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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)

第14話 俺は怪しげな場所に行く

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 俺の顔にはまだ椎名先輩のお尻の感触が残っている。
 嫌だ、この感触を忘れたくない。俺は柔らかいお尻の感触を脳に深く刻み込んだ。
 しかしこんなレアな経験滅多にないな。
 偶然とはいえ、後ろに下がった先輩のスカートの中に俺の頭が滑り込んで、お尻に顔を埋めることになろうとは夢にも思わなかった。俺は夢でも見ているのだろうか?

「櫛木くん、ごめんなさい。大丈夫だった?」
「あ、はい。弾力性に富んだ良いクッションだったので、怪我はしてません。ははは」
「え?」
「え?」

 椎名先輩は胡乱げな目で俺を見つめている。

「ちょうど良かった。千尋、コーヒーを淹れてくれ」
「はい、わかりました。ちょっと待ってくださいね」
「櫛木くん、行きましょ」
「はあ……」

 階段を一階分上がるとそこにはドアがあり、【御伽原探偵事務所】と記載されていた。

「おとぎばら……探偵事務所……?」
「そうよ。私はここに所属しているの」
「先輩が……?」
「さあ遠慮しないで、どうぞ中へ入って」

 蘭子さんは俺たちの様子を確認して、ドアを開けて中に入っていく。
 椎名先輩が勧めてくるので俺も慌ててあとに続いた。

 俺は御伽原探偵事務所にいる。何だここは? いくつかの事務机とパソコン、ソファにテーブルがあった。TVの推理ドラマなんかでよく見る探偵事務所そのままだ。
 この探偵事務所と椎名先輩はどういう関係なんだろう?

 俺がキョロキョロと辺りを見ていると蘭子さんと目が合った。彼女は目を細めて俺のことをじろじろ見ている。
 夏休みにプールで会った以来か……。今日はサングラスをしていないし、服装はスーツだ。何か仕事ができる女上司みたいなイメージだな。格好いい。

「蘭子さん、この子は学校の後輩で櫛木くんです。彼が掃除を手伝ってくれたんで助かっちゃった。お礼にココアをご馳走しょうと思って」

 沈黙を破るように、椎名先輩が蘭子さんに俺を紹介してくれた。

「椎名先輩の後輩、櫛木です。こんにちは……」

 すると蘭子さんは思い出したように、胸の前で手を叩いた。小気味よい音が探偵事務所に響く。

「あー! あー! あー! なるほど、思い出した! 夏に市民プールで会ったな。で、千尋の彼氏か?」
「「違いますっ!」」
 
 二人して思わずハモってしまった。
 椎名先輩は微かに頬を赤らめていた。
 俺を先輩の彼氏と間違えるなんて。そう見えるのだろうか……いや、からかわれているだけか。

「もう! 櫛木くんとはサッカー部で一緒だったんです」
「あはっ、冗談だ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「蘭子さんってば止めてくださいよー。ホントにもうっ」

 どうやら蘭子さんは、俺と椎名先輩をからかっていただけのようだ。
 俺は頬を膨らませている先輩を見て苦笑した。
 俺は先輩の表情に見とれていた。学校では誰とでも気さくに話すタイプだったし、もちろん男女問わず人気があるのも知っている。
 蘭子さんと話している先輩は、また別の雰囲気がしてかなりの親密さを感じた。

「で、掃除を手伝ってくれたんだって? ありがとー。あたしは御伽原探偵事務所の所長で御伽原蘭子だ。千尋の知り合いなら、気軽に蘭子さんとでも呼んでくれ」

 そう言って蘭子さんはタバコに火をつけた。
 さっきから思っていたが、事務所内には煙草の煙が充満していた。昔父さんが家で吸っていたけど、それとは違う匂いだな。単に銘柄の違いなのかな……?

「手伝ってくれた人にお礼もしないで帰したら、絶対に『どうして帰したんだ?』って怒るじゃないですか」
「そうだな」 
「コーヒー今淹れますから、待っててくださいね」
「ああ、頼む。いつもどおりブラックで、うんと苦いやつな」

 椎名先輩は飲み物の用意するために、右手に見えるキッチンのほうへ行った。
 俺は落ち着かなくて、辺りを見回した。二十畳ほどの間取りに本や仕事の資料らしきファイルが散乱した事務机が五つ、来客用の二人掛けソファが二脚、その間にローテーブルが一台。壁面には本棚があり本や資料でびっしり埋まっていた。一番奥の窓側に所長席らしい高価そうな机があり、蘭子さんは今そこに座っていた。

 少しの間無言が続き、探偵事務所内には椎名先輩が用意しているであろう食器の音だけが聞こえてくる。
 蘭子さんは席を立ち、ソファの方へと移動する。タバコを咥えたまま、手には灰皿を持っている。そしてソファに腰を落として煙を吐き出す。

