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遠く昔の誰かの記録

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「幸せだった・・・?」

 ファヴィリエ・ルカは、何とも理解し難いと不思議そうにステラ・フロドゥールの日記に視線を落とした。

「私は、何だか分かる気がするわ。」

 呟くマドレーヌ妃に皆の視線が向いた。

「心から嫌悪する相手に触れられる恐怖は耐え難いものです。
 愛する人の為ならば、どんな苦労も受け入れましょう。
 それが嫌悪する相手との結婚であろうとも・・・。
 それでも心は悲鳴を上げ、終いには壊れていくのです。」

 自分に置き換えてステラ・フロドゥールに対する考えを述べるマドレーヌの手をファヴィリエ・ルカが優しく握った。

「母上・・・。」

「私には貴方がいた。
 ルカがいてくれたから、私の心は壊れずに済んだのよ。
 守ると誓った息子に私は救われ生かされていたの。
 己の人生に悲観していなかったとは言わないけれど、貴方の存在が私の幸せだった。
 でも・・・ステラ様は違う。
 ロンサンティエ帝国の後宮に子供のいない側妃ほど、弱い立場はないわ。
 それでも、彼女は幸せだと言っている。
 それは、皇帝陛下・・・ドゥルセ・ハリ様がステラ様を愛しんだという証でしょう。
 どうしようもない好色の皇帝陛下だったのかもしれない。
 でも一方で、かの方はステラ様をお救いになった。
 それは彼女だけが知っている紛れもない事実なの。
 彼女の幸せだったという言葉を否定してはいけないわ。」

 マドレーヌの言葉を全て聞いたディミトリオ・ハクヤは彼女から目を逸らす事をしなかった。

 愛した女性の心を傷つけたのは自分も同じだろう。
 守ると言いなが守れなかった。
 ディミトリオ・ハクヤは願い叶わず死していったステラ姫の最初の婚約者であるピウス・プラント侯爵子息の無念な心情を慮った。

 魔獣と対峙し国を守ったのは生き残ったものばかりではない。
 国を想い、愛する人を守る為に命を散らしていった者こそ本当の意味の英雄である。
 
「かの国は知らないのだろう。
 ステラ様の苦難も生涯を生き抜いてきたお気持ちも・・・。」

 ディミトリオ・ハクヤの呟くような言葉にリリィは頷いた。

「それに初代の時代の話も無視できないわ。
 どちらの時代も誰かがボタンの掛け違いをしているようね。」

「どちらも人為的な工作があると?」

 リリィの推測にファヴィリエ・ルカは驚いた。

「どうも、そんな気がするの。
 今もしなくていい争いをしようとしている者がいる。」

「しなくてもいい争い・・・。」

 噛み締めるように反芻するファヴィリエ・ルカを白銀の龍・ルーチェがグルりと囲い込んだ。

『龍の姫巫女が登場したんだ。
 再び、人が龍と交流を持てる様になったのにも関わらず、龍の加護を得た国とわざわざ争い事を起こす?
 とんだ間抜けな話じゃないか。
 龍の力を甘くみているか、全く知らない阿呆が余計なチャチャを入れているんじゃないかな?』

 すると今度は緑龍・ジンが姿を現しファヴィリエ・ルカを見下ろした。

『物事が複雑になる時は、間に何か余計な事が渦巻いているものだ。』

 白銀龍と緑龍の助言に全貌が見えない敵の存在を感じ取ったファヴィリエ・ルカはステラ・フロドゥールの日記に目を落とし、不毛な争いに終止符を打つ覚悟を決めるのだった。
 

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