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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)

第30話 俺は事件に遭遇する

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「あの席は瀬戸遥という女子ですね」
「どういう子なの?」
「えっと、確か陸上部の子です。運動が得意そうな子ですね、あまり話したことはないのでそれ以上はわかりませんけど」
「陸上部……」

 椎名先輩が小さな声で呟いた。その表情は少しこわばったように見えた。
 菜月とマイちゃんが窓際まで小走りで近づくと窓に手をあてて、キョロキョロと校庭を眺めている。

「二人ともどうしたー? 中学校にドキドキワクワクはわかるが、何か面白いものでも見つけたの?」

 菜月が俺たちに振り返って、手招きして窓際に呼び寄せる。
 俺と椎名先輩は互いに顔を合わせると、菜月たちのほうへ歩み寄った。

「さっきみたいに風が強くなってる」

 マイちゃんがボソリとつぶやいた。

「さっきみたい? まさか先輩たちも校庭で突風に煽られました?」
「ええ。と言うと隼人くんもなの?」
「はい。【四大元素】で防ぎましたが、今も風が強そうですね……。今朝TVで見た天気予報では快晴だったはずなんですが」

 窓から見た校庭には強風が吹いている。校舎を囲む塀沿いに植えられた樹木の枝の揺れや、部活中の生徒たちの髪のなびき具合からみても明らかだった。

「瀬戸遥……やっぱり原因は彼女なのね」
「原因?」

 瀬戸? 何がだろう?
 俺の反応を見て椎名先輩は困惑した表情を見せた。

「ごめんなさい。言い方が悪かったわ。まだ隼人くんには説明してなかったわね」
「ええと、どういうことですか? 俺たちの仕事と関係のある話ですか?」
「ええ。ここ一週間で起きた、突風による事故を知ってる?」
「あ、今日TVのニュースで見たあのことかな……? 確か商店の看板が人に当たって怪我したっていう」

 椎名先輩の話によると、ここ最近、原因不明の突発的な強風による影響で、物が飛ばされて、それに当たり怪我をする事故が多発したらしい。
 台風が近づいたりすると、ニュースなんかでよく聞く話だ。
 だが、驚いたのはそのあとだ。
 なんと、強風で人の身体に切り傷まで負わせたというのだ。
 それだけに留まらず酷い話になると、ナイフで切り裂かれたかのような傷を負った者まででたようだ。
 たかが風でそこまでの怪我をするなんてにわかには信じられないが、先輩が言うなら事実なのだろう。
 っていうか、さっきウチのクラスの瀬戸遥が原因って、言ってなかったか?
 どういうことだ?

「まさか、瀬戸がその件に関係してるんですか?」
「それはわからないわ。証拠がないもの。でもこれは【異能】の仕業だわ」
「えっ……そうなんですか!?」

 蘭子さんや伯父さんから訊いた話と違う。
 今回の仕事の対象は、この中学の教師である熊田先生だ。
 年齢三十六歳で既婚、家族構成は奥さんと今年三歳になる息子と先月生まれたばかりの娘がひとり。
 戦闘能力なしの【逆徒】と訊いていたが……。
 早速、ややこしい事態になってるみたいだな。
 俺は椎名先輩に詳しく訊ねる。

「でも今回の仕事は【逆徒】指定された熊田先生じゃないんですか?」

 椎名先輩は顎に手を当てて、しばし考えたあと言葉を紡ぐ。

「私も隼人くんと一緒にそう訊いたわ。だけど瀬戸さんも【異能】なのよ。私たちとは違う組織に属しているけどね」

 瀬戸と熊田先生は同じ組織に属していて、【異能】のランクもE級と低く力も弱いため、本人の意思を尊重して日常生活を優先する方向で組織と話がついていたようだ。
 その一方で彼女らは【異能】に関わるすべての事柄について、一切口外しないと組織と約束を交わしているらしい。
 今回は何を血迷ったか、【異能】を使って銀行のATMから金を強奪するという暴挙に出た熊田先生を警察に逮捕される前に、組織からの警告を与えるという仕事だったのだけど……。
 この様子じゃ瀬戸も【異能】を悪用してるっぽいな。

「でも、何かおかしいのよ。瀬戸さんはE級の【異能】なの。ニュースであった突風による事故は【異能】の仕業だと思うのだけれど、あれは低く見積もってもC級ぐらいの【異能】でないと無理よ」
「C級!? それって椎名先輩より上ってことですか!?」
「ええ、そうよ。これほどの力をもった風は、本来は相当な訓練をして身につけるものなの。だけど瀬戸さんは日常生活を優先するために【異能】でありながら、組織に所属するだけでほとんど関わりがなかったと訊いているわ」
「つまり、訓練を受けてない瀬戸が、これほどの【異能】を使うのは無理ってことですか? でも俺や菜月の【四大元素】みたいに、自分で練習したとかは……?」

 俺と椎名先輩が向き合って会話していると、マイちゃんが俺の腕を叩いた。
 マイちゃんは校庭で練習をしている陸上部を指さした。
 俺は窓に顔を近づけて目を凝らす。そこには瀬戸がいた。

「瀬戸……だな。ずっと瀬戸を見ていたのか?」
「うん、あのお姉ちゃんの周りが何かおかしい」
「え?」

 マイちゃんに指摘されて、俺は初めてその事実に気がついた。
 瀬戸だけが風の影響を受けていないのだ。他の部員は風から身を守るように、体の向きを変えたり髪を押さえたりしているのに、彼女だけは無風状態だ。

 その瞬間。

「きゃあああああああああああああああああああっ!」

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

「隼人くん! 校庭を見て!」

 椎名先輩が言う前に俺は校庭の惨状を確認していた。
 陸上部数人が地面に倒れていたのだ。

「行こう! 何かあったんだ!」
「そうね!」
「むふー」
「ま、まってよー」

 俺たちは教室を飛び出した。

 校庭に出ると大きな人だかりができていた。
 周りの野球部とサッカー部も練習を中断して、陸上部のほうへ集まってきている。

「相馬! 何かあったのか?」
 
 俺は相馬の姿を見つけると後ろから声をかけた。

「く、櫛木……!?」

 相馬は自分で確認してみろと言わんばかりに、狼狽えながら指で人だかりの中心を指した。
 野球部とサッカー部が邪魔だなと思ったが、校内で大石率いる不良グループを従えてる効果は絶大だ。人垣は俺が来たと知るや、左右に分かれて道を作った。
 見ると数人の陸上部員が身体を抱えてうずくまっている。怪我をしたんだろうか、ちらっと血のようなものが見えた。

「血……!? 怪我してるみたいだ!」
「隼人くん落ち着いて。たいした怪我じゃないみたい。手が空いてる子に保健室に連れて行ってもらいましょ」

 よく見ると椎名先輩の指摘どおり、紙で手を切ったような細かい切り傷が腕と脚に数十か所見受けられた。
 先輩は俺にそっと顔を近づけて小声で語りかける。

「切り傷のように見えますけど……」
「よく見て。何だかおかしいと思わない?」
「おかしいって?」
「今、怪我したのは陸上部の女子だけよ。まあ、野球部、サッカー部には女子はいないから実質、校庭にいた女子だけが怪我をしたってこと。ただひとりを除いてね」

 そう言って椎名先輩は校庭でただひとり怪我をしなかった女子に目を向けた。

「…………瀬戸!?」

 校庭で唯一無傷だった女子瀬戸遥を見て、俺は何だかきな臭くなってきたなと感じていた。
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