごめん。疲れてて、菜月との貴重な時間を睡眠に充てたんだ」
「あーあ、残念だったな。お兄ちゃんと遊びたかったのになぁ……なんて冗談だよ。お兄ちゃんに無理して欲しくないし、えへへ」
「菜月ぃ!」

 俺はその気遣いが嬉しくなって、菜月の頭をこれでもかと撫で回した。シャンプーのいい香りがする。えへへ。
 菜月は「もう髪が乱れるから止めてってば」と言いつつも、まんざらでもない風に笑っていた。可愛いヤツ。
 今の内に今日は葛葉さんと模擬戦すると伝えておこうと思い、俺は菜月に話した。
 すると菜月は、

「え!? 葛兄と模擬戦するの!?」
「あ、ああ……」

 予想以上に俺の話に食いついてきた。何故?

「ねぇ、お兄ちゃん。私も今日一緒にいってもいい? ねぇ、いいでしょ!」
「……え? どうして?」

 菜月が俺の腕を両手で掴んで懇願してくる。

「だって、見たいんだもん。いいでしょ、ね?」
「昨日みたいに帰りが遅くなるかもしれないから、今日は止めときな。また機会があったら連れて行ってやるから」
「なんでよぉ! お兄ちゃんばっかりズルいよぉ! 私も行きたいのに!」

 あ、菜月が泣きそうになった。ヤバイ……!

「わかったよ。じゃあ、学校終わったら迎えに行くから。それでいいか?」
「うん! ありがと! お兄ちゃん、大好きっ!」

 泣き顔から一転、笑顔で俺の腕に手を回してくる。現金なヤツだ……でも可愛い。
 そうして、小学校の前まで菜月と腕を組んで登校した。


    ◇ ◇ ◇


 放課後、小学校まで菜月を迎えに行った俺は、御伽原探偵事務所に向かった。今日は葛葉さんが車で連れて行ってくれるからだ。電車賃の節約にもなって助かった。
 いつもの葛葉さんの荒々しい運転で目的地に着いたが、俺は少々車酔いしていた。菜月は「ジェットコースターみたいで楽しいです」などと喜ぶもんだから、葛葉さんもサービスしたようだ。おかげで俺は気持ち悪い。到着早々トイレに駆け込んだ。

「菜月はケロッとしとんのに、坊主は軟弱やなぁ」
「お兄ちゃん、はいお水だよ」

 菜月は俺がトイレでゲロゲロしている間に、自販機でミネラルウォーターを買ってくれていた。俺が菜月からそれを受け取ろうとすると、

「葛兄が買ってくれたんだから、ちゃんとお礼言ってね」
「じゃあ、いらない」

 俺は受け取りを拒否した。
 菜月は頬を膨らまし、葛葉さんは大笑いしやがった。
 地下の訓練施設に下りてから着替えを済ませた俺たちは、模擬戦前の準備運動をする。菜月は見学の予定だったが、俺と葛葉さん同様に訓練着に着替えていた。
 そして、いよいよある意味念願の葛葉さんとの模擬戦が始まった。
 丁度、菜月もいる。ここで葛葉さんをボコボコにして菜月からの評価を下げて、俺の格好良さをアピールしておこう。
 俺は床を蹴り全力ダッシュをする。初手から圧倒するつもりだ。

「葛兄! 頑張ってください!」
「なっ……!?」
「おう、任しとき」

 な、菜月が葛葉さんの応援をしているっ!? そんなバカな!?
 ショックを受けた俺の全力ダッシュは急に失速する。そこへ体を菜月のほうへ向けたままの葛葉さんが目線だけ俺のほうへ動かした。

「昨日までの模擬戦の結果は訊いてるでぇ。坊主の本気見せてもらおか」
「くっ……! あんま舐めてもらっちゃ困りますよ、葛葉さんっ!」

 互いの拳が交錯する。しかし、どちらのパンチも空を切った。どちらともなく一旦距離をとって離れる。

「坊主、ありったけの【異能】込めてかかって来いや」
「……え?」
「せやから、【異能】全力で殴ってみぃ言うてんねん」
「いいですけど……自信過剰過ぎません? 怪我しても責任取れませんよ?」

 葛葉さんは挑発とも取れる言葉を放ち、自らは両手をだらんと下げてノーガードの状態で立っている。
 ふん……、いくらなんでも舐めすぎだろ。いいぞ、やってやるよ!
 俺は【四大元素】を纏い、溜めを作ってから一気に飛び出した。彼我の距離は五メートル。そして、二メートルまで接近した時、葛葉さんが両手を動かした。だがもう遅い。例えガードしたところで、俺は渾身の力を込めてブン殴るだけだ。

