24 / 53
第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)
第24話 俺は組織のランク判定を受ける
しおりを挟む
翌朝母さんがパートに出かけるのを見計らって、俺と菜月は御伽原探偵事務所に向かった。
昨日と同じように電車に揺られながら移動したのだ。
探偵事務所のある雑居ビルの前には黒塗りの高級車が駐車してあった。
誰が来ているかは一目瞭然だ。
すでに集まっていたみんなと一緒に、葛葉さんの車で目的地に送ってもらえることになった。
葛葉さんの荒い運転――決してヘタクソではなく、素人目に見てもテクニックがある上での豪快な運転だ――で、二十分ほど走って辿り着いた場所は、三つ先の駅――俺たちの住んでる市の中心部――だった。
高級車は人通りの多いビジネス街を進みながら、目的地の一際大きいビルに着いた。
探偵の仕事がある葛葉さんを除いた俺たちは、降車してビルを見上げていた。
「お兄ちゃん! 凄いよ! 学校や駅のショッピングモールより大きいねー!」
「まぁ、この街の中心部だからな。それにしても他のビルに比べても随分大きいな……! このビルが目的地なのか……?」
菜月は大きなビルを目の前にして、ぽかんと口を開けて見ていた。
椎名先輩とマイちゃんは車内で聞いた話だと、たまに訪れるそうなので別段驚くわけでもなく、俺や菜月の反応を見て笑っていた。
ビルの入口にある大きなプレートには【御伽原建設株式会社】と書いてある。
建設会社らしいが……。
ん? ……御伽原? 蘭子さんと何か関係があるのだろうか?
俺が首を傾げていると、背後の高級車から葛葉さんの声が飛んできた。
「ランちゃん、俺行くわ。帰りは電車で帰ってや」
「ああ。送ってくれて助かった」
運転席の窓枠に肘をかけながら蘭子さんと会話していた葛葉さんは、俺に視線を移す。
「坊主! お前の結果を楽しみにしとくわ! ほな菜月、またなー!」
「え? ……結果? 何のことですかっ!?」
「葛葉兄、送ってくれてありがとうございますー!」
葛葉さんは菜月の言葉にクラクションで返すと、そのままタイヤが地面と擦れる音を響かせながら走り去ってしまった。
結果って何のことだろう……?
いや……それよりも今日会ったばかりの菜月と葛葉さんの互いの呼び名が【葛葉兄】と【菜月】になってるじゃないかっ! 菜月も若干懐いていたし……クソっ!
なのに俺は未だに【坊主】かよ! 何なんだあの人は……!
俺が歯ぎしりしながら葛葉さんに嫉妬していると、蘭子さんが俺の肩に手を置いて言った。
「では、中に入ろうか」
俺たちは堂々と歩く蘭子さんに続いて、ビルの中へ入っていった。
中に入るとだだっ広いエントラスが拡がっている。一階は丸々ロビーのようだ。
老若男女問わずビジネススーツを着た人たちが、慌ただしくロビーを行き交っている。
洒落た内装は落ち着いた雰囲気を醸しだし、クラシックのBGMが適度な音量で流れていた。
ロビーには喫茶コーナーがあり、俺たちはその前を通り過ぎて受付に向かった。
「十一時からアポを取っている御伽原蘭子だ。西野課長に繋いでくれ」
「かしこまりました」
受付にいた三人のお姉さんのひとりに、蘭子さんが言った。
流石に大きな会社だけあって、受付のお姉さんも洗練された立ち居振る舞いで何より美人であった。
三分後、三基あるエレベーターのひとつが開き、恰幅のいい五十歳前後のスーツ姿の男性がやって来た。
白髪交じりのオールバックだ。背は百八十以上あるだろう。年齢相応に刻まれたシワと彫りの深い顔は、いたって無表情だった。
「時間どおりだな。長老がお待ちだ。ついてこい」
俺たちは案内されてエレベーターに乗り込んだ。
他の二基のエレベーターとは違い、【関係者専用】と書いてある。
ドアの脇にある階数ボタンには、開閉ボタンの上に一階から四十階のボタンが並んでいた。
オールバックの男性はポケットから鍵を取り出して、階数ボタンの上にあった鍵穴に鍵を挿入する。
鍵を回して蓋を開けると、そこには四十一階から四十六階のボタンがあった。
隠しボタン……!? 凄え……何かTVドラマや漫画みたいだ!?
