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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)

第33話 俺はランクA級と対峙する

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 火村が俺たちに歩み寄りながら言葉を続ける。

「今日はあの人はいないようですし、手早く要件を済ますとしましょうか」

 とんでもない圧を感じる! これが、ランクA級か!?
 俺の隣では椎名先輩が立ち上がって、戦闘態勢に入ったのがわかる。
 その間にも火村はどんどん近づいて来る。手はポケットに入れたまま、まるでファッションショーに出てるモデルみたいに洗練された歩き方だ。
 だが今この状況では、返って不気味に感じた。

 俺の目の前に火村が立っている。
 身長は百八十を超えているだろう。
 俺は火村を見上げたまま、【四大元素】を発動できる状態にしている。
 火村はポケットから右手を出すと、俺の左頬を殴りつけた。
 俺は激しく脳を揺さぶられ、痛みを感じる暇もなく勢いよく吹っ飛ばされる。

「おやおや、殴られたのは初めてですか?」

 俺は壁に体を強く打ちつけた。幸いにも見た目ほどのダメージはない。
 だが【四大元素】で防いでいなかったら、骨折していたかもしれない。
 面白い。あの時の借りを返してやる。
 今の俺はあの時の俺じゃないってことを教えてやるぞ!
 俺は壁に手をついて起き上がると、【四大元素】で反撃する気でいた。

「隼人くん、そのまま動かないで。この男は普通じゃない。蘭子さんでも苦戦する程の相手よ!」

 俺に振り向かずに椎名先輩は言う。
 その声から緊迫した状況だとは理解出来る。
 だが男の子がやられっぱなしで、黙ってられますか!
 俺は壁を蹴って大きく跳んだ。
 空中で上半身を捻りながら、着地と同時に渾身の拳を火村の顔面目がけて放つ。

「うおおおおおおおおっ!」

 顔面を殴打する音が響き、火村は一歩後ろに下がる。
 手応えはあった。だが火村の口元の笑みに違和感を覚えて、追撃を諦めて俺は大きく後ろに後退して距離を取った。 

「ランクA級の【逆徒】火村。何の目的があってここにいるの?」
「あなたがたの上司に訊いてください」
「何だと?」

 火村は俺の一撃に唇を切ったのか血を滲ませていたが、大して傷を負っていないようだ。指で血を拭うと、舌を出して舐めた。

「何も訊いていませんか? 僕の趣向とか」
「お前の趣味なんか知ったこっちゃない。お前が俺たちに敵対するなら、俺がブッ飛ばすだけだ」

 火村はやれやれとでも言うように、両手を広げて肩を竦めた。
 いちいち仕草がムカつく奴だな。
 そもそも何でこいつは蘭子さんと揉めてた?
 確か俺の記憶では蘭子さんと火村は戦う前に、何か話をしてなかったか?
 俺が記憶を辿っていると、火村が物騒な言葉を吐いた。

「とぼけるんですか。いいでしょう。それなら、ここにいる全員を殺します」

 火村が跳ねた。素早い動きで椎名先輩の前まで接近すると、右手の貫手を突き出した。
 先輩はするりと躱すと同時に左フックを放つ。
 だが火村はそれを身を落として避けるとスーツの内側に手を入れた。すかさず先輩は右足で前蹴りを繰り出す。先輩のローファーが、スーツの内ポケットをまさぐる火村の右手を押しつぶす前に、火村は何かを取り出して横に凪いだ。
 両者が後方に跳んで着地する。
 火村が手にしていたのはナイフだった。