「うらああああああああっ!」

 葛葉さんが両腕を十字に交差させた。

「【圧縮風盾あっしゅくふうじゅん】!」
「なっ……!?」

 葛葉さんが前触れもなく言葉を放つ。その言葉が葛葉さんの【異能】に作用したのかわからないが、俺のパンチは完全に十字ガードに阻まれた。
 それどころか、弾かれた俺は尻餅をついていた。

「これで終いや。【紫電龍顎衝しでんりゅうがくしょう】!」

 慌てて身を起こそうとする俺に、葛葉さんがまた何かを叫びながら掌底を放った。立ち上がる前にやられると思った俺は、咄嗟に右手を突き出して防いだ。
 だが、俺の右手は葛葉さんの手に触れた瞬間、感電したように痺れた。

「いっ……!」
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫や。手加減したからな」

 心配して駆け寄ろうとした菜月を制して、葛葉さんは右手を下ろした。
 俺の右腕は今も痺れている。すぐに治まりそうにない。これは俺の負け……だろう。もし筋肉痛がなくても、結果は同じだった気がする。
 その様子を見て葛葉さんは口元を吊り上げた。

「これが俺の【異能】や。どうや、ビックリしたやろ?」
「葛兄ぃ! 格好いいです!」

 菜月には技名を叫ぶ葛葉さんが戦隊もののヒーローにでも見えたのか、その場でジャンプするほど興奮していた。
 それにしても、中二病的なネーミングセンスの技名だ。これは一体……。

「何ですか、それは?」
「これはやな……」

 葛葉さん曰く、これは【言霊】といって、元々個々の技に名称など存在しない【異能】に、【言霊】を乗せることによって瞬間的に【異能】の力を変化や強化させる手法なのだそうだ。
 俺の知っている【言霊】と言ったら、声に出したことが自分の行動に影響するみたいな現象だと思っていたが、それに似た感じらしい。
 ただし国内外の【異能】研究では、その効果を実証する根拠がないため、その真偽は眉唾とされているようだ。
 ひとつわかったことは、葛葉さんが技名を言う派だってことだ。

「その技名って、葛葉さんが考えたんですか? ちょっとセンスを疑いますよ」
「バカにすんな。これは俺の恩人が使ってはった技や。イチャモンつけんなや」
「恩人……、師匠的な?」
「まぁ、そんなもんや。それより坊主、お前の負けや。これがランクB級の【異能】や。ランクの差いうもんがわかったやろ。さあて、楽しい罰ゲームの始めよか」
「うわっ……! マジかよ……クソッ!」

 例の如く、罰ゲームありだと告げていた。もちろん葛葉さん相手なのでエッチなゲームではなく、俺が買ったら一週間パシリにしてやろうとか考えていた。結果は俺の敗北であったが……。
 葛葉さんが指定した罰ゲームは、葛葉さんの愛車の洗車だった。しかも一緒に手伝ってくれた。意外と優しいのか?
 菜月も泡立てたスポンジを片手にゴシゴシと車を洗っている。何だか凄く楽しそうだ。

「この車、何年か前にランクA級の戦闘系【逆徒】を、ランちゃんと二人でボッコボコにした時の報酬で買うたんや」
「へー、ランクA級を……それで、いくらもらったんですか?」
「ひとり二千万や」
「え……!? マジですか!?」
「嘘言うてどないすんねん。ホンマの話や」

【逆徒】を倒したら報酬がもらえるのか。そういえば、この間二回も【逆徒】と戦ったよな。それって蘭子さんから何も言われてないけど、報酬もらえるのかな? 明日にでも訊いてみよう。
 洗車が終わりピカピカになった高級車で――元々汚れてなかったのに洗車させやがって!――、俺と菜月は家まで送ってもらった。
 
 夜になってベッドに潜り込んでから、俺は敗北のショックを噛みしめていた。
 連敗……だと!? まさか、葛葉さんが蘭子さんと同じランクB級だったとは。悔しい悔しい悔しいクソクソクソッ!
 正直、葛葉さんは強かった。本当に悔しい。でも、届かない強さじゃない気がする。俺はこの悔しさをバネに【四大元素】をトコトン極めてやろうと思った。
 これで模擬戦五勝二敗。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...