俺は少し興奮していた。
オールバックの男性は一連の操作をしながら、自己紹介をしてくれた。
「初めての顔がいるようだな。私は御伽原建設の課長で西野と言う。以後よろしく頼む」
このオールバックの男性が西野課長らしい。
俺と菜月が慌てて自己紹介しようとしたが、西野課長は手で制して「長老の前で聞こう」と無表情で答えた。
その間もエレベーターは上昇し続け、俺は特有の浮遊感を覚えながら息を飲んだ。
菜月も緊張しているのか、口を閉じている。
マイちゃんは西野課長の俺の倍はあろうかという太ももをつついていた。西野課長はそれを咎めもせず、相変わらず無表情のままマイちゃんを気にも留めなかった。
椎名先輩はそんなマイちゃんに、「ちょ、マイ止めなさいっ」と少し慌てていた。
蘭子さんは黙って腕を組んでいた。今日もスーツが似合っているなあ。
やがて、エレベーターは到着を知らせるチンと言う音を鳴らせて、四十三階に着いた。
いくつかの部屋の前を通り過ぎて案内されたのは、【役員室】とかかれた部屋だ。
西野課長がノックすると中から年配の男性がの声が聞こえた。
ドアをそっと開ける西野課長に続いて、蘭子さんを先頭に俺たちは役員室に入った。
役員室には上質な机がひとつと、手前には楕円形のテーブルを囲むように、革張りのソファが並んでいた。
そして一番奥の上質な机に備えられた椅子に、老人が座っている。
「長老、御伽原蘭子以下五名、時間どおりの到着です」
西野課長が恭しく長老と呼ばれた爺さんに頭を下げる。
長老が席を立とうとしたので、西野課長は素早く駆けつけ長老の体を支えて手伝った。
身長百五十センチぐらいの小柄な爺さんだ。腰が曲がっているので目線の高さは、菜月やマイちゃんより少し高いくらいだろう。
見た目からはっきりした年齢は読めないが、俺の祖父母よりも遙かに年老いているのはわかった。
西野課長から受け取った杖をつきながら、長老は俺たちの前までやってくる。
その足取りは見ているこっちが冷や冷やするぐらい、危なっかしいものだった。
「蘭子ちゃん、久し振りじゃ。相変わらず大きいおっぱいだ」
ぷにゅ。ぷにゅ。
長老は開口一番セクハラ発言をすると同時に、蘭子さんの胸を杖でつついた。
おいおいおいっ!? この爺さん何てことをっ!
「ふぉっ、適度な張りと弾力じゃ。申し分ないわい」
のうのうと蘭子さんのおっぱいの感想まで述べてやがる……!
だが蘭子さんは少しも動じずに「座っていいか?」と訊き、長老は「みんな座りなさい」と返した。
椎名先輩は苦笑していた。
菜月が俺の手をぎゅっと握ってきた。心なしか怯えているように見える。
長老のこの行動は平常運転なのだろうか……?
俺と菜月は初対面の長老と西野課長に向けて、簡潔に名前と年齢そして通っている学校名を告げて自己紹介をした。
ソファには椎名先輩、俺、菜月、マイちゃん、蘭子さんの順番で座った。長いソファで小学生を二人含むと言っても、五人がゆうに座れる横幅がある。
対面には長老が腰かけて、ソファのすぐ側に西野課長が立っている。
「入会したばかりで早速だが、ランクの判定をしてもらいたい。ついでに椎名姉妹も再測定して欲しい」
「まあ慌てなさんな……。儂は蘭子ちゃんやお嬢ちゃんたちと話をしたいんじゃがのう」
菜月の入会申請は今朝、蘭子さんが済ませたらしい。
昨日のクリスマス会で、蘭子さんが菜月に入会に必要ないくつかの質問をしていたのだ。
もちろん、俺の時のように変な質問は一切含まれてはいない。
と言うか、この爺さん俺のことはどうでもいいらしい……。女好きなのだろうか……?
「生憎だが、ここには小学生もいる。用件を手早く済ませたい」
「蘭子ちゃんは意地悪じゃのう……」
蘭子さんに軽くあしらわれた長老は、真剣な顔つきで俺たち一同を順番に眺めていく。
「長老、ではランク測定をお願いします」
「わかっとるわい」
西野課長が無表情で促すと、長老は小刻みに震える手を挙げた。
長老はまず一番左にいた――長老から見て――椎名先輩を指さした。
「B!」
一同呆気に取られる。
もうランク判定は始まっていたのだ。
しかもランクだけを宣告するというかなり簡潔な手順だった。
そして椎名先輩はランクB級と判定を受けた。
あれ……? 確か昨日ランクの説明を受けた時に先輩はD級と言ってたはずだが……。
でも車内での会話だと、前にランク判定を受けたのは一年も前だと言ってたし、その間にランクを二つ上げたってことか?