「なるほど。厚底ですか。あと一センチ靴底が薄ければ、あなたの足裏から綺麗な鮮血が噴出していたでしょうねぇ。ああ、残念です」

 火村は恍惚とした顔で、ナイフにペロリと舌を這わせた。

「隼人くん、私が時間を稼ぐからすぐに蘭子さんに連絡して。このままだと全員殺されるわ!」

 椎名先輩の頬を汗が伝う。
 俺の目の前で行われているのは喧嘩じゃない。殺し合いだ。俺の脇から冷たい汗が流れた。

「あれ、刃が少し欠けたかな。やはり市販のナイフじゃこんなものか」

 火村はナイフを見ながら残念そうに呟いた。

「隼人くんっ! 急いで――――」

 椎名先輩は一気に間合いを詰めると、右拳の突きを火村の胸目がけて繰り出す。火村はナイフでそれを受けた。だがナイフは折れて宮村は後ろへ跳び退った。

「いいパンチだ。なるほど、体の使い方は及第点です。【異能】の家系に生まれただけのことはありますねぇ


 火村はまるで宝物を見つけたかのように、椎名先輩に対して次第に興奮していった。
 先輩は慎重に間合いをとりながら、腰を落とし構えた。
 俺はポケットからスマホを取り出し、アドレス帳から蘭子さんの電話番号を探す。我ながら素早い操作で電話をかけると、ワンコールで蘭子さんと繋がった。

『隼人か? どうした? いや、何かあったな!?』

 蘭子さんは椎名先輩ではなく俺から連絡があった時点で、緊急事態だと察したようだ。
 理解が早くて助かる。
 俺たちが現在、火村と対峙していることを簡潔に伝えると、蘭子さんは「すぐに向かう! 葛葉、車を出してくれ!」と切迫した声が聞こえてきた。
 一緒にいるであろう伯父さんの「火村だと!? おいっ! 隼人と菜月は大丈夫なんだろうな!?」と言う、悲痛な叫びも耳に入った。
 通話を切った俺は、蘭子さんが来るまでこの場を凌がなければならない。
 先輩は火村に恐怖を抱いているようだが、俺は勘が鈍いのかイマイチ火村との力量差がわからない。
 やってやれない気がしないでもないが、一番最悪はこの状況で菜月とマイちゃんが戻って来ることだ。それは危険すぎるのは俺でもわかる。
 かと言って、菜月やマイちゃんがいないと俺や先輩が最大限の力を出せないという矛盾。
 ああ、どうしたら……!

 火村がパチンと指を鳴らすと、刃こぼれしたナイフは砂のような粒子となって消えていった。

「では、互いに【異能】でやり合いますかぁ」

 火村は不気味な笑いを浮かべながら、地面に向けて手を翳す。すると、地面が抉れて拳大の土の塊が、火村の手中に収まった。
 そして次の瞬間、その土の塊は椎名先輩に向かって放たれた。

「先輩っ!」

 俺からじゃ間に合わない! 何とか防いで!
 土塊が椎名先輩に直撃しようかという時、先輩の口が僅かに動く。土塊は見えない壁にぶつかったかのように、弾けてボロボロと崩れた。

「いいですねぇ、見事です。壁を作って防ぎましたか。ならば、これではどうでしょう?」

 火村が今度は両手を頭上に伸ばすと、バチバチという音を立てて電気のようなものが迸るのが見えた。

「その壁じゃあ、これは防げませんねぇ。しかも同じ方向から来るなんて思わないでくださいねぇ。全身から血を噴き出して見せてください。もう勃起しそうですよぉ」

 お、お前っ! 椎名先輩に何てことを!?
 火村は俺の想像を超えて、危ない性癖を持った奴のようだ。
 俺は先輩を助けるべく、全力で走った。
 火村は俺が動いたのをチラリと見て、その両手をそれぞれ別の方向へと振るう。両手を覆っていた電気が、いびつな角度で予測不能な方向転換しながら、先輩に襲いかかった。
 先輩は迫り来る電気攻撃を左斜め前に前転して躱す。
 そこに、火村の追撃が迫る。

「させるかよおぉっ!」
「隼人くんっ!?」

 追いついた俺は、気合いの雄叫びとともに【四大元素】全開で、椎名先輩の盾となるべくその華奢な体を抱きしめた。

 バババババッ!
 
