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とある男の転換期

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 ロンサンティエの王都に同時に2つのパン屋が出来たのは、それからすぐの事だった。

 1つは安定的な価格でバケットだけを売る、安価を売りにした庶民的な店。
 もう1つは貴族相手の具材や飾りにも拘った高級パン屋だ。

 一般の庶民は毎日の空腹を満たす為に安いバケットを求め、貴族や金持ちは食卓を彩ったり、ティーパーティーに並べる為に連日のように買い求めた。

 開店してから1ヶ月たっても人気は衰える事はない。

 手応えを感じたリリィは続いて、個別販売の方にも目を向け始めた。

 大きな商会に牛耳られて貧困を余儀なくされている農家から信頼を勝ち取り、年間を通じて彼等に安定的な収入と補償を与えた。

 大きなマーケットを提案し、店舗が持てない者達に格安で区画を貸し与えた。
 形や大きさの不揃いの商品を安価で売る自由な商売は、生活に困窮していた庶民に人気で盛り上がりを見せた。
 知識のない者達にはサポートする職員を用意し、売り手も客も損のない様に調節している。

 連日、人が集まるマーケットには他にも日常生活に欠かせない道具や、服などを取り揃えた店も出始めた。
 手に取りやすい価格に設定したのは、一般市民も利用しやすくする為である。
 貴族の中には、一般市民が自分達よりも楽しそうにしているのを文句を言う口さがない者もいる。
 それを、リリィは腹を満たせば死者は減るし、身につける物を清潔に保てば、病気も減る。と一蹴した。

 その代わりに彼女は街中に個別の高級店も登場させた。

 商品はマーケットに並ぶ物よりも大きさも揃い、傷物もなく高めに設定されている。
 野菜や果物は直接に貴族の屋敷に売り届けたりとサービスも良い事から、屋敷の主人である貴族だけでなく屋敷で働く侍従やメイド、小間使からも好評だった。

 斬新なドレスや装飾品が並ぶファッションの店舗は豪華に飾られ、連日の様に貴族夫人や令嬢が詰めかける。

 リリィが手がける市場改革は始まったばかりだが、大きな衝撃を齎した事は間違いなかった。
 当然、その風潮についてこれない商人達が悲鳴を上げたのは言うまでもない。

 その不満は表立って動いているシモン・ポリティス伯爵に向き、大きな商会の商会長や、その商会に資金を提供している貴族からの抗議文が連日届いていた。

 ポリティス伯爵は自分に攻撃が向けられている事を良い事に、部下を通じて小さな店を持つ店主や職人達に声をかけて大きな商会との引き剥がしを目論んだ。

 ある革細工を作る職人は、今まで大きな商会から魔獣の革を購入していたが、暴利な価格を提示されて甘んじてきた。

 しかし、ハンターギルドから原価で購入できると知れば、大きな商会との取引を止め、作った革細工はマーケットで売る事にした。

 とある農家は、大きな商会に天塩にかけた小麦を安く買い叩かれていた。
 家族がギリギリ食べていけるだけ稼げていたが、それも小麦の出来によって価格を変えられてジリ貧な思いをする事もある。

 しかし、正当な価格で購入してくれるパン屋が現れてから生活が安定した。
 今では、街でお腹を空かせていた親のいない子供達までもが、バケットを持って歩いてるのを見て、他人に微笑む余裕すらある。
 農家は大きな商会から離れる決意をした。

 金勘定しか出来ない悪徳商人から金と人材を巻き上げろ!

 リリィの乱暴に吐いた合言葉は身を結ぼうとしている。
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