先輩を見ると、「嘘……!? 信じられないっ!?」と目を見開いている。
驚きつつも興奮が抑えられないってところか……。
良くわからないが、先輩の反応からしておそらく凄いことなんだろう……。嬉しいんだろうな。先輩、おめでとう!
よし……次は俺か? 俺なのか? 緊張するぜ……。
さあ、俺の【四大元素】はいかほどにっ!
長老が俺を指さした。
「A!」
「えー!?」
驚いて咄嗟にダジャレみたいになってしまった……。
「よっしゃあああっ! 流石俺の【四大元素】だぜ! もの凄いポテンシャルを秘めてたってことかっ!」
俺は気を取り直してガッツポーズを決めた。
ひとしきり喜びを表現したところで、隣の椎名先輩のランクを上回っていたことに恐縮する。
まずいっ……!? 先輩の気持ちを考えてなかった……。後輩の俺がいきなりランクA級だなんて……。
「櫛木隼人。あまり騒ぐな」
「は、はい……」
西野課長に釘を刺された。
無表情だが威圧感があり、恐かった……。
続いて長老が菜月を指さした。
「A!」
「えー!?」
……また驚いてダジャレみたいになってしまった……。
そうか菜月もランクA級か。まあ、俺に適合する【増幅者】だから当然と言えば当然か。
兄妹でランクA級のコンビか……これは萌える!
続いて長老がマイちゃんを指さした。
「A!」
「えー!?」
恥ずかしい……またダジャレみたいになってしまった……。
マイちゃんもランクA級か……。
この子も【増幅者】として優秀だということか。
妹に先を越されて、椎名先輩は複雑な心境だろうな……。
一息ついて、長老が蘭子さんを指さした。
「E!」
「いー!?」
……俺めっちゃしつこいと思われてないだろうか。
でもまさか……嘘だろ!? 蘭子さんがランクE級だって……!? E級って確か八ランク中で最下級だったよな……?
しかし当の蘭子さんはジト目で、ぷるぷる小刻みに震えている爺さんを睨みつけた。
「このエロじじい」
「おい! 御伽原蘭子! いくら会長の孫だからといっても、長老に無礼な発言は許さんぞ!」
長老の隣に無表情で立っていた西野課長が急に激高した。
対する蘭子さんも剣呑な表情だ。
「誰がサイズを当てろって言った?」
えっ!? サイズ……? ああああああぁあぁああっ!?
俺の右隣では椎名先輩が自らの胸を苦笑いで見つめていた。
次に左を向くと、菜月が平らな胸に両手をあてている。その表情はどこか寂しげだ。
マイちゃんは菜月の仕草を見てから、同じように平らな胸に両手をあてて「むふー」と変顔をした。
このエロじじいがっ……!
俺たちの視線を意に介さず、長老は満足げに笑っていた。
このあと、正しいランク測定が行われ、
俺はランクE級。
菜月はランクE級。
椎名先輩はランクD級。
マイちゃんはランクE級と測定された。
最後に長老が蘭子さんのランクを測定しようとしたが、蘭子さんはそれを「あたしはいい」と拒否したのだった。
長老は切ない表情で、蘭子さんの肩を軽く二度叩いた。
こうして俺たちのランク測定は終わった。
役員室を出てから蘭子さんに色々訊くと、俺が所属した組織は表向きは建設会社を経営しているそうだ。
社員は八千人を超える大所帯だ。そのほとんどは一般人で構成されていて、【異能】はごくわずかだと言う。
先ほどの西野課長も【異能】で長老のボディーガードをしているそうだ。ちなみにランクは蘭子さんと同じB級だ。
そして驚いたのは、蘭子さんがこの大企業を経営している会長の孫娘であったことだ。
蘭子さんの父親が社長らしい。
さっきのエロじじ……長老は、会長の弟だそうだ。つまりは蘭子さんの大叔父にあたる人だ。
正直俺の【四大元素】の評価が低く見られて、少しがっかりした。
立て続きに起こった戦いを見ても、確かに凄かったが俺じゃ太刀打ちできないかと言えば、そうでもない。
何だかやれそうな妙な自信はあったのだ。
それだけに今日のランク測定には辟易していた。
今日はこのあと、このビルの地下にある訓練施設を使用して、俺と菜月の訓練をするようだ。
見てろよ? 俺の【四大元素】を見せつけてやるぜっ!