「くっ……!」
「隼人くん! 嫌ああっ!」

 感電したような音が鳴る。
 火村の電気攻撃から椎名先輩を身を挺して庇った俺は、続けざまに浴びせられる電気攻撃の餌食となった。
 俺の体が痺れたように動かない。これはアレだ。長時間正座してて足が痺れたあの感覚だ。すぐには動けそうもないが、【四大元素】で防ぎきったのかダメージはあまりないように思う。
 流石に直撃した瞬間は痛かったが。
 胸の中から先輩が俺を心配そうな顔で見上げている。
 先輩……顔が近いっす。これはアレだ。もうすぐにでも、キスできそうな距離だ。
 俺がドキドキしているうちに、体の痺れは治まっていった。

「マジで痛えな……。ビリビリってしたぞ」
「隼人くん!?」

 俺は驚いている椎名先輩の肩を片手で抱き寄せて、もう一方の手で火村を指さした。
 
「俺が相手だ。先輩には手ぇ出すんじゃねぇ」

 火村はショーを見終わった観客のように、その場で拍手をした。
 俺と椎名先輩が怪訝な顔で、火村の行動を注視する。

「いやぁ、思わぬ収穫がありました。今日のところは一旦、出直します。それと、あなたがたの上司にアレは返してもらう伝えてくださいねぇ」
「意味わからないな。どういうことだ?」
「また今度、時間のある時にゆっくり話しましょう。そろそろ、彼女が目を覚ましそうなんでね」

 火村は壁際に寝かせていた瀬戸を一瞥した。
 瀬戸の体がビクンと撥ねたように動くと、目を開きうつろな表情でゆっくりと立ち上がる。

「あとは僕の人形と遊んでいてくださいねぇ」
「彼女に何をしたのっ!?」

 火村は肯定も否定もせずに、ただ不敵に笑った。
 そして壁を蹴って部室棟の屋根に手をかけると、器用に塀を跳び越えて校外へ去ってしまった。
 火村の行動は読めないがあいつの言葉を額面通りに信じるなら、今はもうここでは襲って来ないだろう。
 一息つきたいところだが、今は火村より目の前の瀬戸だ。
 瀬戸は風を纏って、俺たちに近づいて来る。
 本人の意識はないのか?

「隼人くん、とりあえず私は大丈夫だから、その……」
「え!? あ、は、すいませんっ!」

 格好つけて椎名先輩の肩を抱き寄せたままだった。
 先輩は恥ずかしそうに、肩を掴んだ俺の手を見ていた。
 俺は慌てて肩から手を離すと、迫り来る瀬戸に気持ちを切り替えた。
 すると瀬戸の背後、部室棟の角から菜月たちの声が聞こえてきた。
 このタイミングか。でも火村がいる時よりは遙かにマシか。

「もぅ、結局マイちゃんトイレの場所わからなくて迷ってたじゃない」
「にゃははは。なっちゃん、ごめんね。でもカナちゃんがいてくれて良かったよ」
「そうそう! ホントに助かりましたー」
「いやー。あーしもトイレ行きたかったしー。丁度良かったじゃん。んで、千尋っちは何処なの? それと新しく入った、なっちゃんのお兄ちゃんにも早く会いたいなー。イケメン? ねぇ、イケメンなの? なっちゃんこんなに可愛いしー。ワンチャンあるぅ?」
「あ、あの、カナちゃん、あんまりハードル上げないでください!」

 何か知らない声も混ざってるな。
 おそらく、これが星川さんだろう。何だかギャルっぽい喋り方だな。こんな状況なのに、非常に気になる。
 そして菜月とは既に「なっちゃん」「カナちゃん」と呼び合ってるのか。
 早くない?
 俺はまたしても乗り遅れてしまった。疎外感半端ないな。
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