上 下
152 / 436
未来への決着

151

しおりを挟む
 ハイゴール・ウィリは一段一段階段をゆっくりと降りていた。

 どこに送られるか分からない前皇妃メッサリーナと孤島の修道院に送られるアブリエル・エマと比べて、1番の責任を取らなければならないハイゴール・ウィリがブランチ辺境伯領に送られる事を甘いと言う者もいた。

 しかし、ブランチ辺境伯領とは魔獣から帝国を守っている国防の要である。
 そこに向かうと言う事は、ハイゴール・ウィリは常に危険と隣り合わせを意味する。

 前線に立った事のないハイゴール・ウィリではあるが、腐っても皇族であり魔力もあり戦える素質は十分だった。
 それでいて、ロンサンティエ帝国にではなく龍に忠誠を誓っているブランチ辺境伯領の者達が皇帝だった男を特別扱いする訳もなかった。

 周りの騎士達は罪人が抵抗しないように見張っているだけで、質素な馬車に乗り込むハイゴール・ウィリを見送るのはディミトリオ・ハクヤのみであった。
 
「お健やかに。」

 静かに頭を下げるディミトリオ・ハクヤにハイゴール・ウィリは鼻で笑った。

「最後まで嫌味の1つも吐かぬ偽善者め。」

 そう言われてもディミトリオ・ハクヤの顔色は1つも変わらない。

 今、降りてきた階段に1人の女性が姿を現したのに気づくとハイゴール・ウィリは苦渋の顔をした。

「マドレーヌ・・・。」

 ディミトリオ・ハクヤの最愛の宝物。

 初めて、ハイゴール・ウィリが彼女を見たのは幼い時に開かれた宮殿での茶会の席だった。

 同世代が一同に会した、その会でハイゴール・ウィリは多くの者に囲まれながらも1人の少女に目を奪われた。

 誰もがハイゴール・ウィリに笑顔を向け、褒め称える中で少女はつまらなそうに周囲を見つめていた。

 あの娘に話しかけたい。
 そう思いながらも、笑顔を振りまいていたハイゴール・ウィリは一瞬で彼女を見失ってしまった。
 後で探しに行こう。と思っていると彼女は笑顔で戻ってきた。
 その笑顔の愛らしさにハイゴール・ウィリの胸がときめいた。

 しかし、その時の彼女の側にはディミトリオ・ハクヤがいた。

 2人で仲睦まじく、顔を寄せ合いクスクスと笑い。
 華々しく盛り上がるハイゴール・ウィリとその周囲には目も暮れることもなかった。

 自分は継承順位1位である皇妃の息子である。
 そんあ自分を無視し、側室の子であるディミトリオ・ハクヤと楽しそうに話す娘にも無性に腹が立った。

 その後も、時折顔を合わせる娘・・・マドレーヌに嫌味を投げかけたり、嫌がらせをした。
 
 その都度、マドレーヌは子供ながらに感情を読み取られないようにしていたが、悲しそうな表情の全てを隠しきれていなかった。

 学園に進学し、ハイゴール・ウィリはフラン侯爵家のメッサリーナと婚約しても、マドレーヌへの邪な感情は拭えなかった。

 今、階上から見下ろすマドレーヌは成長し表情を上手に隠していた。
 自分を見つめる彼女が何を思っているか、もう分からない。

 逸らされる事のない視線に耐えられずハイゴール・ウィリは前を向いた。

 弟から奪い取った物は数あれど、マドレーヌ・ヴァロア公爵令嬢ほど特別なものはなかった。

 馬車は静かに出発した。

 一度として自分に心を寄せる事のなかった娘を確かに愛していたハイゴール・ウィリは、答える事のない相手に別れを告げた。

「さらばだ。」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

〈とりあえずまた〆〉婚約破棄? ちょうどいいですわ、断罪の場には。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
辺境伯令嬢バルバラ・ザクセットは、第一王子セインの誕生パーティの場で婚約破棄を言い渡された。 だがその途端周囲がざわめき、空気が変わる。 父王も王妃も絶望にへたりこみ、セインの母第三側妃は彼の頬を打ち叱責した後、毒をもって自害する。 そしてバルバラは皇帝の代理人として、パーティ自体をチェイルト王家自体に対する裁判の場に変えるのだった。 番外編1……裁判となった事件の裏側を、その首謀者三人のうちの一人カイシャル・セルーメ視点であちこち移動しながら30年くらいのスパンで描いています。シリアス。 番外編2……マリウラ視点のその後。もう絶対に関わりにならないと思っていたはずの人々が何故か自分のところに相談しにやってくるという。お気楽話。 番外編3……辺境伯令嬢バルバラの動きを、彼女の本当の婚約者で護衛騎士のシェイデンの視点から見た話。番外1の少し後の部分も入ってます。 *カテゴリが恋愛にしてありますが本編においては恋愛要素は薄いです。 *むしろ恋愛は番外編の方に集中しました。 3/31 番外の番外「円盤太陽杯優勝者の供述」短期連載です。 恋愛大賞にひっかからなかったこともあり、カテゴリを変更しました。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

猫ばっかり構ってるからと宮廷を追放された聖女のあたし。戻ってきてと言われてももう遅いのです。守護結界用の魔力はもう別のところで使ってます!

友坂 悠
ファンタジー
あたし、レティーナ。 聖女だけど何もお仕事してないって追放されました。。 ほんとはすっごく大事なお仕事してたのに。 孤児だったあたしは大聖女サンドラ様に拾われ聖女として育てられました。そして特別な能力があったあたしは聖獣カイヤの中に眠る魔法結晶に祈りを捧げることでこの国の聖都全体を覆う結界をはっていたのです。 でも、その大聖女様がお亡くなりになった時、あたしは王宮の中にあった聖女宮から追い出されることになったのです。 住むところもなく身寄りもないあたしはなんとか街で雇ってもらおうとしますが、そこにも意地悪な聖女長さま達の手が伸びて居ました。 聖都に居場所の無くなったあたしはカイヤを連れて森を彷徨うのでした……。 そこで出会った龍神族のレヴィアさん。 彼女から貰った魔ギア、ドラゴンオプスニルと龍のシズクを得たレティーナは、最強の能力を発揮する! 追放された聖女の冒険物語の開幕デス!

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...