昨日と同じように電車に揺られながら移動したのだ。
探偵事務所のある雑居ビルの前には黒塗りの高級車が駐車してあった。
誰が来ているかは一目瞭然だ。
すでに集まっていたみんなと一緒に、葛葉さんの車で目的地に送ってもらえることになった。
葛葉さんの荒い運転――決してヘタクソではなく、素人目に見てもテクニックがある上での豪快な運転だ――で、二十分ほど走って辿り着いた場所は、三つ先の駅――俺たちの住んでる市の中心部――だった。
高級車は人通りの多いビジネス街を進みながら、目的地の一際大きいビルに着いた。
探偵の仕事がある葛葉さんを除いた俺たちは、降車してビルを見上げていた。
「お兄ちゃん! 凄いよ! 学校や駅のショッピングモールより大きいねー!」
「まぁ、この街の中心部だからな。それにしても他のビルに比べても随分大きいな……! このビルが目的地なのか……?」
菜月は大きなビルを目の前にして、ぽかんと口を開けて見ていた。
椎名先輩とマイちゃんは車内で聞いた話だと、たまに訪れるそうなので別段驚くわけでもなく、俺や菜月の反応を見て笑っていた。
ビルの入口にある大きなプレートには【御伽原建設株式会社】と書いてある。
建設会社らしいが……。
ん? ……御伽原? 蘭子さんと何か関係があるのだろうか?
俺が首を傾げていると、背後の高級車から葛葉さんの声が飛んできた。
「ランちゃん、俺行くわ。帰りは電車で帰ってや」
「ああ。送ってくれて助かった」
運転席の窓枠に肘をかけながら蘭子さんと会話していた葛葉さんは、俺に視線を移す。
「坊主! お前の結果を楽しみにしとくわ! ほな菜月、またなー!」
「え? ……結果? 何のことですかっ!?」
「葛葉兄、送ってくれてありがとうございますー!」
葛葉さんは菜月の言葉にクラクションで返すと、そのままタイヤが地面と擦れる音を響かせながら走り去ってしまった。
結果って何のことだろう……?
いや……それよりも今日会ったばかりの菜月と葛葉さんの互いの呼び名が【葛葉兄】と【菜月】になってるじゃないかっ! 菜月も若干懐いていたし……クソっ!
なのに俺は未だに【坊主】かよ! 何なんだあの人は……!
俺が歯ぎしりしながら葛葉さんに嫉妬していると、蘭子さんが俺の肩に手を置いて言った。
「では、中に入ろうか」
俺たちは堂々と歩く蘭子さんに続いて、ビルの中へ入っていった。
中に入るとだだっ広いエントラスが拡がっている。一階は丸々ロビーのようだ。
老若男女問わずビジネススーツを着た人たちが、慌ただしくロビーを行き交っている。
洒落た内装は落ち着いた雰囲気を醸しだし、クラシックのBGMが適度な音量で流れていた。
ロビーには喫茶コーナーがあり、俺たちはその前を通り過ぎて受付に向かった。
「十一時からアポを取っている御伽原蘭子だ。西野課長に繋いでくれ」
「かしこまりました」
受付にいた三人のお姉さんのひとりに、蘭子さんが言った。
流石に大きな会社だけあって、受付のお姉さんも洗練された立ち居振る舞いで何より美人であった。
三分後、三基あるエレベーターのひとつが開き、恰幅のいい五十歳前後のスーツ姿の男性がやって来た。
白髪交じりのオールバックだ。背は百八十以上あるだろう。年齢相応に刻まれたシワと彫りの深い顔は、いたって無表情だった。
「時間どおりだな。長老がお待ちだ。ついてこい」
俺たちは案内されてエレベーターに乗り込んだ。
他の二基のエレベーターとは違い、【関係者専用】と書いてある。
ドアの脇にある階数ボタンには、開閉ボタンの上に一階から四十階のボタンが並んでいた。
オールバックの男性はポケットから鍵を取り出して、階数ボタンの上にあった鍵穴に鍵を挿入する。
鍵を回して蓋を開けると、そこには四十一階から四十六階のボタンがあった。
隠しボタン……!? 凄え……何かTVドラマや漫画みたいだ!?
