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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)

第20話 俺は妹を傷つける奴を許さない

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 俺は御伽原探偵事務所にいた。
 昨日と同じように対面のソファには蘭子さんが、俺の隣には椎名先輩が座っている。
 俺は先輩の淹れてくれた温かいココアを一口含みつつ、先輩と俺との間にある微妙な距離を眺めていた。
 先輩はその視線に気づくと、膝をこちらに向けてお尻の位置を遠ざけた。

「先輩?」
「え、どうしたの?」

 椎名先輩はとぼけた表情で、何事もなかったように首を傾げている。
 どうやら俺は先輩の中で【お尻ハンター】的な、お尻を狙う輩と認定されつつあるようだ。自重しよう……。

「で、今の説明はわかったか? 隼人」

 今日探偵事務所に来て、蘭子さんの第一声が「今日から隼人と呼ぶからな」だった。
 突然のことで身構えると、「じゃあ私は隼人くんって呼ぶわね」と天使が囁いた。
 蘭子さんが言うには、俺はもう仲間扱いらしい。ということで、親しみを込めて名前で呼ぶそうだ。
 まあ、悪い気はしないな。むしろ嬉しいまである。

「ええ。今の内容はね……何となくですけど」
「結構」

 蘭子さんは今日何本目かのタバコに火をつけて、深く煙を吐き出した。
 ブラックコーヒーを一口飲むと、また紫煙をくゆらせた。
 ついさっきまで俺が受けてた蘭子さんの説明は要約するとこうだった。

 世の中には【異能】というものが存在する。これは紛れもない事実だ。
 【異能】とは力の総称であるとともに、力を行使する者もそう呼ばれるようだ。
 【異能】は数ある組織の中から、いずれかに所属し秘密裏に活動している。【異能】の呼称は組織によって異なり、有名なのは【異能】【魔術】【マジック】などが挙げられる。俺の【四大元素】みたいに、自分だけの呼び方をする者もいるらしい。そういう奴はいずれも変人扱いされているそうだ……おい!

 【増幅者】とは【異能】の力を文字どおり増幅させる力の総称である。
 【異能】は【増幅者】と行動することで、その力を個人差はあるが二倍から数倍に増幅させることができる。
 ただし【異能】と【増幅者】の間には相性があり、適合する同士でしかそのシナジーは発揮しない。
 世界各地に存在するであろう数多の【異能】は、適合する【増幅者】が世界のどこにいるかもわからないのだ。
 だから、一生かけても適合者に出会えない【異能】や【増幅者】もいる。まさに合縁奇縁。
 ただし一部の例外を除いては……。
 稀に親子間や兄弟、姉妹間で適合する者がいる。俺と菜月、椎名先輩とマイちゃんがそうだ。
 【増幅者】の別称は【ブースター】【アンプ】などが存在する。

 【異能】の主な活動は【異能】の研究と情報漏洩者の抹消。
 組織は一般社会に被害を与えたり干渉はしない。だが力を手にするとろくな輩が現れない。その【異能】をもって一般社会で悪事を働く者がいるのだ。【逆徒】【アンチ】などと呼ばれるらしい。

 夏休みに俺が目撃した蘭子さんと戦っていた男は【逆徒】で名を火村というらしい。
 【異能】を使って【異能】や一般人相手に暗殺家業をしているそうだ。いくつかの組織から指名手配がかかっている。

 組織に属している【異能】には八段階のランクがあり、【異能】の力の大きさや習熟度、功績などが判断基準とされている。
 ランクは下からE級・D級・C級・B級・A級・S級・SS級・SSS級となっている。

 火村も以前は組織に属していて、組織を抜ける前はA級だった。ランクA級ほどの【異能】が悪に傾くと、かなりの脅威になりうるらしい。
 火村は過去に百人以上もの【異能】を殺している。一般人を数に入れると、その倍は軽く超えると言われている。

「A級の【逆徒】が世の中にいるのが、どれほど危険かわかるだろう?」
「それって、蘭子さんや椎名先輩たちと一緒に【逆徒】と戦えってことですか? 妹の菜月やマイちゃんなんてまだ小学生ですよ!? 危なすぎます!」
「危険がないと言えば嘘になる。だが主に戦うのは大人の役目で、千尋や隼人はあくまでサポートに徹する。それに隼人が【異能】と対峙するのはまだ早い。だがしかるべき組織で【異能】の訓練を受け、いずれはその役目を担ってもらいたい」
「……無理ですよ。あんなのと戦ってたら命がいくらあっても足りないですよ。現に俺は火村に殺されそうになったんですよ?」

 蘭子さんは俺の話を訊いているのかいないのか、足を組んでコーヒーを飲んでいる。
 俺はため息を吐くと、

「ちなみに蘭子さんと椎名先輩は組織のランクで何級なんですか?」
「隼人くん、私はD級で蘭子さんは……」
「あたしは……B級相当だ」
「ええっ! ダメじゃないですか! 相手A級なんですよね!?」
「こっちはB級とD級の二人の【異能】そしてそれぞれに【増幅者】もいる。プラスで隼人だ」
「あ、そうか!? 【四大元素】が二対一……いや、俺が加わって三対一か! 三人もいればA級に勝てるんですね!」