「櫛木くんだっけ? そこ座りなよ」
「は、はい」

 蘭子さんに促されて俺は対面のソファに座った。
 椎名先輩はトレイにマグカップを三つ乗せてやってきた。
 目の前のローテーブルにココアの入ったマグカップを置かれて、俺の隣に椎名先輩が腰かけた。

「助かったよ。千尋がいないと、あたしはコーヒーひとつ淹れられない。だから千尋を呼びに行こうと思って階段を下りてたら、きみらに出くわしたわけだ」
「はあ……」

 そのおかげで俺は至福のご褒美を堪能できたのだ。ありがたい。
 それにしても、こんな年上の女性に見られると、ドキドキするなぁ……。
 蘭子さんは、一言でいうなれば美人だった。赤く染めた髪をかき上げて、灰皿にタバコの灰を落とす。すらっとした体型にスーツがよく似合っている。しかも脱いだらもっと凄いのだ。あの水着姿は今でも俺の脳内メモリに保存されている。
 ハスキーボイスから放たれる特徴的な男口調がよりセクシーさを感じさせるし、とにかく中一の俺には綺麗でエロい大人の女性に映った。
 あれ? ハスキーボイスに男口調……はて? 何か頭に引っかかるが、思い出せない。俺が眉間にしわを寄せたまま考え込んでいると、

「なぁ、あたしはいくつに見える?」

 蘭子さんはそのすらっとした長い脚を組み替えて、胸元を両腕で挟み込んで強調する。
 黒のスーツに白いシャツ。そのシャツのボタンは三つくらい空いているので、角度によっては胸の谷間が見えてしまう。
 プールでの水着姿を想像してしまう。
 俺は目のやり場に困ってしまった。しかも隣には椎名先輩がいるのに。
 隣でココアを噴き出しそうになった先輩を横目に俺は、

「二十四歳くらいですか? あの、間違ってたらすみません」
「ぷっ……!」

 隣で椎名先輩が笑いを堪えている。ということは不正解か。それをジト目で見る蘭子さん。
 本当は二十五歳だと思ったが、一応少しだけ若く言った。
 先輩はローテーブルの上を、布巾で拭いている。その肩は笑いをこらえて小刻みに震えているように見える。
 蘭子さんは立ち上がり、胸の下で腕を組んだ。そして、

「この巨乳と!」

 言って自身の胸を強調し今度は百八十度回転すると、

「この張りのあるお尻!」

 お尻を軽く突き出して俺に見せつけた。さらに上半身だけ振り返ると、

「これを見て出した答えがそれかっ!」

 腰に手を当てて、俺をビシッと指さした。

「あ……すみません! 二十三歳でお願いします!」
「ぷっ……!」

 不正解?
 椎名先輩の反応からすると本当はもっと若いのか?

「千尋、あとで覚えておけよ?」
「さっきのお返しですよ」

 椎名先輩はぺろっと舌を出した。
 実際いくつ何だろうな? このクイズの正解はこの場では発表されそうもない。
 蘭子さんはタバコの火を消すと、すかさず次のタバコを咥えてライターで着火した。チェーンスモーカーなのかな……。俺は煙は平気だから気にはしないが。

「あの……」
「なんだい?」
「椎名先輩はここで働いてるんですか? もしかしてバイトだったり……?」
「まあ、そうだが。どうして?」
「いや、謎過ぎて……探偵事務所が中学生を雇ってるんですか?」
「そうだな。ちょっとウチは特殊でな」

 隣に座っていた椎名先輩が、意味深な笑顔をして立ち上がった。

「蘭子さん、それじゃあ昨日の続きをしますね」
「ああ、例の件な。進めてくれ」

 蘭子さんは椎名先輩と視線を合わせずに、タバコの煙をゆっくりと吐いた。
 先輩は自分の机であろう事務机のひとつに向かって歩いていき着席した。

「あのっ……俺はそろそろ帰ります。長居して仕事の邪魔する気はないんで。先輩、ココアご馳走さまでした」
 
 なんだか居ずらくなって腰を上げた。しかし蘭子さんが手を突き出して俺を制止する。

「待った」

 蘭子さんの微笑みに得体の知れぬ不気味さを感じた俺は、ヘビに睨まれたカエルのごとく固まってしまった。
 その口から吐き出される煙が俺に絡みつくようだ。 

「いいから、座って」

 それだけ言うと、黙って俺を見つめていた。
 俺はソファに再び腰を落とした。何か言わないといけないと思ったが、適当な言葉が浮かんでこなかった。そして差し障りのないことを口にした。

「えーと、探偵事務所の中に入るの初めてで……」

 俺は事務所内を見回しながら言った。さっき一通り辺りを見たので新しい発見は特になかった。

「まあ普通は、学生が出入りすることのない場所だからな」
「でも椎名先輩は……?」
「さっきも言ったが、ここは特殊でな。千尋は特に。なぁ、いくつか質問してもいいか?」
「え……? はい……どうぞ」
「ありがとう。ひとつ目の質問、家族構成は?」
「…………は?」

 唐突で意外な質問に、俺はまごついた。
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