俺は少し興奮していた。
オールバックの男性は一連の操作をしながら、自己紹介をしてくれた。
「初めての顔がいるようだな。私は御伽原建設の課長で西野と言う。以後よろしく頼む」
このオールバックの男性が西野課長らしい。
俺と菜月が慌てて自己紹介しようとしたが、西野課長は手で制して「長老の前で聞こう」と無表情で答えた。
その間もエレベーターは上昇し続け、俺は特有の浮遊感を覚えながら息を飲んだ。
菜月も緊張しているのか、口を閉じている。
マイちゃんは西野課長の俺の倍はあろうかという太ももをつついていた。西野課長はそれを咎めもせず、相変わらず無表情のままマイちゃんを気にも留めなかった。
椎名先輩はそんなマイちゃんに、「ちょ、マイ止めなさいっ」と少し慌てていた。
蘭子さんは黙って腕を組んでいた。今日もスーツが似合っているなあ。
やがて、エレベーターは到着を知らせるチンと言う音を鳴らせて、四十三階に着いた。
いくつかの部屋の前を通り過ぎて案内されたのは、【役員室】とかかれた部屋だ。
西野課長がノックすると中から年配の男性がの声が聞こえた。
ドアをそっと開ける西野課長に続いて、蘭子さんを先頭に俺たちは役員室に入った。
役員室には上質な机がひとつと、手前には楕円形のテーブルを囲むように、革張りのソファが並んでいた。
そして一番奥の上質な机に備えられた椅子に、老人が座っている。
「長老、御伽原蘭子以下五名、時間どおりの到着です」
西野課長が恭しく長老と呼ばれた爺さんに頭を下げる。
長老が席を立とうとしたので、西野課長は素早く駆けつけ長老の体を支えて手伝った。
身長百五十センチぐらいの小柄な爺さんだ。腰が曲がっているので目線の高さは、菜月やマイちゃんより少し高いくらいだろう。
見た目からはっきりした年齢は読めないが、俺の祖父母よりも遙かに年老いているのはわかった。
西野課長から受け取った杖をつきながら、長老は俺たちの前までやってくる。
その足取りは見ているこっちが冷や冷やするぐらい、危なっかしいものだった。
「蘭子ちゃん、久し振りじゃ。相変わらず大きいおっぱいだ」
ぷにゅ。ぷにゅ。
長老は開口一番セクハラ発言をすると同時に、蘭子さんの胸を杖でつついた。
おいおいおいっ!? この爺さん何てことをっ!
「ふぉっ、適度な張りと弾力じゃ。申し分ないわい」
のうのうと蘭子さんのおっぱいの感想まで述べてやがる……!
だが蘭子さんは少しも動じずに「座っていいか?」と訊き、長老は「みんな座りなさい」と返した。
椎名先輩は苦笑していた。
菜月が俺の手をぎゅっと握ってきた。心なしか怯えているように見える。
長老のこの行動は平常運転なのだろうか……?
俺と菜月は初対面の長老と西野課長に向けて、簡潔に名前と年齢そして通っている学校名を告げて自己紹介をした。
ソファには椎名先輩、俺、菜月、マイちゃん、蘭子さんの順番で座った。長いソファで小学生を二人含むと言っても、五人がゆうに座れる横幅がある。
対面には長老が腰かけて、ソファのすぐ側に西野課長が立っている。
「入会したばかりで早速だが、ランクの判定をしてもらいたい。ついでに椎名姉妹も再測定して欲しい」
「まあ慌てなさんな……。儂は蘭子ちゃんやお嬢ちゃんたちと話をしたいんじゃがのう」
菜月の入会申請は今朝、蘭子さんが済ませたらしい。
昨日のクリスマス会で、蘭子さんが菜月に入会に必要ないくつかの質問をしていたのだ。
もちろん、俺の時のように変な質問は一切含まれてはいない。
と言うか、この爺さん俺のことはどうでもいいらしい……。女好きなのだろうか……?
「生憎だが、ここには小学生もいる。用件を手早く済ませたい」
「蘭子ちゃんは意地悪じゃのう……」
蘭子さんに軽くあしらわれた長老は、真剣な顔つきで俺たち一同を順番に眺めていく。
「長老、ではランク測定をお願いします」
「わかっとるわい」
西野課長が無表情で促すと、長老は小刻みに震える手を挙げた。
長老はまず一番左にいた――長老から見て――椎名先輩を指さした。
「B!」
一同呆気に取られる。
もうランク判定は始まっていたのだ。
しかもランクだけを宣告するというかなり簡潔な手順だった。
そして椎名先輩はランクB級と判定を受けた。
あれ……? 確か昨日ランクの説明を受けた時に先輩はD級と言ってたはずだが……。
でも車内での会話だと、前にランク判定を受けたのは一年も前だと言ってたし、その間にランクを二つ上げたってことか?