 蘭子さんは俺の問いに返事を返さず、目を逸らせて煙を吐いた。

 む、無理なんだ…………。

「危ねえっ! 危うく騙されるところだった! 全然、大丈夫じゃねーよっ!」

 蘭子さんは露骨に舌打ちした。
 椎名先輩は残念そうな表情をしていた。


    ◇ ◇ ◇


 昼前に家に帰った俺は、昼食の準備をする。
 昼飯を食べたら、御伽原探偵事務所に戻らなければならない。
 菜月と食事をするために、一旦帰ってきたのだ。

 俺が調理していると、宿題をしていた菜月が手を止めてキッチンにやってきた。
 菜月は背伸びして俺の手元のフライパンをのぞき込んでから、俺の肘を軽く叩く。

「お兄ちゃん、ご飯何?」
「んー? オムライス」
「やったー!」

 菜月は満足したのか、席に戻り宿題を再開する。
 俺はオムライスができるまでの時間つぶしに、菜月に質問しようと思った。
 蘭子さんの説明からすると、菜月は俺に適合する【増幅者】だ。
 俺が組織に属して、今後戦いに身を投じるなら必然的に菜月も一緒に戦うことになる。
 これは俺だけで決めていいことじゃないはずだ。

「なぁ、もしの話な。【四大元素】を使って悪い奴をやっつけられたらどう思う?」
「私?」
「うん。菜月が悪い奴と戦うことになったら、どうする?」 
「え、ええと……」

 菜月は目を瞑って考えている。
 難しい質問をし過ぎたかな……。
 そんなこと急に訊かれてもわからないよな。

「ごめん。この話はも……」
「戦いたい」
「だよなー。いきなり言われても困るよ……な……え!?」
「やっつけたい」
「菜月、何て……?」
「悪い奴をお兄ちゃんと一緒にやっつけたい!」

 軽い質問のつもりだったが、菜月からは思いがけない返答が返ってきた。
 菜月の顔は真剣だった。

「だってアニメの魔法少女みたいに、戦えるんでしょ?」

 菜月は戦うというのが、具体的にどういうことかわかってないのだろう。
 アニメの魔法少女や特撮のヒーローみたいに、格好いいとか爽快感だとか良い面しか想像していないんだろうな。
 実際は命のかかった戦いなのだ。もし俺が【四大元素】を使えなければ、昨日だって死んでいたかもしれない。
 悪い面もあるよと教えたほうがいいだろう。

「うん。だけど怪我したらどうする?」
「それはヤダ……」
「だろ? 昨日みたいな変質者が襲ってきたらどうする?」
「それもヤダ……」

 不安に感じたのか菜月の顔が曇る。
 菜月は俺の服の裾を掴んだまま、うつむいてしまった。
 まあ、そんな奴がいたら俺がぶっ飛ばすけどな!
 俺は完成したオムライスを皿に盛り付けて、テーブルに置いた。
 同時に【四大元素】で冷蔵庫からケチャップを取り出すのも忘れない。もうこんなのは朝飯前だ。

「できたぞー」
「わあ!」

 母さん直伝のオムライスを見て、菜月の顔がぱあっと明るくなる。そして俺に催促するかのように、ケチャップを手渡してくる。
 俺は菜月のオムライスにケチャップで、『なつき』と書いてやる。
 菜月は嬉しそうに笑って、俺のオムライスに『だいすき』と書いてくれた。
 こ、こいつ俺の扱い方をわかっている……。俺は今めちゃめちゃニヤけているだろう。

「いただきまーす」
「どうぞ、召し上がれ」

 俺と菜月は他愛もない会話をしながら、オムライスを口に運ぶ。
 案の定、菜月の口にケチャップがついていたので拭いてやる。
 食事が終わり俺が食器を洗っていると、菜月がもじもじしながら俺の服の裾を引っ張った。
 菜月のほうに目をやると、何かを言いたそうにしていた。

「どしたー?」
「あのね……。怖いのは嫌だけど、悪い奴をやっつけたい」

 決意にあふれた目をしている。
 菜月は自分なりに真剣に考えて決断したようだった。
 俺自身はどうするか決断できていないというのに……。
 すぐに答えを出す必要はないだろう。
 俺はそう考え中腰になり菜月と目線を合わせると、菜月の肩に手を置いて優しく言い聞かせる。

「また今度ゆっくり話そう。俺は夕方まで出かけてくるから」
「うん……」

 俺は家を出て、御伽原探偵事務所に向かう。
 菜月を危険な目に遭わせたくない気持ちは大きい。
 だけど【四大元素】を身につけてしまった以上、平穏な生活が送れるのか不安もある。
 もし菜月が狙われたら俺はどうする?
 横断歩道の手前で考えながら、赤信号を見つめる。
 数秒後、信号は赤から青に変わり、俺は自転車のペダルを踏み込んだ。
 冷たい風を感じ自転車を漕ぎながら、俺はひとつ決意する。

 妹を傷つける奴は【異能】だろうが【増幅者】だろうが、俺の【四大元素】でブッ潰してやる。
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