先輩を見ると、「嘘……!? 信じられないっ!?」と目を見開いている。
驚きつつも興奮が抑えられないってところか……。
良くわからないが、先輩の反応からしておそらく凄いことなんだろう……。嬉しいんだろうな。先輩、おめでとう!
よし……次は俺か? 俺なのか? 緊張するぜ……。
さあ、俺の【四大元素】はいかほどにっ!
長老が俺を指さした。
「A!」
「えー!?」
驚いて咄嗟にダジャレみたいになってしまった……。
「よっしゃあああっ! 流石俺の【四大元素】だぜ! もの凄いポテンシャルを秘めてたってことかっ!」
俺は気を取り直してガッツポーズを決めた。
ひとしきり喜びを表現したところで、隣の椎名先輩のランクを上回っていたことに恐縮する。
まずいっ……!? 先輩の気持ちを考えてなかった……。後輩の俺がいきなりランクA級だなんて……。
「櫛木隼人。あまり騒ぐな」
「は、はい……」
西野課長に釘を刺された。
無表情だが威圧感があり、恐かった……。
続いて長老が菜月を指さした。
「A!」
「えー!?」
……また驚いてダジャレみたいになってしまった……。
そうか菜月もランクA級か。まあ、俺に適合する【増幅者】だから当然と言えば当然か。
兄妹でランクA級のコンビか……これは萌える!
続いて長老がマイちゃんを指さした。
「A!」
「えー!?」
恥ずかしい……またダジャレみたいになってしまった……。
マイちゃんもランクA級か……。
この子も【増幅者】として優秀だということか。
妹に先を越されて、椎名先輩は複雑な心境だろうな……。
一息ついて、長老が蘭子さんを指さした。
「E!」
「いー!?」
……俺めっちゃしつこいと思われてないだろうか。
でもまさか……嘘だろ!? 蘭子さんがランクE級だって……!? E級って確か八ランク中で最下級だったよな……?
しかし当の蘭子さんはジト目で、ぷるぷる小刻みに震えている爺さんを睨みつけた。
「このエロじじい」
「おい! 御伽原蘭子! いくら会長の孫だからといっても、長老に無礼な発言は許さんぞ!」
長老の隣に無表情で立っていた西野課長が急に激高した。
対する蘭子さんも剣呑な表情だ。
「誰がサイズを当てろって言った?」
えっ!? サイズ……? ああああああぁあぁああっ!?
俺の右隣では椎名先輩が自らの胸を苦笑いで見つめていた。
次に左を向くと、菜月が平らな胸に両手をあてている。その表情はどこか寂しげだ。
マイちゃんは菜月の仕草を見てから、同じように平らな胸に両手をあてて「むふー」と変顔をした。
このエロじじいがっ……!
俺たちの視線を意に介さず、長老は満足げに笑っていた。
このあと、正しいランク測定が行われ、
俺はランクE級。
菜月はランクE級。
椎名先輩はランクD級。
マイちゃんはランクE級と測定された。
最後に長老が蘭子さんのランクを測定しようとしたが、蘭子さんはそれを「あたしはいい」と拒否したのだった。
長老は切ない表情で、蘭子さんの肩を軽く二度叩いた。
こうして俺たちのランク測定は終わった。
役員室を出てから蘭子さんに色々訊くと、俺が所属した組織は表向きは建設会社を経営しているそうだ。
社員は八千人を超える大所帯だ。そのほとんどは一般人で構成されていて、【異能】はごくわずかだと言う。
先ほどの西野課長も【異能】で長老のボディーガードをしているそうだ。ちなみにランクは蘭子さんと同じB級だ。
そして驚いたのは、蘭子さんがこの大企業を経営している会長の孫娘であったことだ。
蘭子さんの父親が社長らしい。
さっきのエロじじ……長老は、会長の弟だそうだ。つまりは蘭子さんの大叔父にあたる人だ。
正直俺の【四大元素】の評価が低く見られて、少しがっかりした。
立て続きに起こった戦いを見ても、確かに凄かったが俺じゃ太刀打ちできないかと言えば、そうでもない。
何だかやれそうな妙な自信はあったのだ。
それだけに今日のランク測定には辟易していた。
今日はこのあと、このビルの地下にある訓練施設を使用して、俺と菜月の訓練をするようだ。
見てろよ? 俺の【四大元素】を見せつけてやるぜっ!
0
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる